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女王の懐刀(2013)  作者: 瑞城弥生
壱 従刀
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 銀行員のお姉さん――能登さんの額から一筋の赤い液体が流れ落ちる。

 ゆっくりと彼女は体を傾け、ドサリという音と共に、床に倒れた。


 恐怖は感じなかった。


 仕事が出来る可愛い銀行員を一人失ったことはとても残念だ。

 それはとても悲しいことだ。

 けれど冷静だった。

 不思議なくらい冷静だった。

 だからゆっくりと、銃声のした方に振り向いた。

 目の前から、この町では見かけることのない制服を着た女子高生が走って来た。そして強盗から守るために設置された、二メートル近い高さの強化ガラスの壁を、スカートのまま軽々と飛び越えていく。



「縞パン」


 その超人的な脚力とスカートの中身に見とれてしまった。

 彼女はまっすぐ支店長の机に向かった。その途中持っていた拳銃で一発撃った。その弾は、驚いて硬直している神経質な男の眉間にヒットした。

 ゆっくりと倒れていく彼の姿を目で追っていると、女性銀行員を撃ち抜いたのと同じ銃声が背中の方から聞こえてきた。

 音につられて振り返ると、四十歳くらいのおっさんが、ライフルを構えている。

 客の一人が、悲鳴をあげる間もなく撃たれていた。

 三丁目の柏木さんだ。

 銀行の隣で古本屋を経営している七十過ぎの老婦人である。その店は何度か利用したことがあるけれど、とても気のいいおばあちゃんだった。

 ライフル男の後方には武器を持っていない男が三人控えていた。突入してきたのは全部で五人だ。客の少ない銀行を襲うにしては少しばかり大げさな人数に思えた。

 そして三人とも黒いジャージの上下を着て、深々と黒い野球帽をかぶっている。

 状況を把握しようとしているうちに、もう一人が犠牲になった。

 さっき睨みつけてきたサラリーマンだ。彼も突然の事に放心していたのだろう。瞬時に危機に対応できないのだから、仕事が出来る男ではなさそうだった。こんな形で命を落とすなんて無念だと思う。だけど、事件に巻き込まれて死亡した場合、国からの保障が沢山でる。残された家族はお金の心配をしなくていい。それだけは救いだった。

 この国の政府はそういう事にはとても力を入れている。

 そういう意味で、ここはとてもいい国だった。


 ライフルの男がその次に狙ったのは、最後の客だった。

 店の中に入った時には、柏木さんとサラリーマンしか居なかったから、能登さんとやり取しいる間に入って来たのだろう。それに気付かないとは迂闊だった。 

 そこに居たのは少女だった。

 濃紺のスカートは少し長め。真っ白いセーラー服の襟と袖口は白いラインが三本入った明るい水色で、紺色のスカーフは襟元で詰めてあり、たっぷりと垂らしてあった。

 その制服には見覚えがあった。いや、今着ているのと全く同じデザインだ。

 つまり同じ学校の生徒だった。そんな事を言える立場じゃないけれど、ここは高校生が来るような場所ではない。


「あなたは……。どうして、こんなところに」


 彼女の髪はやや紫がかった黒色で、腰まで届きそうなシングルの三つ編だった。顔立ちは、可愛いというより綺麗と言った方がしっくり来る。

 むしろ綺麗すぎる。

 美しすぎる。

 不自然なくらいに。

 作り物のように。

 極めつけはメガネだった。

 特殊な細胞組織を活性化させて移植する技術が確立されて、ナノマシンと併用することで近視とか乱視とかおよそ目に関する障害は取り除かれているにもかかわらず、彼女はメガネをかけていた。ファッションという域を超えて、それはむしろ記号だった。

 三つ編み、メガネといえば、決まっている。


「委員長」


 同じクラスの紛うことなき学級委員長。

 この町を支配しているお姫様。

 委員長の中の委員長が猫が取り憑かれたというのなら、うちの委員長はなまけものにでも魅入られたというべきだろう。


 彼女は喜ばない

 彼女は怒らない 

 彼女は哀しまない

 彼女は楽しまない

 彼女は友達を作らない

 彼女はがんばらない

 彼女は何にも興味を持たない。


 まるで生きることを諦めてしまったかのような委員長はそれでも、人を魅了する何かを持ち合わせていたようで、二年生に進学した最初のホームルームにおいて満場一致で学級委員長に選ばれた。

 その時彼女はつぶやいた。


「ああ、めんどくさい」


 と。

 そう言いながらもちゃんと引き受けたりするところが彼女の魅力だった。彼女は少なくとも最低限の仕事は進んで引き受け、しかも完璧にこなしていたから、彼女を選んだことはやはり正解なのだと思う。


 学級委員長――苫前アイラはそんな少女だった。


 委員長は長椅子に座ったまま、自分を狙っている銃口を見つめていた。

 怖がってなどいない。

 怯えてなんかいない。

 ただ冷静に、相手の男を興味なさげに眺めていた。

 相手が比類なく美しい女子高生であっても、その男は容赦なかった。顔色一つ変えること無く、トリガに指をかける。それはまさしくプロの仕事だ。

 その状況に動揺した。

 苫前家はこの町では最も権力があり、独裁国家であるこの国の女王陛下から、直接この地を治めるように命じらている貴族だった。

 彼女は、この町にとって唯一無二のお姫様だ。

 委員長に選ばれたのも、実はその権威のおかげなのかもしれない。

 だけど彼女がこんな所で、こんな死に方をして良い訳がない。

 

 いや――。


 いまこの場所で、目の前で死んではいけない。

 もし彼女がここで死んで、同じ場所に居合わせた事が人に知れたら、家族共々路頭に迷う。女王陛下はそんな事を許したりしないはずだ。

 ただ居合わせただけで。

 守れなかっただけで。


 彼女はそう言った世界に生きている。

 この国はそういうルールになっている。


 だから飛び出した。

 無意識に。

 瞬間的に。


 彼女を救うことが、生きている意味であるかのように、銃を持った男の行動を阻止しようと飛び込んだ。銃に手を触れさえすれば弾道をずらすことが出来るはずだ。

 そうすれば、彼女を助けられる。


 だけど―― 


 届かなかった。

 少しだけ遠かった。

 ほんの少しだけ間に合わなかった。

 伸ばした指は、銃身の手前で空を切った。


「パァン」


 銃声が響く。


 吐き出された銃弾が苫前アイラに向かっていく。

 飛び出した勢いで床に転がりながら、それでも彼女を見続けた。

 片膝を立て、回転を止める。

 その瞬間諦めた。

 もう無理だ。

 だけど目を閉じたりしなかった。

 最後まで見届けよう。

 それが義務だと思ったから。

 それが使命だと思ったから。


 そして、その銃弾は容赦なく、

 彼女の額を撃ちぬいた。

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