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女王の懐刀(2013)  作者: 瑞城弥生
壱 従刀
6/26

 苫前アイラがマサミの額に日本刀を突き刺した時、どうやって彼女の懐に入り込んだのかも解らなかった。あまりの速さに、その動きを捉えることが出来なかった。

 刀を右手で大きく一振りしてから、苫前アイラは刃を下にして手を離す。それは落下し床に触れると同時に粉々に砕け散って、雪のように舞い散ると、床と一体化するように消えていった。

 床には、変身が解け元の制服姿に戻ったマサミが倒れていた。彼女の頭の周辺が、血で真っ赤に染まっている。

 苫前アイラは笑っていた。けれどその表情は凍りつくほどに冷たかった。

 頬に着いた返り血のせいで、一層強くそう感じた。

 今度こそすべてが終わったと安心した途端、口の中に血の味を感じ、さっき食べたマフィンを吐き出しそうになった。

 なんとか我慢して顔をあげると、目の前に苫前アイラが立っていた。

 正直怖かった。

 逃げ出したいと思った。

 だけどやっぱり、その場から動くことは出来なかった。

 まるで蛇に睨まれた蛙だった。


「あなた名前は?」


 苫前アイラとは同じクラスのはずなのに、顔も名前も覚えられていなかった。その事実にがっかりしながら、仕方なく名前を伝える。


「実は同じクラスなんですけど」


 そう付け加えるのを忘れなかった。 


「ええ、知ってます。ただの確認事項ですから、気にしないで結構ですよ」


 その言葉に少しだけ安堵した。どうやら覚えていてくれたようで嬉しかった。


「それじゃあ、死んでもらいましょうか。ダーレ=フォルザ」


 苫前アイラは再び刀を生成すると、いきなり切りかかってきた。


「何するんですか」


 本能的にその攻撃は回避できたけれど、前髪が少しだけ切り落とされた。


「さすが街一番の格闘家ですね。ここで殺してしまうのはちょっと惜しいです」  


 彼女はさっきと同じように刀を消すと、興味深げに近寄ってきた。


「それだけの技量があれば問題ないです。器量もいいですし。今日からあなたを、私の従刀じゅうとうにしてあげましょう」


 肩に載せられた彼女の右手の冷たさが、服を通して伝わってくる。


「従刀?」


 それも初めて聞く言葉だった。


「そうよ。簡単にいえば……。そうね、私の『眷属』になると言うことかしら」


 急な話の展開に、思考が追いついて行かなかった。

 眷属と言ってもこの場合は隷属身分の者の事を言うのだろう。


「あなたはこの国の最高機密を色々と知ってしまったの。だから、本当なら、この場であなたを始末しなければならないのよね」


 彼女は右手の人差し指を肩から首筋に移動した。


「あなたは見たのでしょう、白い小さな球状のあれ。あれって実は特定秘密なの。それに魔法少女の存在も。だからそれを知ってしまった人間は、例外なくこの世界から消えてもらう。これは女王陛下が決めた約束事なの」


 彼女の右手はピストルの形に変わり、それほど大きくない左胸に触れて来た。


「ちょっと」


 服が破れて下着が見えているのを思い出し、恥ずかしくなった。


「けれどあなたは、人間にしておくには勿体無いほど力と素質がある。だから、私の従刀として働きなさい。そうすれば、とりあえず高校を卒業するまでは、今までどおりの生活を約束してあげます」


 彼女を炎から守り、日本刀に姿を変えたあの物質――。


「あれは一体なんなんです」


 苫前アイラは胸に突きつけていた右手を自分の口元に移動した。


「禁則事項です☆」


 まるで未来から来た少女のような口ぶりで彼女は答える。

 そして笑った。

 とても楽しそうに笑った。

 こんなに気さくな彼女を初めてみた。

 普段の彼女から、そしてさっきまでの彼女からは想像できない。


「キャラ崩壊してますよ」


 だからついそう言ってしまった。

 いや、こっちが本当の彼女なのかもしれない。


「いやですね。冗談ですよ」


 けれどもすぐに元に戻り、彼女は何事もなかったかのように振る舞った。


「国民の、というか人類のほとんどが知らない事ですけれど、この国の半分はナノマシンで出来ているのです」


 解熱・鎮痛剤のCMの様な気軽さで彼女は話を続けた。


「この建物もそう。だからさっきは少しだけそれを使わせてもらいました。私はそういう力を女王陛下から与えられているのでよす。つまり、こういうことも出来るのです。ダーレ=フォルザ」


 苫前アイラは、また紋章を呼び出した。

 床から白い玉が現れて、それに体が覆われていく。あっという間に蝋人形のように固められ、身動きが取れなくなった。はずそうと藻掻もがいてもびくともしない。


「気分はどうです?」


 答えるまでもなかった。


「最悪です」


 本当に最悪だった。

 彼女は紋章を消して指を鳴らした。さっきまで体を包んでいた物質は、粉々砕け散って床に落ち、そのまま、床に溶け込んで消えていく。


「これが、ナノマシン?」


 確かにそれは、あらゆる分野に使われていたし、人間の体にだってすでにいくつか埋め込まれている。だけどそれを利用してこんな事が出来るなんて、実際に見た今でさえ信じられなかった。自分の周りにそれが溢れかえっていると言う事実にも驚いた。


「そういうことです。それであなた、従刀になる気はありますか? まあ、無ければここで死んでもらうだけですけど」


 彼女は、まるで飲み物を選ぶかのような気軽さで選択を迫ってくる。


「断るといったら」


 それでも、素直にそれを受け入れる事なんかできなかった。


「そうねぇ。いいわよ」


 少し考えてから、苫前アイラはそう言った。


「私に勝てたら、無条件で開放してあげるわ」


 それから、無理な条件を提示した。

 彼女の笑顔が、とてつもなく腹立たしい。


「では、空手で勝負しましょう」


 自分に不利な対戦方法を選んでも、苫前アイラは余裕だった。それだけ自信があるのだろう。


「分かりました。覚悟して下さい」


 さっきの戦いを見る限り、全くと言っていいほど勝ち目はない。

 それでも、戦うしかなかった。

 構えると同時に攻撃を仕掛けた。勝てる可能性があるとすれば、奇襲しか無い。

 だけど彼女に辿り着く事はできなかった。

 近づく前に、壁までふっとばされていた。


「あら、ごめんなさい」


 やっぱり彼女の動きを捉えることはできなかった。


「まだやりますか?」


 苫前アイラは手を抜いていたのだろう。壁まで飛ばされた割には、意外とダメージが少なかった。だからすぐに立ち上がり、彼女を睨んだ。


「怖い、怖い。そんな目で見つめなくてもいいでしょう」 


 冷たい笑みのまま、苫前アイラ近づいてくる。逃げたい気持ちはあるのだけれど、体が全然動かない。本当に隙がなかった。


「死にたくないのなら、言うことを聞きなさい」


 彼女の言うとおりだ。彼女に従うしか道は無い。

 諦めて拳をおろした。 


「従刀になって、何をすればいいんですか」


 彼女は難しげな顔をして考え込んだ。従刀とか言うくらいだから何やらすごい事のように感じていたけれど、本当は、大した事では無いのかもしれない。


「私のために、ひいてはこの国のために働いて、そして死んでいくのです」


 さんざん考えた末、苫前アイラはそんな漠然とした答えを出した。


「それは、どういう――」


 国のため、彼女のために一体何ができるというのだろう。


「そうねえ」


 最初から思いつきだったかかのように、苫前アイラは苦しげに言葉をつなげる。


「とりあえず、これをあなたに授けましょう」


 苫前アイラが手を伸ばし、左手首に右手をかざした。

 彼女の手が明るく輝き、手の平から白い球がこぼれ落ちる。それは左腕でシルバーのリングへと変化した。


「たとえ手首を切断しても、このリングは取れません。もし誰かに秘密を話したら、そのリングが、あなたと、秘密を共有したその相手を直ちに抹殺するでしょう。これは、あなたが私の従刀であることを示すと同時に、あなたに特殊な能力を授けます」 


 何の変哲もないステンレス調の細いリングだった。この程度なら校則違反にはならないだろう。リングの本質よりも、そんなことを心配していた。


「特殊な能力って、もしかして」


 それでも、その能力については気になった。


「使い方は簡単です。私がやったように、左手を前にかざして下さい」


 言われたとおりに手をかざした。


「頭のなかで最も必要と思われる自分の武器の姿を想像してごらんなさい」


 カラテ家にとって、刀の様な斬撃系の武器は必要ない。

 もし使うとしたら――。

 その武器を頭のなかでイメージする。


「最後に呪文を唱えます。ダーレ=フォルザ」

「ダーレ=フォルザ」


 彼女に倣って呪文を口にした。

 それと同時に左腕のリングが輝き出し、目の前に国章である紋章が姿を現した。

 地面から白い玉から飛び出して両手を包み込むと、それは次第に形となって、やがてはっきりと姿を表した。

  

 ナックルダスター


 メリケンサックとかカイザーナックルとも呼ばれるその武器は、拳による打撃を強化する目的で使用される。人間に対して使うには強力すぎるけれど、少なくともそれで、戦闘力は格段に上がるはずだ。

 そしてそれは、あつらえたようにピッタリだった。


「とても素敵ですね」


 苫前アイラはその武器を見てとても嬉しそうだった。


「そのリングは、武器の生成が出来る程度の能力をあなたに分け与える端末の役割をしているのです。私の能力の機能限定版と言うところですね。それを使って、私とこの国の役に立てるよう働きなさい。それがあなたの、これから生ていく理由になるのですから」


 苫前アイラはメガネの縁を右手中指で軽く持ち上げた。

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