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女王の懐刀(2013)  作者: 瑞城弥生
肆 間諜
18/26

 ケーキを食べ終わって喫茶店を後にすると、先輩に案内されて大学へと向かった。

 この国には大学は多くない。ここ第五行政区内には二つあるだけだった。

 その内の一つである国立大学は、近くにある国立研究所と連携して、最新鋭で高度な研究ができるため全国からの入学希望者が最も多かった。この大学に入学できるということは、相当の頭の持ち主であり、それがステータスでもあった。

 先輩がこの大学に進学したと聞いた時、尊敬の念を抱くと同時に絶望した。

 この大学へ進学するのは、学力的に無理だった。とはいえ、研究者にも、公務員にもなる気は無かったから、大学への進学は、もとから考えていなかったけれど。


「立派ですねぇ」


 ゲスト登録でセキュリティーゲートを通り抜けながら、カスミは深く溜息をついた。

 ゲートの内側には近代的な建物が立ち並び、其の真中をポプラ並木が貫いていた。


「国も大学には率先して予算を割り振るからね。結構贅沢に使えるんだよね」


 ポプラ並木の広い路地をしばらく進んだ左側に工学部の校舎があった。その建物の階段を使って三階に上がる。右に曲がった突き当たりが、先輩の所属する生体電子工学科の研究室だった。


「どうぞ、お嬢様がた」


 部屋の中には沢山のコンピューターが並んでいて、土曜日だというのに、学生たちが真剣にキーボードを叩いていた。見知らぬ女子高生が部屋に入っても、誰ひとり気にかける様子はなかった。彼らの姿は、まるでロボットの様だった。


「こっちだよ」


 先輩に導かれて更に奥の部屋に入ると、学校の教室ほどのスペースに、打ち合わせ用の机があり、コンピューターに接続された計測機器が壁いっぱいに並んでいた。


「君たちに見せたかったのはこれさ」


 先輩の指差す方向には、等身大の人形が飾ってあった。光が当たらないよう部屋の奥に置かれていたから顔は見えなかったけれど、着ている服は黒いワンピースだ。


「いいだろこれ。ついこの前、ある筋から手に入れたんだよね。これさ、半分はナノマシンで出来ているんだって」


 自分の手柄ではないはずなのに、先輩は自慢気だった。

 残りの半分は優しさで出来ているわけではない。半分は多分、人間だ。


「近くで見ると、これがまた素晴らしい出来でね」


 先輩は楽しそうに人形の手をとった。彼に続いてその人形に近づいて顔を見る。

 とても可愛らしく、そして髪は輝くほどに金色だった。


「ミノリ……ちゃん」


 思わずそう呟いた。それほどまでに彼女に似ていた。

 カスミもそれに気づいて警戒する。

 その人形は、ぴくりとも動かなかったけれど、目は大きく開いたままだった。

 とっても青い瞳だった。

 とても綺麗な色をしていた。


「素敵、ですね」


 その人形を見つめたまま、機械的にそう答える。その気持に偽りはなかった。

 彼女と目が合った時、彼女の口元がかすかに歪んだ。

 まるで笑ったみたいだった。


「だろう。いまお茶を入れてくるよ。あとそれ、壊すなよ」


 部屋を出ていった先輩の足音が遠のくのを確認してから、カスミはその人形に詰め寄った。


「どうしてあんたがここにいるのさ」


 さっき戦った相手を目の前にして、カスミも落ち着いてはいなかった。


「そんなの、先輩には関係ないですよ」


 諫早ミノリは、視線だけをカスミへと向けた。


「まあ、それでもあえて言うならば、この国を救うためでしょうかねぇ」


 それはあの時の、銀行での諫早マサミの言葉と同じだ。


「救う? この国を? どういうこと」

「独裁国家ってのは、人の生死さえも支配者の気分次第なんですよ。私の両親も、大好きなお姉さんも、みんなそいつらに殺された。私はそんな世界を認めない。だから女王あいつの手先である先輩方は、みんな私の敵なんです」


 彼女の目は冷たく、しかし怒りに燃えていた。姉が殺されたと言うだけではない憎しみが、体からにじみ出ているようだった。


「先輩二人を相手にしても、私は負けない自信があります。でも、今日はもうやめておきましょう。ここを荒らしたくはないんです」


 そして続けた。


「リクトの仕事場を荒らしたくはないんですよ」

「なっ」


 先輩のことを呼び捨てにしたミノリに対して、驚きと怒りの混ざった感情が沸き起こってきた。


「そう思うでしょう。あなたも」 


 ミノリはニヤリと微笑んでから目を閉じた。それと同時に、ドアが開き、島原リクトが戻ってきた。


「おまたせ! あ、そこに座って」


 打合せテーブルに誘導してから、彼はマグカップを順番に配った。カップの中身は、ティーバックで入れたような薄い紅茶だ。


「ところで先輩。先輩はこの人形を何に使うつもりなんですか」


 諫早ミノリに聞こえるような大きな声で、上平カスミは先輩を問い詰める。


「どうしたんだよ一体。そうだなぁ」


 先輩は顎に手を当てながらしばらく唸った。


「カラテの世界一でも目指そうか、とかね」


 冗談と分かるほどに軽い口調でそう言ってから、紅茶と一緒に持ってきたお菓子を開けた。片面にチョコがコーティングされたビスケットである。それは、昔から先輩が大好きなお菓子だった。


「これさ、すごいんだ。命令通り動くんだよ。そして強い。一回だけ手合わせしたんだけど、かなわなかったなぁ」


 リクトは中学時代こそ全国レベルで強かったけれど、高校に入ってから道場はやめてしまった。それでも、その辺のカラテ家よりはずっと強いと思う。その先輩が絶賛するのは珍しことだった。いや、たぶん初めてだ。

 それだけ、彼女は強いのだろう。

 知っているけど。

 痛いほどに実感してるけれど。


「もしかしたら、革命とか出来るかもな」


 さらに物騒なことを、島原リクトはサラリと言った。

 だけどその目は本気まじだった。


「何言ってるんですか」


 カスミが怒って立ち上がる。


「いや、冗談だよ」


 先輩は慌て否定したけれど、冗談には聞こえなかった。本気だった。そんなことは無いと信じたかったけれど、ミノリの言葉を聞いた後では、その言葉も信用できない。


「そうだ、これと戦ってみないかい」


 そしてさらに冗談を口にする。

 先輩からは死角で見えてなかったけれど、諫早ミノリは笑っていた。

 カスミは黙ったままだった。それがどういう意味なのか、すぐに分かった。


「ごめんなさい先輩。今日はほら、こんな格好だし、また今度にしておきます」


 本当は格好なんて関係なかった。それぐらいで、戦闘に支障なんて出るわけない。

 だけど、こんなところで諫早ミノリと戦うわけには行かなかった。それはあまりにもリスクが高すぎる。先輩に対しても、自分自身に対しても。


「そっか、残念だな」


 先輩は本当に残念そうな顔をした。本気で戦わせて見たかったのだろう。


「でもまあ、ゆっくりしていきなよ」


 そして目の前のお菓子を薦めてきた。


「いいえ先輩。今日はもう帰ります」


 諫早ミノリと同じ部屋は、とてつもなく居心地が悪かった。彼女のことは嫌いじゃないし、またあえて嬉しかったのも事実だけれど、今は一刻も早くこの場を去りたかった。

 カスミのほうがヤバそうだった。

 彼女は一所懸命に怒りを抑えこんでいた。

 これ以上この場所に居たら爆発してしまいそうだった。


「ごちそうさまでした」


 紅茶を飲み干してからカスミを促して立ち上がり、出口へと向かった。


「そっか、残念だな。またいつでも遊びに来てくれよ」

「はい、近いうちに」


 そう言ってから、ミノリを見た。表情は影で見えない。

 先輩の見送りを断って、足早に大学を後にした。

 その後ずっと、カスミは黙ったままだった。

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