一
木曜日も学校を休んだ。
おとなしく勉強などしていられる気分ではなかった。
「それで次は、諫早ミノリを倒しに行ってくれるんでしょう」
苫前アイラのその言葉が、頭のなかを駆けまわる。
「なんでよ」
大切な人を二人も自らの手で葬らなければいけなくなった人生を、恨まないで居られるわけがない。あの日あの時、銀行に行かなければ、こんな事にはならなかった。そう思っても仕方がないと解っているけれど、何かに当たらなければやっていけない。
その感情が、いつの間にか諫早ミノリに向かっていた。
彼女は好きだ。
だけど彼女の事を考えるとイライラした。
落ち着かなかった。
苫前アイラのメールには、住所と名前が記されているだけだった。
そこに行けば、彼女の妹とやらに会えるのだろう。
「まったく、これじゃ連絡も取れないよ」
連絡先がなかったからアポは取れなかった。けれど、行けば何とかなると思った。
エストル駅で特急を降り、駅前の歩行者天国を進んで指定された住所に向かった。
携帯端末のマップに従ってたどり着いたのは、歩行者天国の真ん中あたりから脇道に入って、更に細い路地を進んだ先の古めかしい店だった。
ジャンクショップ
いまにも落ちてきそうな看板には、所々剥げたペンキでそう書かれていたけれど、店の名前らしいものはなかった。
「ここで間違いないみたいね」
壊れそうな引き戸を開いて中に入る。思った通り、扉の動きもぎこちない。
「へ~、すごい」
薄暗い店の中には、狭い通路の幅だけを残してスチール棚がびっしりと並んでいて、それぞれにコンピューターのパーツが整然と納められていた。
今は手のひらに収まる携帯端末が主流であり、コンピューターと呼ばれるような電子機器は業務用を除けばほとんど市場に出回っていない。そう言うの趣味にしている人がいるのは知っていたけれど、まったくもって興味はなかった。
でも、ここの棚に並んでいるのがコンピューターのパーツであることぐらいは判る。情報処理の授業で使う教科書に載っていた写真と同じ物があったからだ。
スチール棚で挟まれた狭い通路を奥へと進んで行くと、年代物のレジスターがあるカウンターに、白髪のおじいさんが座っていた。
彼は何やら作業をしているようで、現れた客にもまったく気づいていないようだ。
「すいません」
仕方なく声をかける。耳が遠いからだろう、それでも反応しなかった。
「すいません!」
もうすこし大きな声で呼んでみると、彼は視線だけをこっちに向けた。
「苫前ヤヨイさんはいらっしゃいますか」
声の大きさはそのままで用件を告げると、彼は一度顔をあげ、一瞥してから顎を店の奥へと傾けた。
「そっちですか」
店の奥を指さして確認すると、彼は小さく頷いた。
「ありがとう」
礼を言ってから、靴を脱ぎ、店の奥にある部屋に上がった。結局彼は、一言も話さなかった。
「おじゃまします」
そこは純和風の居間だった。ブラウン管テレビを筆頭に、千九百年代後半のような家具が並んでいる。この前テレビで特集をやっていたから、見覚えがあった。
「いらっしゃいです」
奥の扉から少女が顔を覗かせた。少し紫がかった長い黒髪と、人工物のような顔の造形が、苫前アイラにそっくりだった。彼女が苫前ヤヨイで間違いない。
「こんにちは」
苫前ヤヨイは半袖のワイシャツに、プリッツスカートという出で立ちだった。この国の公立中学の一般的な制服である。
「姉さんから話は聞いていますです。取り敢えず座って下さいです」
「あ、はい」
言われたとおり床のクッションに座った。確か座布団とか言うやつだ。
彼女はいったん奥に戻ると、今度はお茶を持って現れた。
「粗茶ですけど、よろしければです」
それは緑色の液体だった。
「これは」
「日本茶ですよ」
初めて飲んだ。
苦かった。
「それで、私は何をすればいいのです?」
ヤヨイは全て知っているはずなのに、わざとらしく聞いてきた。
「諫早ミノリを倒す手伝いをお願いします」
だから、改めてそう頼んだ。
あの力を持ってしても諫早ミノリは強敵である。苫前アイラに言われるまでもなく一人で戦って勝てる相手だとは思っていない。ただ、この少女に、苫前ヤヨイに、ミノリを抑えるだけの力があるのか。それだけが気がかりだった。
「心配なのですか?」
彼女にそれを見透かされた。その態度は苫前アイラにそっくりだった。
「ですよね。アイラ姉さんはとても強いですから。第五行政区では、二番目に強いんですよ」
「一番目は?」
聞くまでもない事だった。
「そんなの、わかりきってるのです」
柏崎サツキで間違いない。そして苫前アイラも、彼女に負けないほど強いのだろう。それは彼女の銀行での戦いを見ていればよく判る。
彼女の強さはでたらめだ。
「私はたぶん六番目くらいです」
彼女は悪びれる様子もなくそう言った。
簡単に六番目と言ったけれど、そのレベルに大して差など無いことは、彼女の笑い顔から推測出来た。
「だから心配しなくても大丈夫です」
自信たっぷりな苫前ヤヨイを見て、そんな心配はするだけ無駄な事だとわかった。
「むしろ、あなたのほうが大丈夫です?」
「だ、大丈夫よ。多分」
そんな不確かな返事しかできなかった。
諫早ミノリと対峙するにあたって重要なのは場所だった。一般人を巻き込まず、思う存分戦える広い場所が必要だ。
「場所なら用意してあるのです」
そんな心配も、その一言で消え去った。
「お茶を飲んだら行きましょう。相手にもすでに連絡済みなのです」
用意が周到すぎるのは気持ち悪い。
でも、彼女達にとって、それは簡単なことなのだろう。
苫前ヤヨイに導かれてたどり着いたのは、駅を挟んで大学と対角線上にある国立のサッカー場だった。サッカーは国内では人気のスポーツで、各行政区に男女別のプロチームが存在し、サッカーくじもそれなりに売れていた。たまたま試合も練習もなかったのか、無理やり開けさせたのかわからないけれど、サッカー場には人っ子一人居なかった。
関係者以外立ち入り禁止と書かれた入口を通りぬけ中に入る。
警備員は、にこりと挨拶しただけだった。
「あの、ヤヨイさん」
道すがら考えていた事があった。
「なんです?」
彼女は振り向かずに、三歩前を歩き続ける。
「最初は一人で戦わせてくれませんか」
無理なのは解っている、一人では彼女に勝てない。だけど戦ってみたかった。本気で彼女を倒したかった。それが彼女に対する愛だと思った。
「いかようにもです」
彼女はやはり振り向かなかった。
無言のまま廊下を抜け、フィールドへと進んでいく。
目の前に、広大なグランドが現れた。
ここなら広いし、周りに気を使うこともない。
理想的な場所だった。




