第39話 黒き水に沈むもの
「……誰もいないようだが……」
ギネヴィアが俺の肩越しにそう言いつつ部屋を見回す。
そして、たしかに誰もいない。
「元凶はここにいるんじゃなかったの?」
「そうじゃないわ。私は元凶は『ここ』だと言ったけれど、『いる』とは言っていないわよ?」
咲彩に問われたかりんがそう返事をすると、咲彩は意味がわからず首を傾げる。
「うん? ここだけど、いるわけじゃない……?」
「どこかに元凶が……『ある』?」
ミイがそう言いながら部屋の中を見回す。
つまり、例の時計塔の天球儀やミイが今持っている人形と同じって事だな。
と、そんな風に俺が思った所で、かりんが部屋の中央に敷かれたボロボロの絨毯へと歩み寄る。
そして、「ここね」と言いながら絨毯をめくった。
すると、そこには格子のついたフロアハッチがあった。
……古い砦の地下牢とかにこんなのあったなぁ……
なんて事を思いつつ、歩み寄って格子から下を覗いてみる。
暗くてよく見えないが……格子の下は結構な広さがあって、黒い水に満たされているようだ。
というか、原油や墨汁の類でもないのに随分と黒い水だな、これ。
「――ん? 何か水の中に沈んでいるな……なんだ?」
そんな風に俺が呟くと、
「暗すぎてなんだかわからんが、たしかに何かあるな……。とりあえず開けてみるか? 簡単に開きそうだし」
と、フロアハッチの格子部分に手をかけながら言う雅樹。
「いや、その前に沈んでいるのが何か調べてみるとしよう」
俺はそう返事をしつつ光球を生み出すと、それを水の中へと沈める。
しかし、思ったよりも明るくならない。
「やはりというかなんというか……この水、ただ黒いだけの水じゃないな」
「ボクの光球も入れてみるね」
俺の発言に続くようにしてそう言いながら光球を生み出し、俺と同じく水の中へと沈める咲彩。
光属性に特化している資質だけあって、俺の光球より一回り大きいな。これなら見えるか?
と思いつつ改めて覗き込んでみると、薄っすらとだが沈んでいるものが『棺桶』のようなものである事がわかった。それもひとつではなく、複数だ。
「棺桶? ……鎖っぽいので雁字搦めにされてる時点で、嫌な予感しかしない」
「……うん、たしかに……。死体とか入ってそう……だね」
弥衣と霊体がそんな事を呟くように言う。
まあ、俺もそれには同意だが。
「このどれかが元凶ってわけか。……この真下、ど真ん中に沈んでいる棺桶が邪な魔力――呪いめいたものを発している感じだが……かりん、どうなんだ?」
「ええそうね。その真ん中の奴が当たりだと私も思うわ。良く見ると分かるけど、そこから周囲の棺桶に向かって鎖っぽいものが伸びているでしょ? そこから強い呪いの力を感じるのよ」
俺の問いかけに対してそう答えてくるかりん。
なるほど。たしかにこの棺桶だけ、巻き付いている鎖が四方八方に伸びているな。
「ならば、すぐにあれを破壊す――いや、待てよ……。先に鎖を切断しておいた方がいいか。破壊した際に呪いが暴走したり、撒き散らされたりしたらシャレにならないし」
「であれば、今度こそ私が! 雅樹殿、その格子のハッチを開けてくれっ! さあ! さあ! さあっ!」
俺の発言を聞いたギネヴィアが、なにやら妙に気迫を漲らせながらそんな事を雅樹に対して告げる。
……この妙な気迫は、怨霊の集合体との交戦でほとんど何も出来なかった反動だろうか。今度こそとか言ってるし……
まあ、別に鎖を切断するくらいなら問題なく出来るだろうが。
「お、おう……。わ、わかった」
雅樹がギネヴィアの気迫に押され気味にそう返事をしつつ、フロアハッチを開ける。
「では、早速!」
そう言い放つと、ギネヴィアはまるで水面に立っているかのような位置へと移動。そこで剣を素早く何度も振るう。振るう。振るい続ける。
すると、その動きに合わせるようにして、剣から薄い青色の衝撃波がマシンガンの如く次々と放たれていく。それも一直線にではなく、カーブしながらだ。
……というか、こんな事出来るのか。
と、そんな事を思っている間にも、カーブしながら飛んでいく衝撃波が鎖を片っ端から切断していく。
「おー、あっという間に繋がっていた鎖が全て切断された。凄い」
弥衣がそんな風に褒めると、ギネヴィアはなにやら照れくさそうな表情をしながら、
「そ、それほどでも……。と、ところで、この棺の破壊も私がやって構わないだろうか?」
なんて問いかけてくる。
「構わんが、鎖と違って障壁に覆われているみたいだから、結構頑丈だぞ」
「心配は不要。破壊するだけであれば全身全霊を叩き込めば良いのだ」
俺の返事に対してそう言ってきたギネヴィアに、
「全身全霊を……叩き込む……?」
と、首を傾げながら問う霊体。
「うむ。実は花子さんカッコ仮の霊力を叩き込む攻撃を見て、同じような事が出来そうだと感じてな。今、それを試してみたら上手くいった故、もっと強く力を込めれば衝撃波の威力も高まるはずだ」
ギネヴィアが霊体に対してそんな風に説明する。
なるほど、さっきのは新しい技だったってわけか。
しかも『見て』『出来そう』だというだけで新しい技を会得するにまで至れるとはな。
なんというか、思った以上に武術センスに優れた使い魔だな。
戦闘特化タイプだから……とかなのだろうか?
まあ、弥衣自身は戦闘能力があるわけじゃないから、ちょうど良い性能を有しているとは言えるな。
なんて事を思う俺だった――
今回は他に区切れそうな所がなかったので、ちょっと長くなりました……
とまあそんな所でまた次回!
次の更新も平時通りの間隔となりまして、9月10日(日)を予定しています!




