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温泉卓ゲ部の奇妙な日常  作者: 宵宮祀花
STORYⅠ◆沼への入口
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初顔合わせ

 風月たちが泊まる松陽閣は、県内では有数の創業百年を超える老舗ながら平成後期に改修工事がされており、近代的な外観や設備と和の風情漂う内装が程よく合わさった人気の旅館である。長い石段を登り切った正面に堂々と構えるその立ち姿は、県の観光案内等でも表紙を飾るほどだ。

 三人が石段を登り終え、橙の灯りが漏れる正面入口を潜ると、ロビー奥の待機スペースで三人の男性が待っていた。気のせいかと思ったが、やはり彼らの周囲も若干明るく感じる。


「おーい、こっちだ、こっち」


 そのうちの一人が風月たちに手を振り、軽く手招いた。

 傍まで行ってわかったことだが、三人のうち二人は同じ顔をしている。それなりに目立つからかチェックイン作業をしている他の観光客がチラチラと視線を寄越しながら通り過ぎていく。


「お待たせ」

「おう。もう鍵はもらってあるから、まずは部屋行こうぜ」


 周囲の視線を気にして、一人の男性が言う。彼は、男性四人の中でも一番筋肉質で体格が良く、声も一番低くて太い。程よく日焼けした肌と、金と黒の二色に染め分けた髪が良く似合っている。


「風月ちゃんもそれでいいかな?」

「はい、大丈夫です」


 風月が頷くと、一行は鍵に書かれた部屋名を頼りに旅館の奥を目指した。

 松陽閣は本館と別館に別れており、二つの建物は渡り廊下で繋がっている。別館は新館とも呼ぶことがあり、此方は各個室に露天風呂がついた、少々割高な部屋だ。

 一行は当然のように渡り廊下を抜け、二階の曙の間と書かれた部屋の前で足を止めた。


「こっちが僕たちの部屋で、そっちの朝露の間が二人の部屋だよ。荷物を置いたら僕たちの部屋においで。皆を紹介するよ」

「わかりました。ありがとうございます」


 千景から鍵を預かり、一時別れると風月と羽月は鍵を開けて朝露の間に入った。靴を脱ぎ、艶のある板張りの床に足をつけてホッと息を吐く。

 入ってすぐのところに靴箱と上がり框があり、正面に襖が一つある。右側にも扉が一つあるが、雰囲気からして水場だろう。手洗いを済ませて襖を開けると広々とした和室が出迎え、正面奥には旅館でお馴染みの広縁がある。座卓にも広縁のテーブルにもお茶と茶菓子の用意があり、寛ぐには充分すぎるほどに整えられていた。


「すごい……! 景色が綺麗だね」


 鞄を置くと、風月は吸い寄せられるように広縁へ駆け寄った。窓の外には清流と深い山の景色が広がり、眼下からは微かに川の流れる音も聞こえてくる。更に、この景色を眺めながら露天風呂に入ることも出来るようで、風月は期待に胸を膨らませた。


「はぁ……こんなすごいお宿だったなんて……」

「ふふ。気に入ってもらえてうれしいわ」


 和室の真新しい畳を踏みしめ、い草の匂いを胸いっぱいに吸い込む。普段の旅だったらこのまま寝転がってしまうところだが、今回は招待してもらった身である。

 風月はスマートフォンと貴重品を外出用の小さなショルダーバッグに移し、羽月はキャリーだけ部屋に置いて大きなショルダーバッグはそのまま肩に提げ、部屋を出て隣室に向かった。呼び鈴を押すと間もなく中から応答があり、扉が引き開けられた。


「いらっしゃい、待ってたよ」

「お邪魔します」


 応対に出た千景に導かれるまま部屋の奥へ進むと、三人がそれぞれ寛いでいた。よく似た二人は広縁で向かい合って座り、体格のいい男性は座卓で胡座を掻いて、部屋に備え付けのお茶を飲んでいる。


「どうぞ、座って」

「ありがとうございます」


 千景は座椅子を二つ並べて用意すると、其処には座らずにその正面へ腰を下ろした。羽月が奥に座ったのを見て、風月もそろりと隣に座る。


「それじゃあ、改めて。僕は成神千景。舞台役者をやってるよ。で、彼は和泉風祢くん。元プロのキックボクサーで、いまはインストラクターやりながら動画投稿してるんだっけ」

風祢かざねだ。動画つっても中身は仕事と全然関係ないゲーム実況なんだけどな」

「風祢くんはいくつかミリオン動画も出してて、公式イベントに出たこともあるのよ」

「ゲーム部門かと思ったらダンスに呼ばれたときは笑ったけどな。ま、よろしく」

「よろしくお願いします」


 挨拶と共に差し出された右手を握ると、分厚くがっしりとした大きな手のひらに包まれた。指の一本を取っても自分と違いすぎて、風月は思わず目を丸くする。

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