初めてのオフ卓
それからトントン拍子に話が進み、あっという間にオフ会当日が来た。
初日は羽月が歓迎も兼ねて払うからと旅費を出させてもらえず、行き先の旅館の名とメンバーの名前、待ち合わせ場所だけが無料メッセージツールBlueBird、通称BBに送られてきた。
これまでSMSで事が済んでいたために導入していなかったが、グループで予定を組むからと、羽月に教わりながらスマートフォンに入れたのだった。飾り気のないホーム画面を無料配布されている壁紙で飾り、アイコンを飼っている猫の画像に変えて、フォントを教科書のような明朝体から丸文字に近い等幅フォントのゴシック体に変える。
他にもスタンプやオリジナル絵文字などの機能もあるようだが、SNSすらやっていない風月にとって、これ以上は機能が多すぎて目が回る世界だった。
自室にあるラップトップは風月よりも成政が使いこなしていて、彼はいま調味料メーカーが運営しているレシピサイトを見るのが楽しみだという。それを知った陽炎に、よもや戦国武将の霊より現代機器に疎い現代人がいようとはと、散々に笑われたのだった。
「こんな感じで大丈夫かな……?」
待ち合わせは最寄り駅のロータリーで、時刻は朝九時。行き先は電車を乗り継いで三時間ほどのところにある、北関東山間の温泉宿だ。
羽月が「いつもイベントに行くときと同じ感じで来て」と言っていたのを参考に荷物を纏めて、ボストンバッグに詰める。服装は体温調節がしやすいよう、上着とストールを中心に。足元は宿が少し石段を登った先にあると聞いたため、スニーカーにした。
同人誌即売会イベントの格好を参考にするとどうしても可愛げや色気からは離れるが、ナンパをしにいくわけでもないので、動きやすさと清潔感を気にして選んでいく。
外は九月とはいえまだ日差しが強く、気温も高い。完全遮光の日傘に守られながら最寄り駅へと向かうと、羽月が既にロータリーの日陰で待っていた。
「ごめん、お待たせ」
「ううん、私もさっき来たとこだから」
四阿のような作りになっているロータリー中央には夏場限定でミストが噴き出る仕掛けがあり、いまも羽月の周囲には冷たい霧が降り注いでいる。駅まで歩いてきたことによる汗が僅かに引いていくのを感じながら、二人は駅構内を目指した。
「相変わらず、荷物多いね」
「今回は風月に貸すためのルールブックも持ってきているから、尚更だと思うわ」
何処か弾んだ声で言う羽月の持ち物は、キャリーバッグが一つにショルダーバッグが一つという結構な大荷物だ。クリーム色の本体にピンクのリボンがぐるりとベルト状に巻き付いたデザインの可愛らしいキャリーに、そのルールブックとやらが数冊収まっているらしい。
「あのあとわたしもちょっと調べてみたんだけど、サイコロとかそういう道具もいるんだよね? わたし、持ってこなくていいって言われてたから特に買ってないけど……っていうか何処で買えばいいかもわからないんだけど、大丈夫?」
「ええ。初めから全部用意させる気は更々ないもの。道具は私が持っているし、試しに遊んでみて気に入ったら一緒に色々と揃えに行きましょう」
「わかった」
羽月に連れ回されるようになってから買ったICカードを改札に触れさせ、駅ホームへ向かう。構内は僅かに空調が効いていたが、ホームは屋根があるだけでほぼ野晒しだ。唯一エアコンがある休憩所は既に満員御礼で、大荷物を抱えた状態では入りづらい。
仕方なく降り口に近い車両が止まる位置で待つことにした二人は、それぞれ鞄から小さな水筒を取り出して中身を呷った。
「向こうの駅に着いたら、中身を買い足さないとだめそうね」
「うん……さすがにまだ暑いね」
都内の駅は、数分おきに電車が来る。しかし行き先が都外の場合は、目的地へ向かう電車を選ぶ必要があるため、一つ逃すと意外な待ち時間を食うことになる。今回はその憂き目に遭わなかったお陰ですぐに乗り込むことが出来たが、過去に一度、イベントのときに失敗したことがある。
暑さに呼ばれて当時の苦い記憶が過ぎりかけた頃、到着のアナウンスが入った。
「あ、来た」
扉が開き、降りる人に場所を譲ってから乗り込む。先頭に近い車両は幾分か空いており、二人は問題なく座ることが出来た。他のメンバーとは基本的に現地の宿で集合だが、一人だけ同じ路線を使用するとのことで、先に合流することとなるらしい。
どんな人なのかと訊ねた風月に、羽月は「きっと驚くと思うわ」という、答えにならない答えと悪戯そうな笑みだけを寄越した。疑問に思いつつも、こういうときの羽月は決してはっきり教えてくれないことも知っている風月は、大人しくそのときを待つことにした。