第32話 雨と黒い手
「マズいブル! 敵意を持った霊体が来るブル!」
ゾクッとしたものの正体を察したブルルンからのそんな警告に、俺は即座に草むらの方へと視線を向けた。
と、次の瞬間、昨夜の黒い縄のようなもの……否、『黒い手』が、ワラワラと地面から生えてくる。
「ウ、ウニョーンだよ! ウニョーンが来た……!」
セラが体を震わせながらそんなの声を上げるが、ウニョーンって言われるとなんだかあんまり怖くなくなるな……なんて事を思う俺。
「ど、どうするの!? 逃げる!?」
「いえ、後ろ――参道跡にも湧いてきたわ……っ!」
鈴花に対してかりんがそう返した通り、黒い手は既に俺たちを取り囲んでいた。
「完全に囲まれていますね……。速やかに離脱した方が良いと思います」
俺の方を見てそう言ってくる舞奈に続くようにして、
「ご主人、転移魔法――ゲートを開いて逃げるブルよ!」
と、告げてくるブルルン。
ブルルンの言う通り、この場から離脱するのならゲートを使って宿へ帰還すればいいだけだ。
とはいえ……だ。
「たしかにそうなんだが、追われたら面倒だからな……。ゲートを開く前にここで一旦蹴散らしておいた方がいい気がする」
「え? ええっ!? 蹴散らす!?」
俺の発言に驚く鈴花を横目に、俺は詠唱をすっ飛ばして魔法の名前だけを口から発する。
「――シグレードワイル!」
直後、俺たちの周囲に虚空から金色に輝く剣が降り注ぎ、黒い手を穿ち貫いていく。
「す、凄い……。これぞまさに魔法って感じがするよ……!」
今度は興奮する鈴花に、
「この類の奴は光に弱いと相場が決まっているからな。とりあえず光の剣を降らせてみた」
と、そう告げながら周囲を見回す俺。
穿ち貫かれた黒い手が、昨夜の黒い縄状の時と同様に、ガラスが砕け散るかの如く勢いよく粉々に砕け、そして黒い粒子を撒き散らしながら消滅していく。
「う、うーん……。なんというか、ホラーを力づくでどうにかしてしまった感がありますね……これ」
「それは否定しないが、わざわざ向こうの土俵で相手をしてやる必要なんてないだろう?」
舞奈の呟きに俺はそんな風に返して肩をすくめてみせる。
「それはまあ……たしかにそうですね。ともあれ、黒い手がまた湧いてこないとも限りませんし、さっさと離脱しましょうか」
「光の剣が一種の楔になっているから、これが消えるまでは新たに湧いてきたりはしないはずだ。だからそう急がなくても大丈夫……と言いたいが、雨がちょっと強くなってきたな……。魔法ではどうにもし難い分、雨の方が面倒だ。急いで戻るとしよう」
舞奈に対してそう返しつつ、ゲートを開く俺。
ゲートの向こうは、宿の敷地内にある咲彩たちが生活の場として使っている区画にある、人目につかない場所だ。ここなら宿泊客や宿の従業員に見られる心配はまずない。
もし誰かに見られるとしても、それは咲彩かその両親なので特に問題はないというものだ。
「悪霊の類よりも雨の方が対処が面倒って、なんだか変な感じだよね……。やっぱり天気は魔法でもそうそう変えられないって事なんだと思うけど」
「まあ、天候を簡単に操作出来たりしたら大変だしね……」
ゲートと光の剣を交互に見てそんな事を話す鈴花と紘都。
それを見ながら俺は、俺自身は資質の問題で使えないけど一応あるんだよなぁ……天候操作の魔法……。なんて事を思うのだった。
普通に考えたらとてもホラーでヤバい状況ですが、攻撃魔法一発で終わりという……
とまあ、そんなこんなでまた次回!
次の更新は、明後日9月8日(木)を予定しています!




