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女王の懐刀(2013)  作者: 瑞城弥生
壱 従刀
3/26

 古本屋とファストフード店に挟まれたその銀行は歴史が古く、建物も同じように古かった。日本風の様式で建てられた事もあり、国の歴史的建造物に指定されている。

 建築とかに興味はないから、その価値はわからないけれど、建物はとても趣があって結構気に入っていた。

 鋼鉄製の重い扉を押して中に入ると、店内は静寂が支配していた。

 銀行というところは、静かにすることを強いられてしまう。明文化されているわけでもなく、強制されている訳でもないけれど、その場の雰囲気とか、空気とか、暗黙の了解だったり、伝統的な風習だったり、その理由は様々だけれど、大きな声を出しにくい場所には違いなかった。カウンターの奥にある鉄製の丸い扉の向こうに、普通に生きていては決して手にする事の出来ない大金が収められている。そんな無意識な緊張感が原因かも知れない。

 建物の中は、意外に広かった。

 その広い空間を二つに分けるかのようにカウンターが備え付けてあり、店に入ってすぐ左側にはATMコーナがある。現金が流通していない今、ATM――現金自動預払機はすでに存在さえしていないけれど、その場所にはATMのかわりに、外貨の自動両替機が一台だけ備え付けてあった。

 右手の待合所には四人掛けの長椅子が一〇本ほど並んでいた。まだ貨幣が流通していた時には、多くの人が訪れ、静かながらも活気に満ちていたと聞く。でも現在では人影もまばらで、今日は老婦人とサラリーマンの二人しか居なかった。

 長椅子の後ろには記載台があり、その上の壁面には為替レートや融資の利率などが表示されている五〇インチほどの大きなLEDのディスプレイが掛けてあった。

 カウンターには通常の窓口が六つ、融資用の窓口が三つあったけれど、今は通常用の窓口の二つが使われているだけで、残りの窓口には閉鎖中のプレートが掛けてあった。右奥に赤褐色のツインドリルを頭に冠した電子の歌姫の等身大フィギュアが、企業融資受付中と書かれたプレートを抱えて立っていた。

 全体的に質素で、寂しげな印象の店だった。

 使用している二つの窓口のうち、右の三番窓口には、二〇代後半くらいの若い、細身で少し神経質そうな男が座っていた。仕事は丁寧そうだけれど、さっきからずっとひとりごとを話している。控えめに見てもフツメンでだった。

 その左、二番の窓口を使っているのは常に笑顔を絶やさない優しそうな女性だった。見た目から女子高生と言っても通りそうだ。客商売にしては珍しく化粧は濃くない。だからふつうに可愛くみえた。

 カウンターの奥にある金庫の前の大きな机で、業務用端末の表示装置とにらめっこしているのは支店長だろう。四十代半ばの恰幅のいいおじさんだった。

 まずは、使われていない一番窓口に設置されている十五センチ四方の機械から、番号札を受け取った。自動的に番号を発行する機械である。窓口を訪れる客が減り、それ自体は業務の効率化を通り越して、もはや経費の無駄遣いとしか言えない代物だったけれど、銀行にとっては古き良き時代の名残なのだろう。だから未だに現役だった。 

 機械正面の表示板で、待ち人数が自分一人だということを確認してから、他の二人の客とは離れた場所を選んで座った。

 サラリーマンがこっちをちら見して、怪訝な表情を浮かべている。

 たしかに高校の制服は、この場所には全くもって似つかわしくない。 


「十八番の方、窓口にお越しください」


 長椅子に座り、アタッシュケースを膝の上に載せるとすぐ、静かな店内に時代遅れの電子的な声が響いた。番号札発行機が呼び出した十八番の札は手の中にあり、『十八』の数字が表示されたのは二番窓口の呼出用電光掲示板だった。


「ラッキー」


 思わず声に出してしまった。

 神経質なフツメン男子と、可愛いお姉さんなら、誰だって後者を選ぶ。だから不思議なぐらいウキウキな気分で窓口に向かった。


「お待たせしました」


 お姉さんは、可愛らしい微笑みとともに迎えてくれた。

 番号札を手渡しながら、彼女の胸に付いているネームプレートをチェックする。そこには『能登』とだけ書いてあった。


『能登かわいいよ能登』


 心の中でそう呟く。


「本日はどういったご用件でしょうか」


 銀行にわざわざ出向くという事は、大口の両替か、事業系融資の申し込みくらいしか考えられないので、基本的にはそのどちらかなのだけど。彼女は直接的にそう聞かず、営業的な常套句を使用した。相手が高校生でも見下したりしていない。


「えっと、両替を」


 高校生が持つには明らかに不釣り合いなアタッシュケースを力任せに持ち上げた。


「よっこらしょ」


 とても重く、そして大きく感じた。


「ちょっと待ってください、今鍵開けますから」


 カウンターの上に置いたにアタッシュケースの上に右手を掲げると、生まれると同時に埋め込まれた右手の個人識別用ナノマシンが反応し、アタッシュケースに暗証番号を送信する。


「カチャリ」


 鍵が開いたの確認してから蓋を開け、中を確認してから彼女に渡した。


「はいどうぞ」

「お預かりします」


 営業スマイルで受け取った彼女は、中を見た瞬間に固まった。 


「え? あの」


 能登さんが、困惑するのも無理はない。

 中身は、一般的には高水準と言われる銀行員の給料でも十年分くらいの価値がある外貨だった。そんな大金を持ち歩いていた事にぞっとする。それでも、彼女がその事に一瞬で気づいたのには感心した。可愛い上に仕事が出来るなんて、優秀な銀行員だ。そしてやはり、彼女はすぐに立ち直った。


「失礼しました。身分証明書と委任状をお願いします」


 トランクの中身は、高校生が持ち歩くには高額すぎる。だから彼女は少し警戒したのだろう。口元が引きつっているからそう感じた。だけどそれは、銀行員として正しい対応なのだと思う。

 制服なんて着て来るものじゃなかったとその時ちょっと後悔した。

 超電磁砲レールガンの母校とは違うのだから、外出時は私服でも問題ない。せめてスーツに着替えて来るべきだったかなと考えた。

 だけど、お使いの時には正装って決めていた。それは父親に対する義理だった。どこかのお姫様と違って、はやりの服はきらいじゃないけど、着る服次第では、場所によっては悪印象を与えかねない。父親の顔に泥を塗るのは本位じゃなかった。

 高校生の正装は学生服と決まってる。

 身分を証明する為に、カウンターの端末に右手をかざすと、右手のナノマシンが反応し個人情報を伝達する。委任状は予め登録してあった。


「も、申し訳ございませんでした」


 カウンター内のディスプレイに父親の委任状が表示されると、能登さんは、取り乱しながら深々と頭を下げた。その行為が全く意味を成さない事は、彼女も自身も解っているのに。そうせざるを得ないのだ。


「あ、気にしないでください」

「いえ、でも……」


 父親は地元では一応名士で通っている。

 学校のクラスメイトが聞いたって、誰それ的な扱いをされる名前だけれど、財界の関係者が聞けば、思わずひれ伏すくらいには有名だった。

 そして力があった。

 家内工業的な会社とはいえ、その業務内容は、国の財政に直接絡むほどのもので、その功績はこの国の独裁者である女王陛下が認めるほどだ。業務内容についてはまだ詳しく教えてもらってはないけれど、何だかすごい事をしているのだけは理解していた。一応は跡継ぎなので、その辺は、高校を卒業してから色々教えてもらう事になっていた。


「はい。では少々お待ち下さい」


 能登さんはすぐに落ち着きを取り戻し、ケースの蓋を静かに閉じると、そこで小さくため息を付いた。

 まさにその時。


「カチッ」


 金属のぶつかる音が聞こえた。


「パァン」


 何かが弾ける音がした。


「ヒュン」


 耳元を、何かが通り過ぎる音がした。


「ビシッ」


 目の前で、何かが突き刺さる音がした。


「え?」


 それが銃弾だと、放たれた瞬間に解っていた。

 カラテと呼ばれている格闘技を習い始めたのは家庭の事情だ。父上の仕事柄、誘拐という犯罪からは逃れられない。子供の頃から、自分の身は自分で守れと教えられて育ってきた。そのためのカラテだった。ただそのためだけに習い始めた。それがいつの間にか、この町で『最強の使い手』と言われるまでになっていた。

 そういった才能があったのだろう。

 だから音にもかなり敏感だった。静まり返った銀行の中だから余計にはっきり聞こえてきたのだ。後ろから銃弾が飛んで来たとしても、それを避けるくらいわけはない。

 でも避けなかった。

 避ける必要はなかった。

 それは最初から、目の前のお姉さんを狙っていたから。

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