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温泉卓ゲ部の奇妙な日常  作者: 宵宮祀花
STORYⅠ◆沼への入口
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其々の守り方

 墓所で出逢った夏の幻影のようなこの男は、名を陽炎という。

 風月の遠い祖先に縁があり、そして恩もあった。いつかそれを返すために留まっていたそうで。彼に直接なにかを与えたのは自分ではないのにと恐縮する風月に、陽炎は笑って「彼奴ならば己の代わりに愛しい子孫を守ってくれと言うだろうよ」と言ったのだった。


 陽炎の守り方は、至極単純だった。

 取り憑かれやすいということは、取り憑くだけの空き容量があるということ。通常は空き容量があっても入口を閉ざしているため、一般人がホイホイ取り憑かれることはそうないのだが、風月はその入口が壊れている。強盗にとっての、監視カメラもなければ鍵も掛かっていない金庫のようなもので。未練を持つ霊にとって、守りのない風月は魅力の塊。

 ならば、先に自分が取り憑いて容量を使い切ってしまえば良い。先の例えに当てはめるならば、金庫の中身を戦車でギチギチにしてしまえという力業だ。

 成政はこの地に納められている、とある刀に取り憑いている霊である。彼の依り代である太刀は博物館に所蔵されており、持ち出せば当然風月が捕まってしまう。


「……風月殿。悩ませてしまい申し訳御座らぬ。某がこの地より遠く動けぬことは元より承知しておりましたゆえ。どうか某のことは気にされますな」


 困っていることが伝わってしまい、成政はしゅんと俯いて寂しげな笑みを見せた。

 風月としても彼だけを一人残していくことに罪悪感はあるのだが、かといって刀のある土地から離れられない以上、どうすることも出来ないのが現状。


「あの……刀を持ち出すのは無理だけど、せめてお土産買ってくるよ」

「土産、で御座いますか」


 足元に正座したままきょとんとした顔で見上げる筋肉の塊を見て、風月は以前羽月が言っていた「大柄でマッチョな男は実質幼女」という言葉を理屈ではなく魂で理解し、胸を押さえた。これが他意のない素で放たれる可愛いの威力かと思い知ったが、何とか表情に出さないよう踏み留まってにこりと微笑む。


「う、うん……留守居をしてもらうのに、なんのお土産もなしなんて寂しいじゃない?」

「なんと……! 斯様なお心遣いを、某にも頂けるので御座いますか!」

「なにがほしい? 温泉宿だから、お饅頭とかかな?」


 成政はきらきらと目を輝かせながら暫し考え込んだかと思うと、ぽんと手を打った。


「では某は、風月殿が召し上がったお食事の写真を頂きたく存じます」

「!?」


 まさか過ぎる答えが飛び出してきて、風月は目を見開いた。


「温泉宿というものは、季節の食材や地域性のある食材を多く使ったものが多いと聞きます。遠い地にあるお宿の食事というものを、某は一度この目で見てみたいのです」

「ンンンンン……!」


 何度も頷きながら悶える風月の肩をぽんぽん撫でながら、陽炎が苦笑する。


「気持ちはわかるが風月よ、落ち着け。気を強く持つのじゃ」

「ウン……落ち着く……耐えて見せる……」


 深呼吸をして気を落ち着かせてから、風月は健気で優しい地縛霊を抱きしめた。

 料理が好きで、風月や陽炎と過ごすことが好きな、自称戦国武将。彼の姓も素性も死因もなにも知らないが、風月が話しかけるまで博物館でずっと独りぼっちだったことは知っている。


「お菓子の他に、よさげな食材とかあったら買ってくるね」 

「おお……! 有難きしあわせ!」


 この上ない喜びを映した満面の笑みを正面で受けた風月は、このとき初めて羽月が何度も口癖のように言っていた『尊い』という感情を理解したのだった。

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