五
痛い。
ものすごく胸が痛かった。
左手で抑えると、左胸から生温かいものが流れ出ているのがわかった。
赤い液体が指の隙間から溢れで出てくる。
それなのに生きている。
心臓を鉛の弾が貫通したのに生きているのだ。
血液の流出が少なくなり、いよいよ終わりだろうと左手を胸から離すと、傷口が次第にふさがっていくのが見えた。
「どうして」
何が起こっているのか、理解できなかった。
「何故死なない」
島原リクトも動揺していた。
理解は出来なくても、この現象を受け入れることは可能だった。
「ふっ。そういうこともあるかもね」
こういう事に慣れて行くのだ……。自分でもわかる。
だけど――。
嫌われていた事も、殺されかけた事も、正常な精神を崩壊させるのに十分だった。
無意識に左手を開いて目の前にかざすと、頭のなかで強く念じた。
「ダーレ=フォルザ」
手の平の前に国章である紋章が姿を現し、
地面から無数の白い玉が飛びだして右手に集まった。
今回具現させたのは、いつのも武器ではなかった。
手の中で結合を繰り返した白い玉は、棒状の物体を形成し変化していく。
姿を表したのは日本刀だ。
刀の扱いは拳よりも得意ではないけれど、今回はあえて刀を選んだ。
それはプライドであり義理でもあった。
この男を拳なんかで倒したくはなかったから。
十年間の想いを無駄にしたくはなかったから。
「先輩。お別れです」
さすが島原リクトである。目の前に現れた、人間離れした力にはすぐに気づいた。逃げられない事も悟ったようで、覚悟を決めて拳銃を構え直す。
無駄だと解っているはずなのに。
頬に水滴が流れて落ちてきた。
悲しい気持ちは微塵も無いのに、涙が出てくる。
短く息を吸ってから、しばらく止めた。
フッと吐き出すとともに、先輩へ向かっていく。
飛んできた銃弾は止まって見えた。だからその全てを刀で弾き飛ばす。
先輩と最後に対戦したのは五年も前だ。その頃よりは強くなった。そしてこの力を得た今、先輩ごとき敵にすら成り得ない。
先輩は弾の切れた拳銃を投げ出して、逃げ出そうとして背中を向けた。
最後には、格闘家としての意地すらも残ってなかった。
それが無性に悲しかった。
「ごきげんよう」
苫前アイラの真似をして、刀を先輩の左胸に、後ろから突き刺した。
リクトの体から力が抜けるのを待ってから、刀を一気に引き抜いた。
左胸から飛び散った血液が振りかかる。
「こんちくしょう」
小さくそう呟いて、島原リクトは地面に倒れた。
そして完全に動かなくなった。
手から離れ落ちた刀は、面に落ちて粉々に砕け散り、地面と同化して消えていった。
「先輩」
右腕で涙を拭う。
かすかに鉄の臭がした。
それでも涙は止まらない。
次から次へと流れ落ちる。
流れ落ちる涙はそのままに、先輩の亡骸を眺めていた。
どんなに嫌われていようとも、
好きであった事は偽りのない事実なのだから。
「おつかれさま。任務完了ですね」
後ろから声をかけられて視線を移すと、柏崎サツキがそこにいた。
近くにいるなら自分でやればいいのに。
そう思ったけど口に出しはしなかった。
それよりも確認すべきことがある。
「何時から、不死身になっていたのです?」
拳銃で心臓を撃たれても生きているという不死身性を、一体いつの間に手に入れたのだろう。なんでも知っているこの人なら、その秘密も分かるはずだ。
「別に不死身ってわけじゃないのですよ。それはナノマシンによる超高速再生技術の応用でね、頭に
あるコアが吹っ飛ばない限り死にはしないし、体はすぐに修復するのよ」
そんな馬鹿な話があるものか。それじゃまるで吸血鬼だ。
「多分覚えてないでしょうけど、あなた、あの時一度死んだのよ」
死んだ?
誰が?
彼女の告白は、あまりも突然過ぎて、もはや理解の範疇を超えていた。
「いつ?」
「ほら、あの日銀行で」
それは、諫早マサミと対峙したあの時のことだろう。
だとすれば、記憶が書き換えられているということになる。
あの時死んだ覚えはない。
「あなたの体の半分はすでにナノマシンで出来ているのよ。そうやって蘇生したの」
つまりは諫早ミノリと同じなのだ。
すでに人間ではないと告げられても、その点で動揺はしなかった。
怒りも湧き上がってこなかった。
「そう、でしたか」
感情も込めること無く、ただそう答えただけだった。
何も考えることは出来なかった。
「案外と驚かないんですねぇ」
別に驚かなかったわけじゃない。
その意味を正しく受け止める事が出来なかったのだ。
「メゾ=ネムス」
「なんですかそれ」
「あなたと同じ境遇の娘は、この国には結構いるんですよ。そんな娘たちの事を、わたしたちはそう呼んでます」
そうだ、もう人間とは言えなかった。
そんな奇妙な名前の生物なのだ。
「苫前アイラも、ですか」
あのお姫様は、とても人間離れしていたから、そうじゃないかと勘ぐった。
「いいえ、彼女は違いますよ。彼女は特別ですから。まあ、詳しい経緯は、私ではなく彼女に聞きなさい。そのほうがいいと思うから」
否定はされたけれど、特別な何かだと言うのは確かだった。
「あとの処理はしておくから、あなたはもう帰りなさい。何なら車を――」
「いいえ、結構です」
これ以上、柏崎サツキに関わりたくなかった。
「でもその服じゃ、バスや電車に乗れないと思うけれど」
制服は、自分の血と、島原リクトの返り血でひどく汚れていた。このままでは不審者扱いされて、通報されてしまうだろう。
「服ならナノマシンで作れるからやってみなさい。要領は武器と同じよ」
言われるままに左手を開いてかざし、頭のなかで強く念じる。
「ダーレ=フォルザ」
手の平の前に国章である紋章が姿を現した。
地面から無数の白い玉が飛びだしてきて体を包む。
新しい制服が、古い制服に重なるように具現化した。
武器が作れるのだから、服装ぐらいは簡単だった。
「ハイこれ」
差し出されたタオルで、顔についた血液を拭きとった。
「ありがとうございます。あとは一人で帰ります」
「そう。じゃあ気をつけてね」
柏崎サツキと別れて、ひとりで国道へ向かった。本数は少ないけれど、近くに駅までの路線バスがあったはずだ。
そこから先はよく覚えていなかった。
特急に乗り換え、駅から家まで歩いて帰った。多分それに間違いはない。だけどそれは単なる帰巣本能であって、意識してやった事じゃない。
頭のなかは真っ白で、意識はどこか遠くに行ってしまっていた。




