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女王の懐刀(2013)  作者: 瑞城弥生
肆 間諜
20/26

 次の日は火曜日だった。だけど学校を休んで、一人でエストルへと向かった。学校へ行く振りをして家を出て、制服のまま特急へと乗り込んだ。平日の昼間から制服で出歩くのは、社会的な意味でリスクを伴うけれど、そんなことは問題ではない。

 これは陛下の勅命なのだ。

 何よりも優先すべきことなのだ。

 エストルの駅を降りても、すぐに大学には向かわなかった。島原リクトに会いに行くことは出来なかった。

 覚悟ができていなかった。

 覚悟がないまま、言われるままに来てしまった。

 目的から逃げるように馴染みのファーストフードの店に入り、中華風唐揚げカレーを注文した。お腹が空いていたわけではない。ただのやけ食いだ。

 平日で、昼にはまだ早い時間だから店はかなり空いていた。

 二階に上がり、この前と同じ窓際の席に一人で座った。

 カレーを食べながら考える。


「本当にできるのかな」


 先輩を――。

 いや物理的には可能だろう。もともとそれくらいの力はあったし、苫前アイラから授かったこの力があれば、人を殺すことは造作も無い。先輩程度が相手なら瞬殺だろう。

 だけど――。


「出来るはずないよ」


 相手が名前も知らない悪党なら、相手の事を考える必要は無いし、余裕で任務を達成できた。でも相手は島原リクトだ。


「いやだ」


 小さい頃から尊敬し、想いを寄せた相手なのだ。


「いやだよ」


 敵だと言われても、だから消せと言われても、そんな簡単には割り切れない。


「やっぱ無理だよ」


 選ぶ権利なんて無いのだと分かってはいる。

 殺らなければ消されるだけだ。


「でも……」  


 其の問題から逃げ出すように、窓の外へ視線を移した。 

 そしていつものように人の流れを目で追った。

 平日の午前中だから、休日に比べて人の通りは少なかったけれど、結構な人が目の前を通り過ぎていった。

 不意に一人の少女が立ち止まる。その姿には見覚えがあった。如月女学院の制服を着たお嬢様だ。


「うわぁ、会いたくない」


 そう思った瞬間、彼女は振り向き、こっちを見上げた。

 まるでここに居るのを知っているかのようだった。

 そして彼女は微笑んだ。

 とても冷たい笑顔で微笑んだ。

 彼女は向きを変え、店に向かって歩き始めた。

 もう手遅れだった。

 見つかった以上、今から隠れても無駄だと思った。

 注文を終えて二階の客席に彼女が現れるまで、余計な事は考えずに、ただ窓の外を眺めていた。通り過ぎる歩行者を眺めていた。


「またお会いしましたね」


 飲物を一つだけ持ったまま、その少女は隣に座った。

 彼女と視線を合わす気はなかったし、合わせたくもなかった

 だけど、店の外からすでに表情は読まれていたのだろう。


「私に用事があったんでしょう。そんな顔をしていたのだけれど」


 これといって用事なんかない。

 でも、如月女学院の生徒相手に、質問の答を返さないと言う無作法は、とても許されることではない。それこそ殺されたって文句は言えない。それは解っている。でも、彼女は其の事を気にしている風ではなかった。


「そういえば、自己紹介がまだだったわね。私の名前は柏崎サツキ、如月女学院高等部エストル分校の一年生よ。よろしくね」


 柏崎サツキとは、第五行政区の守護神と言われる剣豪の名前であり、代々柏崎家の最強の剣士が受け継ぐ事になっていた。この間会った後に調べておいたから間違いない。だけど年下だとは思わなかった。


「あなた、悩んでいるんでしょう。アイラも酷な事をするわよねぇ。あの娘は、退屈な日常に飽き飽きしてるだけだと思うのだけれど。そうね、島原リクトに関する命令は、確かに女王陛下から私にくだされた命令よ。でも、そんな雑魚ごときに私がわざわざ出ていく必要はないでしょう。そう思っていたら、何故かアイラが手を上げたのよね。彼女ってばあの町から出ることが出来ないのに、どうやってあの男を始末するつもりかと思ってたのだけれど、まさかあなたにやらせるなんてね。驚きを隠せないわ」


 とても驚いているようには見えなかった。

 誰が実行したとしても、結果が全ての世界なのだ。たとえ今回失敗しても、他の誰かが島原リクトを消しに行く。そういう風になっているのだ。

 そういう風に出来ているのだ。

 他の誰かに殺されるぐらいなら――。

 苫前アイラは気を回してくれたのだろうか。


「そうなんですか。だったら感謝しないといけませんね」


 都合よく考えればいいと思った。


「なるほど、そういう結論ですか。さすがアイラが認めただけありますね」


 柏崎サツキは大きく頷いた。

 どうせ本当の気持ちはわからないのだから。


「あの男は最近になって、魔女の手先として活動をし始めたのですけれど、実は帝国のスパイでもあるんですよね。まあ、彼が知りうる情報に価値はないので、その程度だけなら見逃すんですけれど――」


 彼女の意味するところはすぐに分かった。


「諫早ミノリですか」


 先輩がミノリと行動を共にしている事は、この国にとって都合が悪いのだろう。


「そうなんですよ。あの子が絡んで来たから、無視出来なくなったんですよね。だって魔女と契約せし乙女は、この国にでは面倒な存在なのですから」


 もともと無表情の柏崎サツキの顔からさらに表情が消えていった。

 ただそれだけで恐怖を感じた。


「さぁて、では参りましょうか」


 彼女は笑顔に戻って、紙製のカップを持ち上げると、それを一気に飲み干した。それから席を立ち上がり、店から出るために歩き出した。


「ちょっと待ってください」


 置いていかれないように、急いで食器を下げて彼女を追う。


「何処へいくんですか」


 店を出たところでやっと彼女に追いついた。


「取引現場ですよ。帝国のスパイのね」


 それが島原リクトのことだとすぐに分かった。 

 柏崎サツキは歩行者天国を抜けだすと、国道でタクシーを拾った。


「西波止場までおねがい」


 乗ってきた女子高生が如月女学院の制服を着ていたからだろう。運転手は驚いた素振りを見せつつも直ぐに車を発進させた。その制服は、この国では大人にも通用する。

 二十分ほど移動してタクシーは止まった。

 車中、柏崎サツキは無言のままで、運転手もやっぱり無言だった。

 だから何も話さなかったし、何も聞けなかった。


「ありがとう」


 彼女はきちんと礼を言って車を降りた。


 怪しい取引が行われる場所といえば、波止場や海岸沿いの倉庫、スラム街の飲み屋なんかが定番だろう。西波止場は、昔からのレンガ造りを中心とした大きな貯蔵倉庫が数多く立ち並ぶ場所だった。それはアニメやドラマでよく出てくる風景でもあった。

 けれど柏崎サツキは、西波止場の倉庫群とは反対側のビルへと向かった。三階建ての古めかしいビルだった。


「あっちじゃないんですか?」


 当然、波止場の方に行くものだと思っていた。


「取引現場はあっちですよ。でも、私たちにはこちらの方が都合がいいんです」


 ガラス張りの扉を開けて建物に入ると、柏崎サツキは、受付の老人を一瞥してから、そのままま階段を登り始めた。老人は、彼女の存在に気づかないフリをして、テレビを見続ける。

 二階は海産物加工会社で、三階はどうみても暴力団の事務所だった。

 彼女は更に上の階へと登っていく。

 屋上への出口には鍵がかかってた。今時珍しい機械式の鍵だった。

 彼女は、しばらく鍵のついた扉の取手を触っていたけれど、その手を目の前に持ってきて強く握った。再びその手を開いた時、手の中には鍵があった。

 それを使って屋上への扉を開ける。

 もはやそのぐらいの事では驚かなかった。

 彼女は何でも知っている程度に、なんでも出来るのだと思った。

 四方がフェンスで囲われている屋上に出ると、サツキは西波止場の倉庫前の通りがよく見える位置に向かった。


「あそこに黒服がいるでしょう」


 フェンス越しに西波止場を見下ろしながら、彼女が指を差す。

 その先には黒いスーツ姿の男が二人、サングラスを掛けて立っていた。


「あれはね、帝国の諜報員、つまりスパイよ」


 この国には、原子力をはるかに凌ぐ高いエネルギーを生み出す物質が、世界で唯一採掘さている。だからその利権を狙う国も企業も沢山いた。この国が独立してから一貫して狙って来ている国の一つが、遥か東の大陸で世界警察を豪語している帝国だった。


「どうしてあいつらを捕まえないんですか」


 スパイの存在が分かっているのだから、そいつらを捕まえるのは当然だと思った。


「あれはね、ガセ情報とか流すのに使っているから、必要悪なのよ」


 彼らはこの国のコマとして使われている気の毒な人たちなのだ。

 しばらく様子をうかがっていると、倉庫の影から男が現れ、その二人の諜報員に近づいていくと、言葉を交わした。

 割と背の高い男性だった。そして彼が何者かひと目で分かった

 島原リクトだ。

 それでもまだ、彼がスパイだとは信じられなかった。

 信じたくはなかった。


「どうやら、諫早ミノリは一緒では無いようですね。あなたは本当に運がいい」


 確かに、彼女がいたら簡単にこの任務は遂行できない。ミノリに勝てる自信もない。

 そう言う意味ではラッキーだけれど。

 でも、素直に喜べる気分じゃなかった。


「彼は帝国に情報を流しているのですから、本来なら死罪は免れないのですけれど、彼が流した情報

は取るに足りないものばかりか、むしろ偽情報も多かったので、見逃していました。だから、まだ間に合うと思うのですよ」

「間に合う?」


 其の言葉の意味を図りかねた。


「今すぐに魔女と手を切れば、彼を見逃してあげましょう。島原リクトの技術力は研究所の連中も高く買っているみたいですから」 


 柏崎サツキは試すかのように笑った。


「ですけど、説得が無理だった場合、あなたがやるべき事は理解していますよね」


 その質問には無言でうなづいた。頷くしか無かった。

 それ以外の言葉を柏崎サツキは求めていない。


「大丈夫、あなたなら出来るわ。だってあなたは――」


 その後の言葉を聞くことは出来なかった。仕事の時間がやって来たのだ。


「さあ、あなたの出番ですよ」


 スパイの二人が車で去り、島原リクトが一人残った。


「いってらしゃい」


 柏崎サツキに見送られ、ビルの階段を駆け下り外に出ると、歩き出した彼の前で立ち止まった。

 島原リクトもそれに気づいて足を止める。


「やあ、奇遇だねぇ」


 彼の表情がわずかに曇る。見られたくない所を見られたからだろう。


「今日は、なんの用なのかな」


 歓迎してくれているような口ぶりではなかったけれど、ここに来た理由は知りたいのだろう。自分の置かれた状況を、彼はよく理解している様だった。


「話があってきました」


 もう後には引けないと、覚悟を決めた。


「話って何かな」


 先輩は警戒して、右手をスーツの内ポケットに差し込んだ。


「先輩には、帝国にも仲の良いお友達が居るんですね」


 遠回しに聞く事しか出来なかった。直接聞けるほど強くはなかった。


「ああ、そりゃ居るさ。スージーとかキャッシーとか」


 彼はごまかすように微笑んだ。


「女の人ばかりですか」


 少しだけ軽蔑の眼差しを彼に返す。ヤキモチではないと思いたかった。


「そ、そんなことないけど」


 それを非難と受け取ったのか、先輩は慌てて訂正する。


「先輩はこの国のことが好きですか」


 ちょっとばかりかわいそうになって、切り口を変えてみた。


「ああ、まあな」


 先輩もすぐに気を取り直す。


「じゃあ、なんでスパイ行為なんて」


 そこで核心を投げつける。いや、本当はスパイの事ではなく、魔女の事を聞くべきなのだ。だけど、そのきっかけが掴めない。諫早ミノリの話題はできるだけ避けたかった。

 島原リクトは、その言葉を耳にした途端目をそらした。


「先輩の事、尊敬してたんですよ。頭が良くて、優しくて。だから好き――」


 その態度に腹が立って、無意識にそんなことを言い出した。

 だけどすぐに我に返り、恥ずかしくなって言葉を切る。


「うるさい」


 先輩は、目を逸らしたままで、そう叫んだ。


「うるさい」


 それからもう一度小さな声でつぶやいた。


「お前は眩しかった。最初はお前の強さに惚れもした。でもお前は強すぎた、だからその強さに嫉妬した、勝てないことが悔しくて、それ以上に妬ましかった。弱い俺を見下していると感じていた。だから俺は大学に進んだんだ。お前にだけは負けないために。そこで見つけたのさ、ナノマシンの可能性を。だから勉強した、死ぬ気で勉強した。そしてナノマシンでロボットが作れると確信したんだ。そして論文を提出した。だけど、教授はその論文を却下した。その理由を、教授は言ってくれなかった。その時は教授を恨みもしたけれど、それならば、一人で作り上げて、論文の正しさを実証すればいい。だけどそれにはお金が必要だ。この研究にはとてつもなくはお金が必要なんだよ」


 そこまで一気にまくし立てて、先輩は大きく深呼吸をした。


「だから、たまたま知り合ったあいつらに情報を売ることで、資金を集めることにしたんだ。ただそれだけだ」


 お金のために国を売っていた事よりも、先輩の想いの方がショックだった。

 嫉妬と妬み。


「でも先輩、あんなに楽しそうに研究室に連れて行ってくれたじゃないですか」


 吐き出したその想いが、偽りだと思いたかった。


「あの時は、あの人形を使ってお前を倒せると思っていたから、嬉しかったんだよ。こんな事なら、あの娘を連れてくればよかった」


 だけどその願いは叶わなかった。


「それは別にいいんですよ先輩。そんな事は。でも、どうして魔女の仲間になんか」


 だから、無理やり話題を変えた。本来の目的に切り替えた。

 そうしないと感情が抑えられなかった。


「同じ事だよ。その人が莫大な資金援助を申し出てくれたから仲間になった」


 そして、あの人形も与えてくれた。

 先輩はそう付け加えた。


「もし先輩が、これからも魔女の仲間を続けるつもりなら――」


 それだけで彼は理解し、大きくかぶりを振って話を遮る。


「できれば大好きな先輩には、普通に研究を続けてほしいと思ってます」


 研究成果は無かったとしても、技術力は認められているのだから。


「おまえ、俺のことを好きなのか」


 でも彼は、思いもかけず、直接的な言葉を口にした。


「はい。大好きです」


 だから素直にそう答えた。

 先輩がどう思っていたとしても、その想いは一つだった。


「そうか、でも、俺はお前が大っ嫌いだ」


 島原リクトはそう叫んだ。


「道場で一緒の時から、俺はお前が嫌いだった。お前の強さも、明るさも、そして可愛さも、すべてが憎たらしいと思っていた。本気で消えてほしいと思っていた。だからカラテもやめたんだよ」


 再び襲ってくる強い拒絶。 

 改めてその事実に打ちのめされる。

 いままでずっと思い続けていた初恋の相手に、

 最初から嫌われていたというその事実に。


「そう、だったんですか、先輩」


 失恋。

 いやそれよりも酷い結末だ。

 だけどそれだけでは終わらなかった。


「ああ、でももう終わる」


 先輩は内ポケットから拳銃を取り出した。


「さよならだ」


 そして引き金を引く。

 彼が放った弾丸は、左胸を貫いた。

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