第25話 月城という家
「………………」
俺の魔法が発動し、舞奈がボーッとした表情のまま硬直する。
俺が使ったのは思考を混濁させる――というよりボーッとさせる魔法だ。
あまり長い間舞奈をこのままにしておくのは、やっておいて何を言っているのか……という話ではあるものの、気が引けるので急いで対策を考えるとしよう。
――桜満に話して上手く隠蔽して貰えばいい話だが、それはそれで何か誠実さに欠ける気がするんだよな……
舞奈であれば、話してしまってもいいのではないだろうか……?
今日一日見てきて、自分からあれこれと言いふらすような人間ではない事は分かっているし。
だが……一方で、話をする事によって、舞奈に多大な負担を強いる事に……背負わなくても良い荷を背負わせる事にもなりかねない。
やはり、何も言わずに思考を混濁させる魔法を使って一旦ごまかした上で、細かい所は桜満に隠蔽して貰うべき……か?
……いや、ひとりで考え込むのをまず止めよう。
こういう問題は、ひとりで考えない方が良いのは向こうの世界で学んだじゃないか、俺。
てなわけで……その結論に達した俺は、早速、桜満に対して電話をかける。
「どうしたんだい? 何か話し忘れた事でもあったのかい?」
と、問いかけてきた桜満に対し、俺は同じマンションに住んでいるクラスメイトに魔法の事がバレそうな状況である事を伝える。
「――いつかはそういう事態が起きるとは思っていたけど、まさか編入初日とはね……。早すぎでしょ……」
ため息混じりにそう言ってくる桜満。……実に申し訳ない気分だ。
「……すまん」
「まあ……起きてしまった物は仕方がないし、速やかに連絡してきてくれただけ良しとしようか。それで? 何という名前の生徒にバレそうなんだい?」
「月城舞奈という生徒だ」
「ふんふん、月城舞奈、ね。…………って、月城っ!?」
桜満は驚きの声を上げたかと思うと、そのまま硬直したかのように無言になる。
「ど、どうした? そ、そんなに驚くような人物なのか?」
そんな風には見えないが……と思いつつ、恐る恐る聞いてみると、
「あ、いや、月城舞奈……彼女自体は特に問題ではないんだけど……彼女の家が、かつて財閥と言われた――いわゆる『名家』という奴でね。今でも色々な方面に顔が効くし、ちょっと厄介な力を持っていて、隠蔽するのは非常に骨が折れるんだよね……」
なんて事を言ってきた。め、名家の娘だったのか……
「――俺としては、彼女に魔法の事を伝えてしまうのがいいんじゃないかと考えていたんだが……そうなるとやはりマズい、か……」
「……ふむ。いや、そうだね……むしろ、そっちの方がいいかもしれないね。月城家を相手に『隠す』のは難しいけれど、『黙っていて貰う』のはそこまで難しい事じゃないし」
「え? そうなのか?」
「うん。それに……君が彼女に魔法の事を伝えてもいいと思ったのは、彼女になら伝えたとしても、周囲に言いふらしたりはしないだろうと考えたから、だよね?」
「ああ」
「だったら、今回はそうするのが最良だと私は思うよ。月城の人間であればなおさら、ね」
……そう言えば、大商人の娘であったサーシャは、洞察力の優れた奴だったけど、誰かが秘密にしている事を掴んでも、それをバラしたりはしなかったっけなぁ。
たしか……「商人というのは信用が全てなの。だから、お客様の秘密や情報を他人に漏らすような真似は絶対にしないよ」とか、そんな事を言っていた気がするぞ。
うーん……つまり、そういう『精神』が月城家にもあるという事なのだろうか?
まあ、その辺はいまいち良くわからないが、何にせよどうするかは決まったな。
「わかった。それじゃあ伝える方向性でいこうと思う」
俺はそんな風に桜満に告げる。
「了解。なら、その前提でこっちも動くとするよ」
「ああ、頼む。……それと、いきなり迷惑をかけてすまん」
「なーに、この程度なら大した事じゃないさ。それじゃ、そっちも上手くやってねー」
桜満は軽い口調でそう言って、通話を終了した。
「……さて、言われた通り、こっちも上手くやらないとな」
誰にともなくそう呟き、俺は舞奈の方へと顔を向けた。
本日はもう1話更新します!




