第143話 黒野沢の悪足掻き
「――ところで、ご丁寧にあれこれ教えてくれるのはありがたいが、一体何を待っているんだ?」
時間稼ぎに付き合う必要はもうないだろうと判断し、そう問いかける俺。
「……やれやれ、そこまで見抜いているとはな」
首を横に振り、ため息混じりにそんな事を言ってくる黒野沢に、
「俺が吹き飛ばした時、激昂して何者かと問いかけて来ておきながら、その後すぐに冷静さを取り戻したかのように話し始めたからな。そりゃ何かあると思うだろ」
と言って肩をすくめ、更に首を横に振り返してやる俺。
「……驚かされたのはたしかだし、怒りを覚えたのもたしかだ。だが、それ以上に『興味』を持ったのだ」
「この状況で興味を持つとか随分と呑気だな。俺はお前を捕まえにきたんだがな」
「ああそうだろうな。だが、私を捕まえても無駄というものだ。ならば、少しでも情報を得ておこうと思うのは当然であろう?」
俺に対し、そうに言ってくる黒野沢。
……なるほど、向こうもこちらの情報を得ようと思っていたわけか。
そして……そんな風に考え、捕まえても無駄と言っている事、それから爆破装置を使おうとしていた事からすると……
「……魂を別の肉体に移す術……か!」
俺はそう言い放ちながら魔法を発動。
刹那、魔法の文字がびっしりと刻まれた幾つもの『帯』が、床から生えるかのようにしてその姿を現し、黒野沢へと巻き付いていく。
この魔法、何気に見た目がかりんの拘束の符術に似ているな……
などと思っていると、
「御名答。しかし……『赤き力』なしで、こんな事が出来るとは実に興味深いな。だが、それで止められるような術ではないぞ?」
なんて事を言って、ニヤリとすると黒野沢。
と、その直後、黒野沢の身体が急に弛緩した。
どうやら魂が抜けてしまったようだ。
だが、慌てる必要はない。
既に『念の為に打ち込んだ魔法』が機能している。
この場へ俺が自ら乗り込んできておきながら、そう簡単に逃したりしたら、大魔道士の名が廃るというものだ。……まあ、自ら好んで名乗りたいものではないが。
まあ、それはともかく……最初から、あの程度の拘束で術の発動が止められるなどとは、思ってはいない。
そもそも今使った魔法は、拘束のための魔法などではない。奴がそう勘違いしてくれる事を狙って、それっぽい感じの見た目に偽装しただけにすぎないのだから。
そう……アレは見た目そのものは、かりんの拘束の符術に似ているが中身は完全に別物――『先に打ち込んだ魔法を変化させ、奴の術式に埋め込む』……という魔法だ。
俺はスマホを取り出し、桜満へと電話をする。
「ん? もしかして、黒野沢を確保する事が出来たのかい?」
「いや、魂を別の肉体に移す術を使われて逃げられた」
「なるほど……『新しい肉体』を用意してあれば、いつでもそちらへ逃げる事が出来るというわけか……。なかなか厄介な相手だね」
と、桜満。
まあ、新しい肉体があれば、いくらでも魂を移せるのだから、厄介なのはたしかだな。
「そうだな。だが……そうそう新しい肉体など作れるとは思えん。すぐに捕まえれば次は逃げられないだろう。ここにある肉体――『本体』は確保してあるわけだしな」
「……すぐに捕らえれば? どこに新しい肉体があるのかわかっているのかい?」
「ああ。奴には話しながら一種のマーカーのような魔法を付与しておいたんだが、奴が『魂を別の肉体に移す術』を発動させる直前に、その魔法を変化させて奴の術式に無理矢理組み込んだ――埋め込んだんだ」
俺がそう答えると、桜満は諸々理解したらしく、
「マーカーのような魔法……埋め込んだ……。……なるほど、それによって『移動した魂』を追跡し、黒野沢の現在地がわかっている……というわけだね?」
なんて問いの言葉を投げかけてきた。
「ま、そういう事だ。正確には魔法や術によって生じる魔力や霊的な力の流れを追跡出来るだけで、魂そのものを追跡出来るわけではないけどな」
「ふむふむ……。つまり、その『流れの先』が、黒野沢の居場所ってわけだね。それで、その場所というのは?」
桜満のその問いかけに対して、俺は「俺もまさかそこだとは思わなかったんだが……」と前置きし、そして告げる。
「その場所は……学校だ」
長かったSCROLL1も、おそらくあと2話くらいで終わります……
といった所でまた次回! 次の更新は平時の間隔通りとなりまして、4月24日(日)の予定です!




