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女王の懐刀(2013)  作者: 瑞城弥生
肆 間諜
22/26

 水曜日。目覚まし時計の大きな音で目を覚ました。

 全く覚えていな無いのだけれど、いつの間に寝てしまっていたようだった。

 ナノマシンで作ったはずの制服はすでになくなっていて、汚れた制服は、脱ぎっぱなしで床に落ちている。

 体には何の違和感もなかった。

 一度死んで、体の半分が人ではない物に入れ替わっていた事も、

 生まれて初めて人を、しかも初恋の先輩を殺めてしまった事も、

 そのことを思い出しても、驚く事なく、ただ素直に受け入れていた。

 もう何も感じなかった。


「おはよう」


 予備の制服に着替えて食堂へ向かうと、すでに両親が朝食をとっていた。


「おはよう」


 父親はいつもどおり、朝のニュースをテレビで見ていた。ちょうど、スパイ容疑で処刑された島原リクトのニュースが流れている。


「島原リクトって、お前と同じの道場の先輩じゃなかったっけ」


 父親は、食後の珈琲を手元に寄せた。

 子供の頃、よく彼の話をしていたことを、父親は覚えているのだろう。


「さあ、そうだっけ」


 彼との思い出は、もう何一つ残っていない。

 いまさら思い出したくもなかった。


「そっか」


 釈然としない様子ではあったけれど、父親はそれ以上聞いては来なかった。


「ごちそうさま」


 あまり食欲がなかったから、朝食は半分以上残してしまった。


「大丈夫か」


 その事がさらに父親を不安にさせる。今までは、どんな事があっても朝食だけはしっかり取るようにしていたからだ。


「大丈夫だよ」


 無理に笑って食堂を後にした。

 

 いつもより早く家を出て、いつもより早く学校に着いた。

 登校している生徒はまだ少なかった。

 誰もいない教室にカバンを置いて、生徒玄関に戻ると、校門まで見渡せる位置で苫前アイラを待ち伏せた。

 彼女がまだ登校していないことは確認済みだ。


「おはよう!」


 クラスメイトが声を掛けてくれる。


「おはよう」


 返事をしながら彼女を待った。

 しばらくすると三人を従わせるように歩いてくる苫前アイラの姿が見えた。同じ制服姿という集団の中で、その存在はひときわ目立っていた。元からほかの生徒に比べて背は高く、それだけでも十分に存在感が異なった。

 苫前アイラとチーム杉並。

 それは毎朝の光景であり、彼女たちの進む先には自然と道ができて行く。

 まるでモーゼのようだった。

 彼女の姿を確認すると、彼女の前に駆け出して、彼女の前に立ちふさがった。

 苫前アイラの隣を歩いていた杉並ミカが、いつもどおり間に入る。


「何か用?」


 杉並ミカは明らかな殺気をぶつけて来た。

 彼女程度の力なら、たとえ戦っても負けはしない。それは彼女も分かっているはずなのに、立場上、虚勢を張らなければいけないのだろう。


「悪いけれど、あんたに用はないの」


 杉並相手に啖呵を切ると、他の二人が囲むように移動してきた。

 その闘気も尋常ではない。

 一人ひとりはそれほど強い訳ではないけれど、三人の連携はとても素晴らしく、勝てるかどうかわからなかった。

 それでも登校時の生徒玄関前では戦えない。それはお互いよく解っていた。


「杉並」


 だから、そう言われて彼女は素早く後ろに下がる。

 ほかの二人は少し距離を取りながらも警戒を崩さなかった。


「ごきげんよう」


 苫前アイラはわざとらしくそう言って、通り過ぎて行こうとした。


「ミッションはクリアしました」


 彼女にまず、そう報告をする。


「知っているわ」


 柏崎サツキから聞いたんだろう。


「どうして、教えてくれなかったんですか」

「それはあなたが一度死んでいたことかしら、体の半分がナノマシンに成ってしまったことかしら。それともあの男が、実はあなたを恨んでいたことかしら」


 すべて分かったような口を利く。そんな所がとてつもなく気に入らなかった。


「もちろん、全部です」


 選ぶ必要など無く、全てを知りたかった。いや、最後の一つはもうどうでもいい。


「だって、教えるメリットは無いでしょう。それにあなたは今も生きているし、以前より格段に強くなっているのよ。その事に何か問題でも?」


 そんな風に言われれば、言い返す事さえ出来なかった。

 まだ生きていることも、強くなった事も、結果としは悪くない。

 どっちにしろあの時、一度死んでいるのだから。


「でも、一体、何時?」

「銀行員の女の子が殺された時ですよ。あの時、別の弾があなたに当たったの。死んでいたのは本当に一瞬だから、たぶんあなたは気づかなかったのでしょうね」


 記憶は改ざんされていたのではなく、単純に飛んでいただけだった。


「それで次は、諫早ミノリを倒しに行ってくれるんでしょう」


 見透かしたような態度だった。

 それには返事をしないで、彼女の瞳をじっと見つめる。

 返事をしなくても、答えは解っているはずだ。


「まあいいでしょう」


 苫前アイラは、その態度を気にも止めず小さくため息を付いた。


「知っているとは思うけれど、私はこの町からは出られないのですよ」


 それは彼女のお城で聞いた。柏崎サツキがそう言っていた事も思い出した。


「その代わり、私の末妹を紹介しますから、その娘に手伝ってもらいなさい。あの娘を相手にして、あなた一人では、ちょっとばかり荷が重すぎると思うのよね」


 苫前アイラはそう言い残して歩き始めた。

 二人が彼女の後を追い、杉並ミカが一人だけその場に残った。


「あなたね、あんまり姫様の手を煩わせてるんじゃないわよ」


 ひと睨みしてから、彼女は苫前アイラの後を追った。

 杉並ミカが立ち去ってすぐに、携帯端末の着信音がなった。

 それは苫前アイラからのメールだった。

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