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女王の懐刀(2013)  作者: 瑞城弥生
肆 間諜
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 痛い。

 ものすごく胸が痛かった。

 左手で抑えると、左胸から生温かいものが流れ出ているのがわかった。

 赤い液体が指の隙間から溢れで出てくる。

 それなのに生きている。

 心臓を鉛の弾が貫通したのに生きているのだ。

 血液の流出が少なくなり、いよいよ終わりだろうと左手を胸から離すと、傷口が次第にふさがっていくのが見えた。


「どうして」


 何が起こっているのか、理解できなかった。


「何故死なない」


 島原リクトも動揺していた。

 理解は出来なくても、この現象を受け入れることは可能だった。


「ふっ。そういうこともあるかもね」


 こういう事に慣れて行くのだ……。自分でもわかる。

 だけど――。

 嫌われていた事も、殺されかけた事も、正常な精神を崩壊させるのに十分だった。

 無意識に左手を開いて目の前にかざすと、頭のなかで強く念じた。


「ダーレ=フォルザ」 


 手の平の前に国章である紋章が姿を現し、

 地面から無数の白い玉が飛びだして右手に集まった。

 今回具現させたのは、いつのも武器ではなかった。

 手の中で結合を繰り返した白い玉は、棒状の物体を形成し変化していく。

 姿を表したのは日本刀だ。

 刀の扱いは拳よりも得意ではないけれど、今回はあえて刀を選んだ。

 それはプライドであり義理でもあった。

 この男を拳なんかで倒したくはなかったから。

 十年間の想いを無駄にしたくはなかったから。


「先輩。お別れです」


 さすが島原リクトである。目の前に現れた、人間離れした力にはすぐに気づいた。逃げられない事も悟ったようで、覚悟を決めて拳銃を構え直す。

 無駄だと解っているはずなのに。

 頬に水滴が流れて落ちてきた。

 悲しい気持ちは微塵も無いのに、涙が出てくる。

 短く息を吸ってから、しばらく止めた。

 フッと吐き出すとともに、先輩へ向かっていく。

 飛んできた銃弾は止まって見えた。だからその全てを刀で弾き飛ばす。

 先輩と最後に対戦したのは五年も前だ。その頃よりは強くなった。そしてこの力を得た今、先輩ごとき敵にすら成り得ない。

 先輩は弾の切れた拳銃を投げ出して、逃げ出そうとして背中を向けた。

 最後には、格闘家としての意地すらも残ってなかった。

 それが無性に悲しかった。


「ごきげんよう」


 苫前アイラの真似をして、刀を先輩の左胸に、後ろから突き刺した。

 リクトの体から力が抜けるのを待ってから、刀を一気に引き抜いた。

 左胸から飛び散った血液が振りかかる。


「こんちくしょう」


 小さくそう呟いて、島原リクトは地面に倒れた。

 そして完全に動かなくなった。

 手から離れ落ちた刀は、面に落ちて粉々に砕け散り、地面と同化して消えていった。


「先輩」


 右腕で涙を拭う。

 かすかに鉄の臭がした。

 それでも涙は止まらない。

 次から次へと流れ落ちる。

 流れ落ちる涙はそのままに、先輩の亡骸を眺めていた。

 どんなに嫌われていようとも、

 好きであった事は偽りのない事実なのだから。


「おつかれさま。任務完了ですね」


 後ろから声をかけられて視線を移すと、柏崎サツキがそこにいた。

 近くにいるなら自分でやればいいのに。

 そう思ったけど口に出しはしなかった。

 それよりも確認すべきことがある。


「何時から、不死身になっていたのです?」


 拳銃で心臓を撃たれても生きているという不死身性を、一体いつの間に手に入れたのだろう。なんでも知っているこの人なら、その秘密も分かるはずだ。


「別に不死身ってわけじゃないのですよ。それはナノマシンによる超高速再生技術の応用でね、頭に

あるコアが吹っ飛ばない限り死にはしないし、体はすぐに修復するのよ」


 そんな馬鹿な話があるものか。それじゃまるで吸血鬼だ。


「多分覚えてないでしょうけど、あなた、あの時一度死んだのよ」


 死んだ?

 誰が?

 彼女の告白は、あまりも突然過ぎて、もはや理解の範疇を超えていた。


「いつ?」

「ほら、あの日銀行で」


 それは、諫早マサミと対峙したあの時のことだろう。

 だとすれば、記憶が書き換えられているということになる。

 あの時死んだ覚えはない。


「あなたの体の半分はすでにナノマシンで出来ているのよ。そうやって蘇生したの」


 つまりは諫早ミノリと同じなのだ。

 すでに人間ではないと告げられても、その点で動揺はしなかった。

 怒りも湧き上がってこなかった。


「そう、でしたか」


 感情も込めること無く、ただそう答えただけだった。

 何も考えることは出来なかった。


「案外と驚かないんですねぇ」


 別に驚かなかったわけじゃない。

 その意味を正しく受け止める事が出来なかったのだ。


「メゾ=ネムス」

「なんですかそれ」

「あなたと同じ境遇の娘は、この国には結構いるんですよ。そんな娘たちの事を、わたしたちはそう呼んでます」


 そうだ、もう人間とは言えなかった。

 そんな奇妙な名前の生物なのだ。 


「苫前アイラも、ですか」


 あのお姫様は、とても人間離れしていたから、そうじゃないかと勘ぐった。


「いいえ、彼女は違いますよ。彼女は特別ですから。まあ、詳しい経緯は、私ではなく彼女に聞きなさい。そのほうがいいと思うから」


 否定はされたけれど、特別な何かだと言うのは確かだった。 


「あとの処理はしておくから、あなたはもう帰りなさい。何なら車を――」

「いいえ、結構です」


 これ以上、柏崎サツキに関わりたくなかった。


「でもその服じゃ、バスや電車に乗れないと思うけれど」


 制服は、自分の血と、島原リクトの返り血でひどく汚れていた。このままでは不審者扱いされて、通報されてしまうだろう。


「服ならナノマシンで作れるからやってみなさい。要領は武器と同じよ」


 言われるままに左手を開いてかざし、頭のなかで強く念じる。


「ダーレ=フォルザ」 


 手の平の前に国章である紋章が姿を現した。

 地面から無数の白い玉が飛びだしてきて体を包む。

 新しい制服が、古い制服に重なるように具現化した。

 武器が作れるのだから、服装ぐらいは簡単だった。


「ハイこれ」


 差し出されたタオルで、顔についた血液を拭きとった。


「ありがとうございます。あとは一人で帰ります」

「そう。じゃあ気をつけてね」 


 柏崎サツキと別れて、ひとりで国道へ向かった。本数は少ないけれど、近くに駅までの路線バスがあったはずだ。

 そこから先はよく覚えていなかった。

 特急に乗り換え、駅から家まで歩いて帰った。多分それに間違いはない。だけどそれは単なる帰巣本能であって、意識してやった事じゃない。

 頭のなかは真っ白で、意識はどこか遠くに行ってしまっていた。

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