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温泉卓ゲ部の奇妙な日常  作者: 宵宮祀花
STORYⅠ◆沼への入口
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懸念事項たち

「ただいま」


 羽月と別れて自宅マンションへ戻ると、奥からパタパタとスリッパでかけてくる音がした。


「お帰りなさいませ、風月殿」


 風月を出迎えた、この男性。百九十近い身長と、筋骨隆々の見事な体躯を和装で引き締め、長い黒髪を頭上でキリリと結い上げた姿はまさに美丈夫と呼ぶに相応しい。ただどういうわけか純白のフリルエプロンを身につけているため、ギャップという単語では言い表せない視界の齟齬が起きている。


「成政さん、もしかしてお料理の途中だった?」

「はい。少々仕込みに時間が掛かるものに挑んでおりますゆえ、暫し厨を占拠してしまいますこと何卒ご容赦願いたく……」

「大丈夫。使う用事はいまのところないから」


 靴を脱ぎ、上着を成政に預けて奥へと進む。廊下とリビングを繋ぐ扉を開けると、微かに漂っていた美味しそうな匂いがふわりと広がった。


「ビーフシチュー?」

「はい。懇意にしている肉屋のご主人が、良い肉が入ったゆえ是非風月殿にと」

「楽しみにしてるね。それにしても成政さん、すっかり商店街の常連さんだよね」

「有難いことに、皆様には大変良くして頂いております」


 照れ笑いを浮かべながらキッチンへ向かう成政を見送り、風月はソファに身を預けた。深く息を吐くと、体から力が抜けるのと同時に別のものも抜け出て頭上に漂い、風月を見下ろした。


「お疲れのようじゃの」

「お陰様で」


 小鍛冶の白頭を思わせる量の多い白髪に、朱色の化粧を目元に差した和装の美男子がころころと可笑しそうに笑って風月を撫でる。膝下は風月の丹田付近に繋がっており、後ろから見ると浮いているようでもあり腹の上に乗っているようでもある。

 しかしその振る舞いは重力を感じさせず、水中にいるような揺蕩いを見せている。明らかに人の様相ではない白髪の男をぼんやり見上げ、風月は困ったように微笑った。


「あのさ、たぶん、近いうち旅行へ行くことになると思うんだよね」

「ほう。以前に言っておった、いべんとというやつか」

「それとはちょっと違うんだけど……泊まりになりそうで」


 風月がそう言った瞬間、キッチンのほうでガシャンと激しい音がした。陶器が割れる音でなく、金属質のものを複数ぶつけ合ったような音だ。


「風月殿! 某を置いて遠方へ行ってしまわれるのですか!?」


 そうかと思えば凄まじい勢いで成政が飛んで来て、風月の足元に跪いた。


「聞き耳を立てるとは助平な奴め」

「キッチンすぐ其処だから……」


 リビングのソファから見て、右斜め前にキッチンはある。狭いマンションの一室で、キッチンとリビングのあいだに仕切も壁も存在しない。リビングとダイニングは一緒くたであり、風月は毎食現在地であるリビングのソファで食べている。

 涙目で訴える筋肉の塊を見下ろしながら、風月はどう宥めたものか思案した。


「うぅん……成政さんは地縛霊みたいなものだからなぁ……連れて行こうにも、容量は陽炎さんでいっぱいだし」

「抑も俺はそのためにお主に憑いておるのじゃぞ」

「だよねぇ」


 散歩に自分だけ置いて行かれる大型犬のような顔の成政を前に、陽炎と風月が顔を見合わせては囁き合う。


(やっぱりこうなったか……)


 羽月の誘いを受けた際に残された、風月の最後の懸念事項。

 それは、自分に憑いている彼らをどうするべきかということだった。


 まず陽炎は、彼自身が言っていた通り、風月を守るために取り憑いている。

 生まれつきの霊媒体質である風月は、幼少期から謎の『夢遊病』に悩まされていた。その実は、霊が体を乗っ取り、何とかして彼岸に連れ込もうとしていたのだが。霊感のない両親は勝手に家を抜け出したりあらぬほうを見て話し続ける娘を心配し、羽月の両親に相談した。すると、羽月にも実は見えないお友達がいると聞き、いつかは落ち着くだろうという結論になったのだった。実際、夢遊病状態になることはそう長く続かなかった。

 代わりに、起きているときに話しかけたり付き纏ったりすることが増え、それまで無自覚だった霊障が自覚的になってしまった。

 そんなとき、先祖の墓参りに行った先で出逢ったのが陽炎だった。最早墓石も残っていないほど古く遠い祖先の知人を名乗った彼は、風月がこれまで見てきたどの『あちら側の住人』とも違う、大層美しく清浄な気配をしていた。

 彼がどういった存在でもいい。助けてほしいと縋ると陽炎は恩を返すときが来たと鷹揚に笑い、風月の守りとなったのだ。

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