第17話 月城啓蔵
書物の多い部屋へと足を踏み入れると、座布団に座って文机でノートPCを操作しているガタイの良い白髪の老人がいた。この人が舞奈のおじいさんか……
向こうの世界で北方砦の防衛を担っていた老将もこんな感じだったな……
しかし、文机でノートPCの操作というのは、なんだか妙な感じだな。
イメージ的には筆と紙で何かを書いていそうな、そんな感じなのに。
いやまあ、あくまでも俺の勝手なイメージだが……
看破魔法を使ってみたい所だが……まあ、止めておいた方が良いだろうな。月城家の人間である以上、下手に使ったらバレそうだし。
っとと、いつまでもそんな事を考えている場合じゃないな。
というわけで……
「――お初お目にかかります、成伯透真です。よろしくお願いします」
俺は無難にそんな風に言ってみた。
すると、
「舞奈の祖父、月城啓蔵だ。随分と古風というか、固い言い回しをするものだ」
なんて事を言ってくる舞奈のおじいさん――啓蔵さん。
……どうやらちょっと古風で固かったらしい。
うーん……。この国の独特な言い回しには、未だに慣れないなぁ……
と、そんな事を考えていると啓蔵さんが、
「ところで……入って来てジッとノートPCの方を見ていたが、そんなにワシがこれを使っている事に驚いたのか?」
などと問いかけてきた。
「え、ええまあ、自分のイメージ――舞奈から聞いていた話から思っていた雰囲気と少し違っていたもので……」
「ふむ……。まあ、舞奈がワシに対して『武人』のようなイメージを抱いているのは分かっておるゆえ、たしかにそのイメージでこの光景を見たら驚くのも無理はない……か」
俺の返答に対し、啓蔵さんが顎髭を撫でながらそんな風に言ってくる。
うんまあ、さすがは月城の人間……というのがこれだけで分かるな。
「――月城の力を使わずとも、そのくらいは推測がつくというものだ。何しろ可愛い孫娘の事だからな。……とまあ『この推測』は『分析の力』だが。ハッハッハ」
なんて事を言って笑う啓蔵さん。
「――舞奈の力には、色々と助けられていますよ」
「何、舞奈の方もおぬしには色々と助けられているし、おあいこ……いや、どう考えても舞奈の方が助けられている気がする故、おあいこにはならぬか」
「いえ、そんな事は……」
啓蔵さんの返答に対し、そう口にするも、
「否。魔法の伝授に、蘇生……。それはあまりにも大きすぎる『借り』というものだ。なにしろ、本来ならばお主のみが持つ『力』を分け与えられているのだからな」
と、言葉の続きを遮るように言われてしまった。
たしかにそれはそうだが、別にそこまで大した事はしていないからなぁ……
「……魔法は単に舞奈に資質があったから使えているだけです。資質がなければ、自分がどうやろうと使えませんよ。……蘇生の方に至っては、蘇生とは言い難いですし……」
「蘇生とは言い難い……とは? 何らかの魔法を用いて、死にかけていた舞奈の命を繋ぎ止めた……という情報は得ているが、蘇生とは違うのか? ふーむ……。さすがのワシも魔法までは詳しくない故、分析しようにも分析出来ぬな……」
俺の発言に対し、そんな事を口にしながら腕を組んで考え込む啓蔵さん。
「あれは一言で言ってしまえば、死霊術の一歩手前のような魔法です」
「死霊術……。死体や霊体を操る術であったか? だが、舞奈は死体でも霊体でもない事は分かっているぞ?」
「今の舞奈は、自分の魔力とかりん――今日は別の所に行っていて、ここには来ていませんが――の霊力を使い魔を通じて送る事で、生命力を維持しているような状態なんです」
「ふむ、なるほど……。たしかにお主とかりんという者の力によって動いていると考えれば、死霊術に近しいものがあるな。だが、ふたりの力を借りていると考えれば、それは死霊術とは程遠いものだと言えよう」
俺の説明に対し、啓蔵さんがそんな風に返してくる。
なるほど、そういう考え方もあるか。
「なんにせよ、孫娘の命を繋ぎ止めてくれている事には感謝しかないというものだ。故に、我が愚息にも非干渉を厳命したのだからな」
なんて事をサラッと言ってくる啓蔵さん。
……ああ、そんな事していたのか。だから『何も動きがない』んだな。
「ところで、ふたりの力を舞奈に送っているという使い魔というのは……?」
「あ、はい。これです」
啓蔵さんに対してそう返事をしながら、俺はブルルンを呼び出す。
「ブッルルーン! 舞奈のおじいさんブルね! ブルルンはブルルンブル! よろしくブル!」
「これは……舞奈の言っていた『動いて喋るぬいぐるみ』か。――お主にも舞奈の件では世話になっているな。感……ありがとう」
感謝すると言おうとして、ありがとうに変えたのは、ブルルンが『感謝する』では理解出来ないかもしれないと推測したからだろうか? どっちでも通じるんだけどな。
なんて思っていると、
「どういたしましてブルー。お礼は温泉で良いブルー」
と、ブルルンがそんな風に返す。サラッと厚かましい事言ってるな……
「温泉? ぬいぐるみが温泉に入るのか?」
「ブルルンは特別ブル。だから、温泉の気持ちよさもバッチリシッカリクッキリ味わえるブルよー!」
最もな疑問を口にした啓蔵さんにそう答えるブルルン。
クッキリは用法として違う気がするぞ……
「なるほど、それはまた面白い。いやはや、これはまるで陰陽道の物語に出てくる式神だな」
そんな事を言いながら立ち上がってブルルンを観察する啓蔵さん。
今までずっと座っていたのに立ち上がるとは、随分と興味を惹かれたみたいだな。
「式神はブルルンよりギネヴィアの方が近い気がするブルよー」
「ギネヴィア? アーサー王伝説に登場するあの?」
ブルルンの発言を聞き、首を傾げながらそう問いかけてくる啓蔵さん。
それに対して俺は、
「いえ、名前が同じだけですね。自分と同じように使い魔を扱う資質を有していた者が、魔法で使い魔にした人形です」
と、そう説明する。
「ふむ、そうであったか」
啓蔵さんはそんな風に言うと腕を組み、一呼吸置いてから更に言葉を続けた。
「資質……。資質……か。――ひとつ聞きたい。ワシにはどんな資質があるのだろうか?」
と。
……今回も思った以上に会話が長く……というか、だいぶ長くなりました……
とまあそんなこんなでまた次回!
次の更新も予定通りとなります、12月13日(水)を想定しています!




