三
次の月曜日の放課後は、部活をサボって生徒玄関前のベンチにいた。
諫早ミノリの件は、教室で話せる内容ではなかったから、学校から人が居なくなる放課後を狙って、苫前アイラを待ち伏せした。
学級委員長が出席すべき委員会は、通常の部活より早く終わるから都合が良い。
苫前アイラはいつもと同じように、人を寄せ付けない気品を振りまいて歩いてきた。杉並ミカがSPのごとくまとわりついている。他の二人は、別の部活だったから一緒では無かった。
「委員長」
ベンチから立ち上がって、苫前アイラの正面に立ち塞がる。
「あら、何か用ですか」
不機嫌な表情はしなかった。
それでも彼女に睨まれると、恐ろしさで逃げ出したくなる。
「話があります」
「話?」
「はい」
それでも頑張って彼女を見返す。
「ちょっとあんた」
杉並ミカが二人の間に入ってきた。
「杉並」
静かに、けれど絶対的な命令口調で、苫前アイラは杉並ミカを下がらせる。
その間も、苫前アイラは視線をはずしたりしなかった。
「でも――」
彼女にも立場があるのだろう、それでも一度は食い下がった。
「杉並」
苫前アイラはさっきより強い口調で彼女を押さえる。
「分かりました」
不満気に、杉並ミカは後ろに下がった。それでも、何かがあれば飛び出せるように準備はしていた。そんな必要なんて無いことを、彼女自身も知っているはずなのに。
「いいわ。あなたの話を聞きましょう。杉並は此処で待っていなさい」
「はい」
こんどは素直に引き下がる杉並をその場に置いたまま、苫前アイラは一番近い空き教室に入っていった。突き刺さる杉並ミカの視線を避けるように、彼女の後を追いかける。
教室の中には苫前アイラしか居なかった。
「で、どういった話でしたか」
教卓前の机に座って足を組んだ苫前アイラは、見とれるほどにカッコ良かった。
「諫早ミノリのことです」
彼女に聞くべきことは一つだけだ。
「ああ、あの娘ね」
興味は無いようだったれど、こんどは彼女の名前を覚えていた。
「どうして大学の、それも島原リクトの研究室なんかにいるんですか」
島原リクトの事を、彼女が知っているかどうかまで気が回らなかった。けれど、彼女はその名前にはその時まったく反応しなかった。
それでいいと思った。
「またあの娘に逢ったのね」
彼女は、その事自体を気にかけた様子はなかった。
「ええ、危うく殺されることでした」
苫前アイラは、他人の事なんでどうでもいいに違いない。
今の言葉さえ、興味なさげに聞き流した。
「そういえばあなた、彼のことが好きだったのよね」
突然話題が変わったせいで、一瞬、彼女が何を言っているのか解らなかった。
「ほら、島原リクトだっけ?」
さっきは全く気にしていなかったはずなのに、唐突に島原リクト名前が出てきた。
「な!」
はずかしさと怒りのために、顔が一気に熱くなる。
なんでそんなことを知っている。
その事は、上平カスミしか知らないはずだ。
思わずそう言いかけて、でもその言葉は飲み込んだ。
「あ、あなたは本当になんでも知っているんですね」
彼女に向かって吐いた言葉は、思いっきり嫌味のつもりで言ったのだけど、彼女はそれを気にもしなかった。
むしろそう聞かれることを楽しんでいるようだった。
「そうね、そうかもしれない」
その反応には腹が立つ。
「そんなことはどうでもいいんです。あの娘のことです」
興奮気味に話を戻した。島原リクトの話題から、すぐにでも離れたかった。
「簡単なことよ」
彼女は小さくため息を付いた。
「彼が、魔女の側に付いたって事でしょう」
当然の事のように。
アタリマエのことのように。
その事実さえ、どうでもいいことのように。
「え?」
「意外性のない答えで悪かったわね。それではお詫びとして、従刀となったばかりのあなたに、始めてのミッションを与えましょう」
そして彼女はゆっくりと目をそらし、外を見た。
その目ははるか遠くを見ているようだった。
「島原リクトを消しなさい」
予想できなかった事じゃない。
話の流れ的にそうなることは予想できた。
だけど……。
だけど好きな相手を殺せだなんて、なんて意地が悪いのだろう。
なんて残忍なんだろう。
「どうして、そんなことを……」
苫前アイラは、顔色一つ変えずに続けた。
「これは私の命令でもあるけれど、陛下の勅命でもあるのよね」
陛下とはつまり、この国の女王陛下の事である。
その命令は絶対だ。
彼女に逆らう事は、死ぬ事と同義語だ。
だから選択肢はない。
答えははじめから一つしか無いのだ。
「できるわよね」
その問には答えられない。
答えない。
答えないことが、答だった。
「じゃあね。良い報告を待っているわ」
机から飛び降りると、彼女は一人で教室を出て行った。




