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女王の懐刀(2013)  作者: 瑞城弥生
壱 従刀
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 苫前アイラは撃ち殺された。

 そう思った。

 いやそうなるはずだった。

 当たったと思った直後、彼女の左後方にある液晶モニタに亀裂が走り、右後方の等身大フィギュアの右腕が砕け散って、持っていた看板が床に落ちた。


「二つに割れた?」


 撃った弾は一つだけれど、着弾点は二つあった。弾が割れたと考えるの普通だろう。

 結果として、弾は彼女に当たらなかった。

 けれど彼女は何もしてはいない。

 そう思えた。

 しっかりと見ていたはずなのに、まったく解らなかった。 


「超能力?」


 そう思えるほどに、それは不思議な現象だった。

 だけどまずは、彼女が生きている事にほっとした。


「なんや?」


 男も、弾が当たらなかった事に疑問を感じ、訝しげに首を傾けていた。彼は自分の腕を信じていただろうし、だからこそ外すはずなど無いと思っていたに違いない。目の前で起こった事に少なからず動揺した。

 だから彼は、その時わずかに油断をした。

 そのチャンスを逃しはしない。

 素早く立ち上がると、その反動を利用して、その男に回し蹴りを食らわした。

 ジャストミート。

 腹部に力任せの蹴りを受け、彼は飛んでいった。

 壁まで一直線に。

 壁に到達した男は、まず背中を壁にぶつけ、それから慣性の法則にしたがって後頭部を壁にぶつける。男は気を失い、持っていたライフルを床に落とした。


「やった!」


 ライフルの男を倒したことに安堵した。だから、ものすごい殺気が後ろからやって来ているのに気づくのが少し遅れた。

 残り三人うちの一人だった。

 全員が特徴のない服を着て、深く帽子をかぶっていたから、彼らがどんな表情をしているかまでは解らなかった。


 ただ――。

 彼らは強い。

 一人ひとりがかなりの腕を持っている。

 そう感じた。

 それぐらいは理解できた。


 格闘技系なのだろう、武器は何も構えていない。

 同じ格闘技系ならば負ける気はしなかった。

 だけど、対応が遅れたために、彼の攻撃――右腕の正拳突きを、左腕で受けるのが精一杯だった。そして続けて攻撃してきた別の男の蹴りに対しては、まったく対処が出来なかった。

 彼らの連携プレーは見事だった。かなり訓練しているに違いない。

 同じレベルだったとしても、相手が複数であれば格段に不利となる。そう言った時はそういう戦い方が必要だけれど、その時は出来てなかった。

 だから――。

 

 蹴り飛ばされた。

 ふっ飛ばされた。

 

 さっき銃を持った男にやったのと同じように、思いっきり飛ばされた。

 その時、制服の上着の一部が破れ飛んで、胸の下着が露出する。


「ちょっと」


 恥ずかしがっている場合ではないけれど、反射的に左腕でそれを隠した。

 それでもそのケリを受ける瞬間にその力を殺す事には成功した。この程度なら、壁に激突して気絶することはないだろう。

 だけど飛んでいった先がまずかった。壁ではなく、長椅子の置いてある方向だった。力を殺したのが原因だろう。壁まで飛ばずに途中で失速し、長椅子をなぎ倒しながら転がっていく。

 そうなるはずだった。

 だけど違った。

 背中を打ち付けた先は、硬い長椅子では無く、とても柔らかい壁状のものだった。椅子をなぎ倒す時の痛みを想像していただけに、その衝撃は意外すぎた。


「何だかとっても痛いんですけれど」


 両腕をがっしりと掴まれ、そのまま押し返された。ゆっくりと振り返り、後ろを確認すと、身体を支えていたのは、苫前アイラだった。近くで見ると、その美しさはさらに際立ち、とても眩しい。


「あ、ごめん」


 相手が貴族である事も忘れて、普通の言葉で謝った。

 それが彼女との最初の交流ファーストコンタクトだ。

 出会って初めての会話だった。


 彼女はクラスメイトと一定の距離を取っていて、他の誰かと話をしている姿を見る事はほとんど無かった。クラスメイトも、彼女を近寄りがたい人と感じていた。

 その理由の一つは、彼女が支配階級の人間だからだ。

 この国が女王陛下を中心にして独立する際、最も貢献した五人の女性に公爵の位を授けた。それ以外の功績者を貴族とし、それぞれの地域を支配する権利を与えた。

 苫前家はその時に貴族となった。故に苫前アイラは支配する側の人間で、それ以外のクラスメイトは支配される側なのだ。

 だからみんな彼女と積極的に関わることを避けていた。

 彼女の気分次第で、自分の運命が変わらないとも限らない。

 それはクラスメイトだけでなくこの町の人間なら誰しもが感じている恐怖だった。

 それが独裁国家であるこの国の宿命でもあった。


 苫前アイラはそれ以上会話を続ける事はしなかった。

 その代わり、目の前の女子高生の襟を掴んで、猫でも投げるかのように、軽々と投げ飛ばした。


「え? ちょっと」


 ぶつかった時も思ったけれど、彼女の力は尋常ではない。

 飛んできた高校生を、微動だにせず受け止めて、背は高くないとは言え、それほど軽くない女の子を片手で摘んで放り投げる。

 そんな力が、ただの女子高生にあるわけない。

 人の何十倍も鍛えていたって、そんなことは不可能だ。


「何なの!」


 だからそんな疑問を抱いてしまった。

 だからそんな言葉を叫んでいた。

 クラスメイトで、学級委員長で、貴族で、支配者で、お姫様の女子高生。

 苫前アイラという名前の少女なのに、

 ただの一人の少女なのに。

 とてつもなく規格外だ。

 人間だとさえ思えなかった。


 投げ込まれた先は、黒ずくめの連中が集まっている中心だった。飛ばされた勢いで一回転し、苫前アイラの思惑通りその中央に着地する。

 彼女がそこを狙って投げたのは明白だった。

 だとすれば、すべきことは一つである。

 相手はたったの三人だ。

 とは言え、それなりに腕の立つ連中である。

 道場でも多人数を相手にする練習は時々やった。相手と戦闘力に大差がない場合は、基本的に勝ち目はない。だけど手がない訳でもなかった。少なくとも彼らは、道場の連中よりはちょっとばかり弱いからだ。それは相手の気を感じればすぐに分かる。

 まずは一番弱そうな相手を探した。三人の中で最も背の低く、戦闘力が小さいと思われる男を選んで飛びかかった。腕を掴み関節技を決める。打撃系の流派だから関節技は得意じゃないけど、そうやって捕まえた男を引きずるようにして壁際に移動した。

 それにつられて他の二人が追ってくる。

 計画通りだ。 

 捕まえた男の腕を折り、当て身で気絶をさせてから、他の二人に向けて投げつけた。これで相手は一人ひとり順番にかかってくるしかなくなるはずだ。


「この野郎、ふざけやがって」


 案の定、一人が抜き出るように飛び出してきた。

 速い。

 だけど、一対一なら負けはしない。

 飛び出してきた男を真正面で迎え撃つ。

 相手は空中で回転して蹴りを入れてきた。

 その足首を狙って拳を繰りだす。

 遠心力で加速した彼の足首は、打ち出した拳と接触すると同時に骨が砕けた。

 力比べなら引けをとらない。

 すぐに彼の懐に入り込んで鳩尾に拳を沈め、更にその体を、残りの一人に向かって投げつけた。相手は予想通りそれを避ける。

 最後に残った奴が、一番強い。そう感じた。

 でも後一人だ。 

 敵が誰一人苫前アイラに向かって行かなかったのは幸いだった。

 彼女を守れなければ意味は無い。

 だからその時、決心した。 

 武道を修めている以上、奥義たるものが存在する。


 必殺技だ。


 歴代の武闘家や拳法家が勝利を掴んできた技がある。パロディとしてアニメや小説で使われることも多いから、万人にも馴染みの深い有名な技だった。

 掌から圧縮された闘気を撃ち出し、相手の身体を打ちつける技。

 名前などいらない。

 ただ集中すればいい。

 残りの一人は、少し広めに距離を取って、こっちの様子をうかがっていた。その機会を見逃さない。

 十二分に溜め込んだ闘気を撃ち出して彼にぶつけた。

 目の前に居たその男は、驚いてはいたが、逃げ出す余裕は無いようだった。正面でその闘気をまともに浴びると、その勢いで後ろに飛ばされ、椅子をなぎ倒しながら壁に激突して動きを止めた。


「ふぅ」


 この技を使うととてつもない疲労感に襲われる。立っているのが精一杯だった。


「やってくれますねぇ」


 大きく深呼吸をして、張り詰めた気持ちをゆるめた時、カウンターの中で支店長と話をしていたはずの少女が後ろから声をかけてきた。カウンターの中に支店長の姿は見えなかったから、すでに床に転げ落ちているに違いない。


「そんなに強いとは思わかったなぁ。ただの女子高生かと思ったんだけどねぇ。こうまでされたんじゃ、黙っては居られないなぁ」


 彼女が居る事を忘れていた。 

 それにしてもすごい殺気だ。

 右手に拳銃を持ってはいるけど、素手で人を殺せるほどの闘気だった。

 彼女は強い。

 戦わなくてもそれは判る。

 勝てる気が全くしなかった。

 いや、まともにやりあったら相手にさえならないだろう。

 十分にレベルを上げる前に、ラスボスに挑むようなものだと思った。


「あなたはいったい、何をしようとしているんです?」


 降参の意味で両手を挙げながら、ふと思い立った疑問を彼女に投げた。


「何だと思いますぅ?」


 彼女は拳銃を持っている右手を下げた。それでも彼女の闘気は緩んだりしない。


「そんなの解るはずないです」


 何が起こったのかさえよく解らないのに、その目的なんて想像できない。


「この国を救ってあげようとか思っているんですよぉ」


 彼女は上から目線でそう言った。でもその言葉の意味は理解できない。

 この国は独裁国家だ。だけど、救わなければならないほど問題のある国ではない。国民の大半は大きな不満を持たずに普通に幸せに暮らしている。ラインハルト・フォン・ローエングラムの言葉を引き合いに出すまでもなく、腐った民主主義より数倍はいい国だ。

 少なくともそう感じていた。

 そう、信じていた。


「それは一体、どういう事です」


 素直な疑問だった。国を救うと言う思想の意図するところがわからない。


「それを知る必要なんてないですよぅ。あなたはここで、死ぬんですからぁ」


 彼女はそれに答える事なく、持っていた銃を構え直した。


「どうして」

「きっと運が悪かったんだよねぇ」


 とっても理不尽だった。そんないい加減な理由で殺されたりしたくはない。

 だけど、どうしようもなかった。

 逃げ出すことさえ出来なかった。


「それは、ちょっともったいないと思いますけれど」


 諦めて両手を下した時、今度は後ろから肩を掴まれた。

 目の前にとてつもなく強い相手が居るというのに、それを無視して振り向いた。


「委員長」


 肩に手を置いたまま、苫前アイラが可愛く首を傾げている。


「悪いけど、此処をよけてくれるかな」


 力いっぱいその場から引き剥がされ、少し離れた長椅子まで突き飛ばされた。相変わらず凄い力だ。でも、あの少女から離れる事ができてホッとしていた。


「あなたはそこで見てなさい」


 気だるそうにそう指示してから、わずかな殺気も見せず、闘気すら出さずに、苫前アイラは、その少女と対峙した。


「邪魔をしないでくれるかなぁ」


 金髪の少女は苫前アイラを睨みつけた。

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