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女王の懐刀(2013)  作者: 瑞城弥生
弐 復讐
8/26

 銀行強盗に遭遇し、目の前で沢山の人が死んでから一週間が経った。あの事件はニュースとしては本当に小さく取り上げられただけだった。遺族に配慮しただけの遠慮がちな記事でしか無かった。犯人の名前も、本当の目的もよく解らなかったけれど、事件そのものは、苫前アイラの手によってその場で解決していた。

 だけどその場に彼女は居ない事になっていた。警備会社が突入して解決したと公式には発表されている。

 それは、そこにいた人間しか知らない事であり、誰にも言えない事だった。

 その場に偶然居合わせただけで、たまたま彼女に気に入られただけで、苫前アイラの従刀にされてしまった。だからと言って、それまでの生活に変化はなかった。

 あれから色々と考えた。けれど何もわからなかった。何一つ解らなかった。


「あの、苫前さん」


 その日の昼休み、ぼっちよろしく一人で読書をしている苫前アイラに、思い切って声をかけた。分からない事は、知っている人に聞けばいい。

 悩んだ末に辿り着いたのはそんな結論だった。

 彼女が読んでいたのは有名なライトノベルの最新巻だった。魔法少女が世界を救うありふれた話なのに、とても人気があった。確かアニメ化も決まっている。


『魔法少女』


 この前の事件を思い返せば、洒落が利いているとしか言い様がない。

 でも、そう言った本を読んでいる彼女を少し意外に感じた。彼女はどちらかと言うとシェクスピアの様な古典を嗜む印象だったからだ。


「何か用かしら?」


 苫前アイラは読書続けたまま、正気のない声で返事をした。クラスメイトの全員がその様子に驚異の視線向けている。それだけ彼女と会話をするのは特別だった。


「ライトノベルなんて読むんですね」


 本題に入る前の挨拶代わりに、当り障りのない話題を振った。


「そうねぇ。もう本は大体読んでしまったから、新刊ぐらいしか読むのが無いのよ」


 彼女は本を閉じ、視線を向けてきた。

 その表情を見た途端、会話を続ける事を躊躇した。殺意も闘気も感じられなかったけれど、下手なことを言えば、瞬殺されそうな気がしたからだ。

 だけど聞かずにはいられない。


「とりあえず、何をすればいいのですか」


 変なことを言ったつもりは無かったのに、彼女が嫌そうに眉をしかめたので、思わず身構えてしまった。


「いや、その、つまり、苫前さんの――」


 肝心な単語はぼかすしか無かったけれど、言いたいことは判ってくれると思った。

 それが意味ありげに聞こえたのだろう。教室内に動揺が伝染していく。


「じゃあ――」


 苫前アイラは、そんな外野の声など気にしてなどいない。

「明日から毎日、お昼に焼きそばパンとチョココロネを買って来て頂こうかしら。勿論あなたのお金でね。あと牛乳も。成分無調整でなければダメですよ」

 彼女の使いっ走りになるのは想定の範囲内だ。相手は貴族のお嬢様でありこの町の姫様なのである。それくらい仕方が無いと覚悟していた。


「あ、はい。わかり――」

「冗談ですよ」


 苫前アイラは返事を途中でかき消した。


「!」


 予想外の反応に言葉が出ない。


「冗談だと言ったのです。あなたは何もしなくて結構です。むしろ、話しかけないでくれませんか」


 更に追い打ちをかけられた。

 だからその場で固まった。 


「聞こえてますか? 私に構わないで頂戴と言ってるのです。用事のある時は、こっちから連絡しまっすから」


 彼女は冷たい瞳で睨みつけ、強い口調でそう言った。


「あ、うん」


 思わず普通に返事を返した。それを彼女は気にしていない。

 だけどとっても腹が立った。


「身勝手なお嬢さまだ」


 彼女には聞こえないよう小さな声で呟きながら席に戻った。

 苫前アイラは、何事もなかったかのように、再び読書を開始した。

 その姿はやはり美しく、それが余計に気に食わなかった。


「何を話していたのかしら」


 気を取り直して午後の準備を始めた時、目の前に三人の少女が現れた。

 苫前アイラ親衛隊とも呼ばれているチーム杉並の連中だった。

 リーダー格である杉並ミカは背が低く、ドリル系のツインテールが可愛かった。もともと苫前家の分家の生まれであり、苫前アイラのシークレットサービスをしている、と言う噂もあった。もちろん苫前アイラにそんな護衛なんか必要ない。その事は銀行で嫌というほど見せつけられた。


「何のことですか、杉並さん」


 杉並ミカとは以前から相性が悪い。敵対する道場の門下生である杉並は、腕はかなりのものだけれでど、対戦成績は芳しくなかった。だから、試合以外の時にも何かとよく絡んでくる。多分それは、単なる八つ当たりだ。

 今日も苫前アイラと話をしていた事が、気に入らなかったに違いない。


「姫様と何を話していたかと聞いているんです」


 その横から松陰サキが口を挟んできた。濃い茶髪のセミロングが大きく揺れる。彼女は空気を読まないことで有名だった。今も口を開きかけた杉並ミカが睨んでいる。でも彼女はお構いなしだ。マイペースというか、他人のことを全く気にしない人だった。


「あなたには関係の無い事でしょう、松陰さん」


 突き放なした態度を取れば、諦めてくれると期待した。


「あなたね、平民の分際で少し態度がでかいのよ」


 それに対しては、宮なんとかさんが、遥かに高い位置から威圧的に攻撃して来た。彼女は学年で一番背が高く、バレー部のエースだった。そしてやはり苫前家の分家であり、それ以外の同級生を見下す態度が多かった。

 彼女の言葉は腹立たしかったし、苫前アイラのことで気も立っていたから、つい拳を繰りだしてしまった。それでもなんとか抑えて、相手の目の前で拳を止めた。その拳が当たらない事を予測していたかのように、彼女は微動だにしなかった。彼女も杉並ミカに負けないぐらいに強かった事を思い出した。


「ちょっと五月蝿いわよ。宮……宮原さん?」


 彼女は一瞬固まった。


「み、宮前よ!」


 宮前マヤのポニーテールが怒りとともに暴れだす。


「ちょっと、落ち着きなさいよ、マヤ」


 振り上げられた彼女の拳は、杉並ミカに止められた。


「そんなことより――」


 杉並ミカは話を続けようとしたけれど、今度は松陰サキにではなくて、授業開始のチャイムに遮られた。


「覚えてなさいよ」


 悪役のような捨て台詞と共に、チーム杉並の三人は、自分の席へと戻っていった。


「はいはい」


 やっかい事から開放され、ため息を付いた時、苫前アイラの視線を感じた。

 彼女は誰も気づかないほど小さく笑った。  

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