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女王の懐刀(2013)  作者: 瑞城弥生
肆 間諜
19/26

 次の月曜日の放課後は、部活をサボって生徒玄関前のベンチにいた。

 諫早ミノリの件は、教室で話せる内容ではなかったから、学校から人が居なくなる放課後を狙って、苫前アイラを待ち伏せした。

 学級委員長が出席すべき委員会は、通常の部活より早く終わるから都合が良い。

 苫前アイラはいつもと同じように、人を寄せ付けない気品を振りまいて歩いてきた。杉並ミカがSPのごとくまとわりついている。他の二人は、別の部活だったから一緒では無かった。


「委員長」


 ベンチから立ち上がって、苫前アイラの正面に立ち塞がる。


「あら、何か用ですか」


 不機嫌な表情はしなかった。

 それでも彼女に睨まれると、恐ろしさで逃げ出したくなる。


「話があります」

「話?」

「はい」


 それでも頑張って彼女を見返す。


「ちょっとあんた」


 杉並ミカが二人の間に入ってきた。


「杉並」


 静かに、けれど絶対的な命令口調で、苫前アイラは杉並ミカを下がらせる。

 その間も、苫前アイラは視線をはずしたりしなかった。


「でも――」


 彼女にも立場があるのだろう、それでも一度は食い下がった。


「杉並」


 苫前アイラはさっきより強い口調で彼女を押さえる。


「分かりました」


 不満気に、杉並ミカは後ろに下がった。それでも、何かがあれば飛び出せるように準備はしていた。そんな必要なんて無いことを、彼女自身も知っているはずなのに。


「いいわ。あなたの話を聞きましょう。杉並は此処で待っていなさい」

「はい」


 こんどは素直に引き下がる杉並をその場に置いたまま、苫前アイラは一番近い空き教室に入っていった。突き刺さる杉並ミカの視線を避けるように、彼女の後を追いかける。

 教室の中には苫前アイラしか居なかった。


「で、どういった話でしたか」


 教卓前の机に座って足を組んだ苫前アイラは、見とれるほどにカッコ良かった。


「諫早ミノリのことです」


 彼女に聞くべきことは一つだけだ。


「ああ、あの娘ね」


 興味は無いようだったれど、こんどは彼女の名前を覚えていた。


「どうして大学の、それも島原リクトの研究室なんかにいるんですか」


 島原リクトの事を、彼女が知っているかどうかまで気が回らなかった。けれど、彼女はその名前にはその時まったく反応しなかった。

 それでいいと思った。 


「またあの娘に逢ったのね」


 彼女は、その事自体を気にかけた様子はなかった。


「ええ、危うく殺されることでした」


 苫前アイラは、他人の事なんでどうでもいいに違いない。

 今の言葉さえ、興味なさげに聞き流した。


「そういえばあなた、彼のことが好きだったのよね」


 突然話題が変わったせいで、一瞬、彼女が何を言っているのか解らなかった。


「ほら、島原リクトだっけ?」


 さっきは全く気にしていなかったはずなのに、唐突に島原リクト名前が出てきた。


「な!」


 はずかしさと怒りのために、顔が一気に熱くなる。

 なんでそんなことを知っている。

 その事は、上平カスミしか知らないはずだ。

 思わずそう言いかけて、でもその言葉は飲み込んだ。


「あ、あなたは本当になんでも知っているんですね」


 彼女に向かって吐いた言葉は、思いっきり嫌味のつもりで言ったのだけど、彼女はそれを気にもしなかった。

 むしろそう聞かれることを楽しんでいるようだった。


「そうね、そうかもしれない」


 その反応には腹が立つ。


「そんなことはどうでもいいんです。あの娘のことです」


 興奮気味に話を戻した。島原リクトの話題から、すぐにでも離れたかった。


「簡単なことよ」


 彼女は小さくため息を付いた。


「彼が、魔女のみかたに付いたって事でしょう」


 当然の事のように。

 アタリマエのことのように。

 その事実さえ、どうでもいいことのように。


「え?」

「意外性のない答えで悪かったわね。それではお詫びとして、従刀となったばかりのあなたに、始めてのミッションを与えましょう」


 そして彼女はゆっくりと目をそらし、外を見た。

 その目ははるか遠くを見ているようだった。


「島原リクトを消しなさい」


 予想できなかった事じゃない。

 話の流れ的にそうなることは予想できた。

 だけど……。

 だけど好きな相手を殺せだなんて、なんて意地が悪いのだろう。

 なんて残忍なんだろう。


「どうして、そんなことを……」


 苫前アイラは、顔色一つ変えずに続けた。


「これは私の命令でもあるけれど、陛下の勅命でもあるのよね」


 陛下とはつまり、この国の女王陛下の事である。

 その命令は絶対だ。

 彼女に逆らう事は、死ぬ事と同義語だ。

 だから選択肢はない。

 答えははじめから一つしか無いのだ。 


「できるわよね」


 その問には答えられない。

 答えない。

 答えないことが、答だった。


「じゃあね。良い報告を待っているわ」


 机から飛び降りると、彼女は一人で教室を出て行った。

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