第56話 幽霊宿・参
「いや、だから、何もないよ!? 本当に! 転移魔法があるから、朝でも昼でも夜でも行き来出来るだけで!」
「ほほう。朝も昼も『夜』も、行き来出来ると?」
ボクの発言に、なにやら顎に手を当てながらそんな風に返してくる鈴花。『夜』を強調しながら。
「なんでそこ深読みしようとするのさ!?」
そう突っ込み返すボクに、
「そもそも、転移魔法の印を刻んである場所がおかしい」
「だよねぇ。普通、『互いの部屋』に刻む?」
なんて事を言ってくる弥衣ちゃんと鈴花。
……うぐっ!
「そ、そそ、そんな事言われても、そこが一番、こう……め、目立たないし?」
「目立たないとは?」
「いや、だからぁっ! な……何もないってば!」
……あ、危ない危ない。また余計な事言いかけたよ……
長い間、会っていなかったから、なんというかその反動でこう、いつでも近くにいたくなるというか、なんというか……
なんて事を口にした日には、大変な事になるからね! うん!
――今度こそ何も口にしないと強く意識しながら、ボクはどうにかこうにか不毛なやり取りを繰り返して、場を切り抜けるのだった。
◆
はふぅ……。つ、疲れた……
でも、今回は最小限の傷で済んだよ!
なんて、心の中でちょっと虚しい叫びを発しつつ、温泉から部屋へと戻る途中――
「お、咲彩たちは温泉に入ってきたのか?」
という雅樹の声が耳に届いた。
うん? と思いながら声のした方へと振り向くボク。
すると、そこには雅樹と紘都君、そしてかりんの姿があった。
「あれ? 3人で宿の中を探索してたの?」
そうボクが問いかけると、
「違うわ。途中でふたりと出会ったのよ」
と、そんな風に返してくるかりん。
「うん。幽霊宿って興味深いからね。雅樹と一緒に探索してみようって話をして探索していたら、かりんさんと出会ったんだ」
「あ、そうなんだ。それで、どんな感じだった?」
紘都君の言葉に、ボクに替わってそう問いかける鈴花。
「そうだね……。ここで働いている人の数は、そんなに多くないみたいだね。探索中にふたりくらいしか出会わなかったし」
「だな。ま、咲彩の家と比べると広さ的には半分にも満たねぇ感じだし、あまり人がいなくても大丈夫っちゃ大丈夫なんだろうが」
紘都くんと雅樹がそんな事を言ってくる。
「私は厨房にふたり、それから広間でひとり見かけたわ」
「えっと……あの子と女将さんと、それ以外に最低でも5人はいるって事だよね? 逆に多い感じもするなぁ。客室の数を考えると」
ボクがそんな風に言うと、
「7人……。たしかにちょっと多いかも」
と、弥衣ちゃん。
それに対して雅樹が顎に手を当てながら、
「鍵がついているわけでもないただの襖なのに、何故か開かない所がいくつかあったから、もしかしたら本来の客室はもう少しあるのかもな」
と、そんな推測を口にした。
「たしかに何か霊的な力で閉ざされている場所があったわね。まあ、閉ざされている先からは、特に邪な霊気とか妖気とかは感じなかったし、単に誰かが入り込まないよう閉ざしているだけっぽかったけれど」
雅樹の推測に頷きながらそう言ってくるかりんに、
「まあ、ウチも奥の方は自宅や倉庫として使っているから、お客さんが入らないようにしているし、それと同じなのかもしれないね」
と、返事をするボク。
そしてそのままかりんの方を見て問いかける。
「ところで、厨房でふたり見かけたって言ってたけど、夕食の準備中な感じ?」
「ええ、そんな感じだったわ。予想外……と言ったらあれだけど、至って普通の――山で採れるものを使って調理しているところだったわ。ちなみに、少なくとも黄泉戸喫の類は混ざっていないかったから、食べても問題ないわよ」
そんな返答をしてくるかりん。
黄泉戸喫……。食べると現世に戻れなくなるという黄泉の世界――要するにあの世の食べ物の事だね。
もしかして、かりんが調べたかったのは『そこ』なのかな? わざわざ厨房を覗きに行ったくらいだし。
なんて事を、以前読んだ日本神話について書かれた本の内容を思い出しながら考えていると、
「まあ、仮に黄泉戸喫を食べても、咲彩の転移魔法……ゲートなら無視して外に出られる――現世に戻る事が出来ると思うけれどね」
などという続きの言葉を口にして、肩をすくめてみせるかりん。
「え? そういうものなの?」
「現世へ戻れなくなるっていうのは、言ってしまえば、現世と幽世を繋いでいる空間の歪みを通る事が出来なくなるからなのよ。だけど、あの魔法はそういうのを無視して空間同士を繋いでいる……というか、穴を開けているみたいだし」
ボクの問いかけに対し、かりんがそんな風に説明してくる。
「なるほど、つまり……転移魔法は壁に無理矢理穴を開けるようなものだから、間にどんな隔たりがあろうとも関係がないって事だね」
そうボクが言うと、「さすが魔法。とんでもない」なんて弥衣ちゃんが言ってくる。
「いやいや、弥衣ちゃんの魔法も、十分とんでもないからね? ……って、そう言えば、透真の方に今の状況って伝えた?」
ボクがそんな風に弥衣ちゃんに問いかけると、弥衣ちゃんは首を横に振り、
「ここだとブルルンに念話が届かないらしい」
と、返してきた。
「あれ? そうなの? じゃあ一旦どこかにゲートを繋いで、そこから念話を飛ばすしかないかな?」
そうボクが言うと、それに続くようにして雅樹がボクに問いかけてくる。
「状況を伝えるっていや、お前の方はおばさんとおじさんに俺たちが泊まらない事と、お前自身が外に泊まるって事を伝えてあるのか?」
「……あっ! 忘れてた! 部屋に戻ったらすぐに伝えに行かないと!」
「なら、その時に一緒に行って、ブルルンに連絡する」
「あ、そうだね。それじゃ急いで部屋に戻ろうっ!」
……
…………
………………
――お母さんとお父さんにあれこれ伝えて戻ってきたところで、夕食の準備が出来たというので、大広間へと移動するボクたち。
「なるほど……。咲彩さんだけ別の所に住んでいるんですね」
「そうそう。さっき言った通りボクの家は温泉宿なんだけど、その温泉宿って元々は親戚がやっていたんだ。でも、後を継げる人がいなくてね……。それで、畳むかどうか迷ったらしいんだけど、200年近く続いてきた宿を畳むのはもったいないってボクの両親が言って、継ぐ事にしてね。それで移り住んだんだ」
少女――美夜子ちゃんというらしい――に、そう説明するボク。
「雅樹、引越し先の住所を聞いておかなかった事をずっと後悔していたよね」
紘都君にそう言われた雅樹はというと、
「ま、まあそうだな……。それについては否定出来ねぇ……」
なんて事を人差し指で頬を掻きながら返した。
へぇ、そうだったんだ。ふぅん……
もっとも、ボクも雅樹の連絡先聞いてなかったんだけどね……
何度かあの街に探しに行こうと考えはしたけど、遠い上に雅樹を探し出せるかわからなかったから、結局実行には移せなかったんだよねぇ……
ってまあ、それはそれとして――
「ちなみに美夜子ちゃんはこの宿を継ぐつもり?」
幽霊に継ぐ継がないの話をするのも妙な感じだけれど、一応聞いてみたかったので聞いてみるボク。
すると、
「そう……ですね。個人的には外の世界を見てみたいのですが、この宿の事を考えると、そういうわけにもいかないですし……」
などという発言が返ってきた。
なるほど……。ボクたちが何も知らないと思っているから、言葉を選びながらはぐらかしているけど、要するに外の世界――要するに現世に興味はあるけど、空間の歪みを通り抜けられないから、行く事が出来ないって意味だよね、これ。
うーん、これはしっかり覚えておこう。上手く使えるかもしれないし……ね。
……冒頭の会話、実はもっと長かったのですが、そのままだと今回の話全体があまりにも長くなりすぎるので、大幅にカットしていたりします。
さすがに2話に分けるのもあれですし……(まあもっとも、それでも結構な長さになってしまっていますが……)
全部カットする事も考えたのですが、前回の終わりからして、いきなり全カットもどうかと思ったので、今の感じに落ち着きました。
とまあそんな所でまた次回!
次の更新も予定通りとなります、4月27日(土)の想定です!




