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女王の懐刀(2013)  作者: 瑞城弥生
肆 間諜
17/26

 忘れ物の荷物を回収してから、駅へと向かって歩き出した。

 諫早ミノリは追いかけて来てはいない。


「あの娘……」


 カスミはしばらく無言だったけれど、赤信号で立ち停まった時にやっと口を開いた。


「ケンドウ部に居た後輩でしょう。何なのかなぁ、あの変な力」


 自分の力を事を棚に上げて、彼女は不満気にそう言った。


「彼女は『魔女と契約せし乙女』なんだよ」


 あの時、苫前アイラから聞いたその言葉を彼女に伝える。すでに従刀であるカスミになら、それを話したところで問題はないだろう。


「ああ、あれがそうなんだ。初めて見たよ」


 彼女も、魔法少女についての知識は持ち合わせていた。

 だからふたりとも、それ以上その話題を続けようとはしなかった。

 

 正面に視線を移すと、道路を挟んだ交差点の反対側に男が居た。ジーパンにネルシャツと言う出で立ちは、見るからに大学生だ。

 そして、よく知っている男だった。


「あれ、リクトさんじゃない?」


 島原リクトは、同じ道場に通っていた六つ上の先輩で、背は割と高く、万人受けするイケメンではないけれど結構人気があった。彼は今、エストルの大学に通っている。

 この国では、大学に通うのは研究職として大学や企業の研究所に進む技術者か、公務員となって国につくす物好きだけである。高校を卒業したら就職するのが一般的だ。

 小学校入学と同時に道場に入った時、中学生ですでに黒帯のリクトに憧れた。

 今思えばそれは、初恋だったに違いない。

 それから、彼が高校を卒業して町を去るまで六年間ずっと思い続けていた。

 その事はもちろん、カスミも知っているはずだ。


「島原先輩!」


 だからカスミは、大きく手を振りながら先輩を呼んだ。

 先輩もそれに気づいて手を上げた。


「さあいくよ!」


 信号が青になると同時に、カスミは駈け出す。


「ちょっと待ってよ」


 慌てて彼女を追いかけた。


「なんだよ、来るんなら連絡ぐらいくれればいいのに」


 清々しい笑顔で、先輩は迎えてくれた。

 ずっと会いたいと思っていたのに、顔を見た途端、恥ずかしくなってしまった。


「すいません。先輩。今日は女子会のつもりだったんですよ」


 カスミは照れながらそう答えた。

 エストルに遊びに行くと聞いた時、島原リクトの事を思い出さなかった訳ではない。いや寧ろそれを真っ先に考えた。だけど久しぶりにカスミと二人での買い物だから、彼女に悪い気がして言い出せなかった。

 彼女だって先輩のこと嫌いじゃないと知っていたのに。


「それにしても」


 先輩は困惑していた。


「随分と珍しい服を着ているじゃないか」


 実用重視の服ばかりで、今までおしゃれなんかした事がなかった。こんな姿を先輩に見せたのは初めてだった。


「ど、どうせ似合ってないですよ」


 とても恥ずかしかった。

 この場から消えてしまいたいと思った。


「いや、似合ってるよ。とっても可愛いと思う」


 まるで照れ隠しのように、先輩は人差し指で頬を掻いた。


「ところで、もう帰るのかい」


 そして素早く話題を変えた。


「あ、そう思っていたんですけどぉ」


 カスミが意味ありげな口調で返事をする。


「時間があるなら、お茶でもどうかな。ごちそうするよ」


 先輩はカスミの言い回しにすぐ気づいた。そういう所は先輩の魅力の一つだ。そしてその提案も、素晴らしい。


「いいですね、ごちそうさまです」


 カスミは一人で話を進める。

 何も言わずに立っているだけなのに、体がとっても暑く感じた。

 顔が火照ってしようがなかった。


 先輩に連れられてケーキが美味しいと評判の喫茶店に向かった。


「折角会えたのに、なにしてるのよ。少しは会話ぐらいしなさいよ」


 道すがらカスミが耳打ちをしてくる。


「いや、だって、でも……無理」


 カスミの言いたいことはよく分かる。でも、照れる気持ちのほうが強かった。


「ここだよ」


 家電量販店が入っているビルの二階にある其の店は、オレンジが基調の壁に、フルーツの絵がペイントされ、見るからに可愛らしい。ケーキが美味しいというのは分かる気がしたけれど、それ以上の何かを感じた。


「いらっしゃいませご主人様」


 店に入ると、可愛らしいメイドが出迎えてくれた。グレーのワンピースに小さな白いエプロンと白いカチューシャを身につけて、黒いニーソを履いていた。


「メイド喫茶ですよね、ここ」


 まさかの展開だった。


「なにこれ」


 カスミが、メイドの姿を見て顔をしかめた。基本的に、彼女はこう言うのには寛大だと思っていたけど、そうでもないのだと、今はじめて知った。


「地元の情報誌にのっていたから、味は間違いないと思うんだけれど。まさかメイド喫茶だとは思わ

なかったよ」


 そう言い訳しながら、先輩はメイド姿の店員をチラ見していた。


「どうする? 別の店にしようか」


 先輩が遠慮がちに提案した。


「べつに、美味しいのなら問題ないです」


 甘いものに目がないカスミは、別の客の為に運ばれてきたケーキを見て、とても興味を惹かれたようだった。けれどきっと、それを運んでいた執事姿のウエイターの方が気になっていたに違いない。


 結構混んでいたけれど、運良く窓際の席に案内された。手渡されたメニューには、ケーキセットを筆頭に色々な軽食がラインナップされている。食事には早い時間だったし、お腹も空いてなかったから、三人揃ってケーキセットを注文した。


「お好きなケーキをどうぞ」


 しばらくするとメイドがトレー一杯にケーキを載せて運んできた。

 先輩が心なしかニヤついた。

 そんな先輩の態度が気に入らなくても、ケーキの魅力にはかなわない。三十種類あるケーキの中から、一番好きなモンブランをチョイスした。季節はずれでも、これが一番好きだった。


「やっぱショートケーキを食べないとケーキの美味しさは測れないよ」


 先輩は研究者っぽく、小難しい解説を交えて注文する。


「なんだか、今日はチョコレートな気分ですね」


 いつもはパイ系を頼むカスミは、珍しくガトーショコラを頼んでいた。

 飲物は三人ともコーヒ―にした。メニューにはコーヒーとしか書いてなかったから、飲み物関係にはあまりこだわりのない店なのだろう。


「今日は洋服を買いに来たのかい。それと……」


 注文がすべて揃うと、先輩はカスミの紙袋をちら見した。カスミが持ち歩いていた大きな紙袋にはアニメショップの名前とカスミがお気に入りのキャラクターが大きく印刷されていた。先輩にはそれが何かわかったようで、それ以上は何も言わなかった。カスミは自分の趣味を周りに隠したりしなかったから、先輩も以前から知っていたのだろう。


「それはそうなんですけど、この娘が落ち込んでたんで、気分転換なのです」


 カスミが隣の席から、肘で脇腹をつついてきた。なんかしゃべれという合図なのはわかったけれど、どうにも言葉が浮かばない。


「そうなんだ、何かあったの?」


 だから先輩の問いにも、答えることが出来なかった。

 色々な事がありすぎた。

 苫前アイラに出会い、従刀となり、諫早ミノリに二度も殺されそうになり、そして親友のカスミにも秘密があった。

 そんなことを、先輩に話せるはずはない。

 何一つ話すことは出来なかった。


「仲良くしていた後輩が転校しゃちゃったんだよね」


 だから、ただの事実をカスミは述べた。それは間違っていないし、それも落ち込む原因の一つだった。

 彼女はたぶんすべての事情を知っている。

 だからこそ今日、誘ってくれたのだ。


「そっか」


 でもそれについて、先輩は何も出来ないし、何も言えなかった。ただ相槌を打つのが精一杯のようだった。そんなことは解っていた。だけど……。


「ところで先輩。今は何の研究しているんですか」


 それに気づいて、カスミは上手く話題を変えた。彼女の気使いは嬉しかった。


「大学かい。ナノマシンの研究だよ」


 先輩が何気なく口にしたその言葉にどきりとする。


『この国の半分は、ナノマシンで出来ている』


 そして苫前アイラの言葉を思い出した。今居るこの建物も、半分がナノマシンなのかもしれないと思うとぞっとした。


「どうかした」


 先輩の顔が目の前に迫って来たので、慌てて体を後ろに逸らした。

 心臓がドキドキして、息苦しい。


「いや、別に大丈夫です」


 道場に居たときは、少しは意識していながらも、まだ気軽に、気兼ねなく話が出来たのだけれど、離れた途端その思いは大きくなって、暫く振りに会ったら緊張で全く言葉がでてこなかった。さっきから会話に入って行けない。

 そのことが原因で、いらいらしていた。


「どうしたの、今日は大人しいね」

「そんなこと――」


 普段はやかましい部類で通っていたから、今日は自覚するほど別人だった。返事さえきちんと出来ていなかった。


「そうだ、君たちまだ時間はあるよね。僕の研究室に寄って行かないかい。いいもの見せてあげよう」


 彼は目を輝かせてそう言った。

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