濃い顔ぶれ
「それから、あちらが東雲巴さんと静さん。双子なんだよ」
「初めまして。双子の右目隠れのほうの、巴と申します」
「左目隠れの静です。よろしく」
「よ、よろしくお願いします」
恐らくは年上と思われる男性に向かってこの表現が正しいかは不明だが、何とも嫋やかな人だというのが、風月の彼らに対する第一印象だった。巴の自己紹介通り、彼らはそれぞれ片目を前髪で隠しているのだが、それも踏まえて鏡映しとしか言いようがないほどよく似ている。決して声音や仕草が女性的というわけでもないのに、威厳と淑やかさが同居した独特の雰囲気を持っている。
喩えるなら、老舗旅館や料亭の女将が持つ威風だ。
「巴さんは会員制バーを経営していて、静さんは俳優をしているんだよ。見たことないかな?」
「え……?」
千景に言われて、改めて静を見つめる。すると、これまで芸能人を街中で見かけたときにたまに起きる「こんなところで芸能人に会えるわけないし、見間違いだろう」というフィルターが晴れ、記憶が溢れてきた。
所謂ゴールデンタイムと言われる時間帯に放送している、連続ドラマの主役を張っている人だ。それ以前にも日曜朝の児童向け特撮番組で、敵幹部の役を演じていた記憶もある。
しかし風月の記憶にある彼の名は、東海静貴だった。
「あの……先週末も、ドラマに出てた……でも、名前が違うような……?」
「あれは芸名ですよ」
「あ、そっか……そうですよね」
羽月が本名で活動しているためか芸名の存在が頭から抜けていたが、言われて納得した。
全員分の紹介を終え、改めて全員を見回してみる。人気新人声優の幼馴染に主役級の舞台俳優、バーの経営者とその兄弟の俳優、そしてプロインストラクター兼動画投稿者。どれほど鈍くとも、役者見習いの自分があまりに場違いだと理解してしまう顔ぶれである。
なによりこの部屋の空気が、過去感じたことがないくらいに清々しく、まるで雄大な滝を眺めているときのような感覚さえ覚えるのだ。いったい彼らは何者なのか。気にはなるものの、初対面で訊ねるには危ない橋が過ぎるため、疑問を胸の奥底に飲み込んだ。
「ええと……わたしは綾織風月といいます。一七夜月座で役者見習いをしています」
風月は大層恐縮しつつも、小さく息を吸って自己紹介をした。すると舞台俳優である千景がその名前に反応した。
「へえ、一七夜月座なんだ? 僕も子役時代は其処で下積みをしていたよ。凄い偶然だね」
「えっ、そうだったんですね。世間は狭いなぁ……」
「とまあ、こんなメンバーだからさ、会員制なんて格調高い感じになっちゃってるんだよね」
「それは仕方ないですね……納得しました」
などと千景と話していると、羽月が横から風月を抱きしめた。そして何処か得意げな顔で千景に視線を送る。羽月の仕草の意図を察した千景が苦笑し、その隣で全くわかっていない様子の風祢が不思議そうにしている。
「ね、そろそろ始めましょうよ。まだダイスも選んでもらっていないのよ?」
「そうだね。じゃあ、まずはそれから始めようか」
千景が巴に視線を送ると、巴はただでさえ細い目を更に細めて頷いた。そして傍らに置いていたキャリーケースを開け、中からゲームで見る宝箱のような形の箱を座卓に置いた。
「今回使うのは十面ダイスが三つだから、まず風月ちゃんにはそれを選んでもらうよ」
そう言って、千景が風月に向ける形で箱を開ける。中身を目にした風月は思わず目を丸くして、千景と箱の中身を交互に見た。
「え、あ、あの……これ、全部……」
「うん。十面ダイス……普通のよく見る六面のサイコロの、十面バージョンだよ」
風月が驚いている横で、いつの間にか巴が食事用トレー二つを並べたくらいのサイズのダイス用トレーを広げていた。布の角をボタンで止めて縁を立てたもので、小さく折りたたんで持ち運べるTRPGグッズらしい。中央には魔法陣が描かれていて、説明されなければ占いグッズのようにも見える。
視線の先で大きく開かれたキャリーケースの中身はどうやら全てTRPGグッズらしいのだが、ろくに知識を持たない風月には、どれがどんな役割を持っているのか全く見当もつかなかった。