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女王の懐刀(2013)  作者: 瑞城弥生
参 友情
16/26

「さっきの高校生はだれ。知り合い?」


 店を出てすぐカスミに尋ねた。守護神と呼ぶくらいだから、ただの高校生なんかであるはずはない。


「柏崎さんの事?」


 カスミは小さく首を傾げる。

 そしてその名前に思い当たる。

 柏崎家といえば、革命後に新たに貴族となった五家の一つで、この第五行政区を統治している一族の名前だった。そしてそのガーディアンといえば……。


「サークル仲間のお友達だよ。何回か会ったことあるから顔見知りなの」


 カスミは同人誌を作るために、サークルと呼ばれる腐女子の集団に所属して、学校の外でもそう言った活動をしてた。人付き合いは苦手なのに頑張っているから感心する。

 そのサークルに如月女学院の生徒も何人か参加しているそうだ。


「でもあの人――」


 その続きは言葉に出来なかった。いや言葉にしなくてもカスミには分かるはずだ。 


「そうなのよね。でもそんなの関係ないっしょ、ただのサークル仲間だからね」


 カスミは、身分の差などどうでもいいかのように軽く笑った。


「いや、関係ないとかはないでしょ」


 この国で五本の指に入るお嬢様を相手にそれはない。そして守護神と呼ばれる彼女たちは、この国の武闘家に取って、文字通り神のような存在だった。 

 上平家は旧体制の貴族であり、独立戦争の時に重要なポストに居たため、現体制ではとても肩身の狭い思いをしている。本人から直接そう言った話を聞いたことは無かったけれど、そういううわさは聞いていた。だから彼女は独立戦争後の新しい貴族を認めてはいなかったし、特別扱いする事もなかった。

 それはそれで問題なのだろうけれど、それで罰せられる事はなかった。


「それよりお腹空かない?」


 カスミは、食事の話題に切り替えて、柏崎サツキの話題を強引に打ち切った。

 だからそれ以上は聞けなかった。


「やっぱあそこだよね」


 カスミの提案にのっかって、少し遅目の昼食を食べるためにファーストフードの店に向かった。歩行者天国まで戻ってから駅側に移動する。黄色いド派手な看板が目印のその店は、中華風唐揚げバーガーが超人気で有名だった。


「中華風唐揚げバーガーセット。コーラで」


 カスミと同じ一番人気のメニューを注文して、二階の客席へと向かった。昼を過ぎているのに客席は満席だ。窓際のカウンターに二つだけ空席を見つけてそこに座った。

 カスミは席につくなり、さっき買ってきた本を紐解きはじめた。


「家に帰ってから見ればいいのに」


 呆れてそう言ったけれど、それはいつもの事で、言うだけ無駄だと解っていた。


「だって、我慢できない」


 よだれを垂らしながら同人誌に見入っているカスミはそのままにして、正面の窓に視線を移した。窓を通して見えるのは、沢山の人が行き交う歩行者天国だ。

 そうやって通行人を観察するのが好きだった。

 サラリーマン、学生、主婦。

 見た目だけでなんとなく職業が分かる。

 その中でも、自然と強そうな人を探してしまう。格闘家として、無意識に戦いを求めているのかも知れなかった。

 ハンバーガーを食べおわり、コーラも底を付きそうになった時、通行人の中に見たことのある姿を見つけた。

 身長は百五十二センチくらい。髪型はベリーショートで襟足だけ少し長い。

 そして見事な金髪の少女だった。


「ミノリちゃん」


 思わずそう呟いた。


「なに、どうかした?」 


 隣で本を読んでいたカスミが、その言葉に反応する。


「ごめんカスミ、ここで待ってて」


 持っていたコーラのカップを乱暴にトレーに置いてから、席を立って走りだした。階段を飛び降りて店を飛び出し、少女の居た場所へと向かう。

 だけどもうそこには居なかった。

 彼女のいた場所に立ち止まり、ぐるりとあたりを見回した。

 見つけた。

 金髪の少女がいた。

 彼女が細い路地に入っていくのが見えた。

 見失わないように、すぐに後を追いかけた。

 彼女が消えていった路地は狭く、人は誰もいなかった。そのまま奥に進んでいくと、少し開けた所に行き当たった。

 そこでやっと追い着いた。

 いや、彼女はそこで待っていた。


「ごきげんよう、先輩」


 以前と同じ明るい声で迎えてくれた。


「久し振りだね、ミノリちゃん」


 一週間しか経っていないのに、こうやって会話するのがとても懐かしかった。

 その時になって始めて、彼女に会って何をするつもりだったのか、何を聞くつもりだったのか、何一つ考えていなかった事に気づいた。

 今日は彼女の事を忘れようと思っていた。偶然彼女を見つけたから、反射的に後を追っただけだった。


「あの、さ」


 だから言葉が出てこない。


「もしかして今日はデートでしたか? 随分とおしゃれですよね、らしくないです」


 カスミにコーディネートされた服装を彼女は笑った。

 思わず見とれてしまう笑顔だった。


「違うよ」


 話の流れ上一応は否定して、それから彼女に問いかけた。 


「どうして、何も云わないで居なくなったりしたの」


 それが本当に聞きたかったことじゃない。

 でも、言葉に出来たのはそれだけだった。

 ただ、彼女に再会出来たことを、心の底ではとても喜んでいた。

 嬉しかった。


「いいえ先輩。わたしはちゃんと言いましたよ」


 彼女は楽しげだった。


「そうだっけ」


 だけど全く覚えていない。


「ええ、はっきりと言いました」


 そう言い終わると、彼女の笑顔が消えた。


「私は別に先輩を許したわけじゃないんです」


 そんな言葉は覚えていない。

 いや、そうじゃない。

 忘れていただけだ。

 無意識に記憶から抹消していた。 

 だから、その言葉は再び心に突き刺さる。


「ミノリちゃんのお姉さんを殺したのは、私じゃない」


 彼女すでにあの秘密を知っている。だったら、苫前アイラのことを話しても問題はないはずだ。それだけで殺されたりはしないはずだ。


「知ってますよ。本当の犯人が誰なのか。でも教えてくれなかった。先輩はあの女をかばって、真実を隠したんでしょう」


 あの女――苫前アイラは、ミノリにとって両親の仇であり、姉の仇だ。

 絶対に許せない相手に違いなかった。


「でも、それは」


 否定する事は出来なかった。苫前アイラの事を隠していたのは事実だから。でも――。

 ミノリはそんな言い訳じみた言葉を聞いてくれるはずもなかった。

 そして左手の人差指と中指を揃えて立てる。


「だから私は許さない」 


 その指先で額に触れる。


「マギーヤ・オトクリーティエン」


 それから彼女の姉と同じ呪文を唱えた。

 地面に黒い円状の模様が浮かんだ。

 魔法陣だ。

 諫早ミノリは黒い光りに包まれて、制服から黒いワンピースへと姿を変えた。それは彼女のお姉さんとそっくりだった。彼女の手の中では、彼女の本来の武器であるトンファも具現化している。


「また出会うことが出来たなら、私の手で殺してあげようと、そう心に決めていたんですよ。思ったより早く願いがかなって嬉しいです、先輩。本当に嬉しいです」


 彼女は狂気に染まっていた。

 誰が観てもそう思ったに違いない。

 でもやっぱり、戦いたくはない。もう彼女を傷つけたくはない。

 殺したいなら殺せばいい。

 彼女に殺されるなら、むしろ本望だ。


「はやく武器を出して下さい、先輩。本気で殺し合いましょうよ」


 彼女はとても楽しそうに笑った。

 単なる復讐心だけではない怒りが、彼女の身体から湧き出てくる。

 もちろん素手で勝てる相手じゃない。

 それよりも、戦わないで済ませたかった。


「もうやめようよ。ミノリちゃんとは戦いたくないんだ」


 戦う意志がない事を主張するため、両手を広げ無抵抗をアピールした。彼女が判ってくれる事を心の何処かで期待してた。。


「何ですかそれ。ダメですよ、先輩。そんなことをしたって、もうどうする事もできないんです。すでに手遅れなんですよ」


 一呼吸置いて彼女は続ける。


「私はもう人間じゃないんですから」 


 その言葉はさらに心に鋭く、深く突き刺さった。

 魔女と契約せし乙女について、詳しいことは聞いていない。彼女がどう言う存在になったのか、それも全くわからない。

 彼女がもう、色々と引き返せない状況なのはよくわかった。

 それなら彼女と同じように、人間をやめてあげよう。

 自己犠牲の自己満足かもしれないけれど、そんな方法しか思い浮かばなかった。

 だから彼女に殺される事を覚悟した。


「ごめんやっぱり戦えない」


 武器も持たず、構えも取らずに、殺気立つ諫早ミノリの前に立ちはだかった。


「そうですか」


 彼女はつまらなそうに目をそらした。


「だったら、死んでください、先輩」


 そう言ってから、片方のトンファを振り上げた。

 上平カスミを店に置いてきた事を思い出して少し悔やんだ。彼女にはきちんとお別れをしておきたかった。

 目を瞑らずに、ミノリの瞳を見続けた。

 最後に脳裏に焼き付けようと彼女から目を離す事はしなかった。

 彼女のトンファが振り下ろされたその瞬間、何かに引っ張られて体が宙に浮き、そのまま地面を転がった。


「なにやってるのかな。死ぬ気なのかな」


 白色でゴシック調のワンピース。肩に届くセミロングの黒い髪。

 いつの間にか現れた上平カスミに助けられた。

 彼女も一緒に転がっていた。


「ヨッコラしょい」


 立ち上がって土埃を払うと、カスミは諫早ミノリの前に立った。


「どいてよ。そいつ殺せない」


 ヤンデレの名台詞が、カスミの向こう側から聞こえてくる。


「やめなよカスミ、あなたには無理だって」


 道場のナンバーワンが本気で戦っても相手にならない諫早ミノリに、それほど強くもない上平カスミが勝てるわけがない。


「例え私が倒れても、あなたは私が守ってみせる」


 そんな時でも彼女はブレずに、アニメの主人公が言いそうな台詞を吐いた。

 だけど――。


「だから早く逃げて」


 カスミが叫ぶ。


「いや、カスミを置いていけるわけ――」


 彼女に負け無いほど大声を上げた。


「大丈夫。大丈夫だから」


 彼女は落ち着いてそう言うと、左手を開いて前方にかざし、呪文を唱えた。


「ダーレ=フォルザ」 


 手の平の前に国章である桜色の紋章が姿を現し、地面から無数の白い玉が飛びだしてきた。それは彼女の右手に集まって、次第に武器へと変化していく。

 現れたのは長い棒だった。

 上平カスミはその棒を、右手一つで振り回す、

 それは空中で三つに分かれたけれど、それぞれのパーツは鎖で繋がれていた。 

 彼女の武器はただの棒なんかではなく、三節棍だった。


「カスミそれ」


 いつの間に彼女はそんな武器を使えるようになっていたのだろう。アニメに影響されたのは間違いないだろうけれど、彼女はほぼ完璧にその難しい武器を使いこなしていた。

 トンファに比べればリーチが長い分だけ有利である。


「まあね、これでも練習したんだから」


 左手で棒の反対側を掴んで正面に構える。

 ゴシック調のワンピースには、全く似合わない武器だった。


「あなたも、私の敵なんですね、先輩」


 ミノリも自分の武器を構え直す。


「そういうことになるのかな。残念なことに」


 三節棍を使えるようになった事より、ナノマシンのによる武器生成能力を持っていたことの方が、本当なら驚くべき事だった。

 けれど、今はそれについて考えている場合ではない。二人が戦かっているこの状況を何とかしたかった。

 ふたりとも、大事な友人なのだから。


「だったら、先輩から先に殺してあげます」


 ミノリの左からの攻撃を、カスミは三節棍で絡めとり、左わき腹にケリを入れた。

 そしてすぐにまた距離を取る。離れてしまえばミノリの攻撃は当たらない。カスミはヒットアンドアウェイで攻撃を繰り返した。それは少しづつミノリの体にダメージを与えていく。

 相手の攻撃が鈍った隙を狙って、カスミはミノリから少し長めに距離を取ると、ポケットからボール状のものを取り出して、それを相手の足元に投げつけた。

 球は地面にぶつかり、破裂して煙を吐き出す。

 すぐに煙が充満して、当たり一面の視界を遮った。

 その瞬間を逃すこと無く、カスミはもと来た道を走りだした。


「ほらはやく、逃げるよ!」


 彼女に引きづられるようにその後を追った。はるか後方からミノリの咳き込む声が聞こえてくる。

 二人の争いが終了したことにホッとしながら、カスミに手を引かれて走り続けた。歩行者天国に戻ったところで、彼女は一度足を止めた。ミノリが追ってくる様子はない。


「なに、あの煙は――」

「煙玉だけど、何か?」


 カスミは息を整えてからそう答えた。


「なんでそんなもの」


 煙に気づいた住民が通報したのだろう。消防車のサイレンが聞こえてきた。

 諫早ミノリもすでに撤退しているに違いない。


「私ってば弱いからさ、逃げる手段だけはいつも用意しているんだよね」


 原始的ではあるけれど、とても有効な手段だとは思う。

 逃げるのをよしとしない格闘家もいたけれど、実際には命あっての物種だ。敵わない相手と出会ったら逃げるのが武道だと、とある正義の味方が語っていたのを思い出す。

 そして、普段からそんなことを考えている彼女に感心した。


「それにしてもいつの間に三節棍なんて」


 同じ道場に通っている彼女の、本来のスタイルはカラテのはずだ。


「大好きなアニメのキャラクターが使っていてさ、すごく憧れたんだよね」


 思った通りの理由だった。


「見よう見まねだけど、結構イケてるでしょ」


 もしかしたら、カスミは天才なんじゃないかと思った。扱いの難しい武器を、見よう見まねでマスターできる武道家などそうは居ない。


「いや、本当は、隣の区で教えてもらたんだけど」


 第五行政区には、三節棍を使う道場は存在しない。でも隣の第四行政区には確かにあった。武道家のコミュニティーを調べればそれぐらいはすぐに分かる。


「いやすごいよ」


 それでも素直に感心した。


「ところで、荷物は?」


 戦略的撤退が成功し、ひと安心したところで、荷物のことを思い出した。


「え? ああ、置いてきちゃった」


 カスミは荷物を店に置いたまま、すぐに追いかけくれたらしい。何よりも大切な「同人誌」を放り投げてまで助けに来てくれた事が嬉しかった。

 それが友情なのだろう。


「ありがとね」


 だから、素直にそう言って抱きついた。


「うん。てかさ、さっき本当に死ぬ気だったでしょ」


 カスミは押しのけるように体を離してから睨みつける。


「そういう事やめてよね。そんな事したら泣いちゃうんだから」


 カスミは本当に怒っていた。普段怒ることがないから忘れていたけれど、彼女が怒るとほんとうに怖いのだ。


「そういえばさ」


 彼女の怒りを鎮めるために話題を変える。


「カスミも従刀だったんだ」


 彼女はそれを聞いて驚きはしなかった。多分、色々と知っているのだろう。


「そうだね、そういう事になるのかな」


 そして当たり前のように話を続けた。


「でも私の紋章の色は桜色で、あなたのは青でしょう」

「色違い?」


 確かに彼女とは出現した国章の色が違った。


「だから、同じ従刀と言っても、わたしとあなたでは、仕える相手が違うのよ」


 行政区ごとにカラーが決められていた事を思い出した。それは小学校の社会の授業で習ったことだ。第五行政区は青色で、桜色は確か第四行政区の色だった。  


「とりあえず、そういうことで」


 彼女は強引にその話を撃ち切った。まだ聞きたいことがあったけど、今はそんな雰囲気でも、状態でもなかったので諦めた。彼女がそれを望んでいないと分かっていた。


「今日はもう帰りましょう」


 そしてまた、彼女は手を握ってきた。

 その手はとても温かかった。

 帰りしなに、店に寄ってみると、荷物は忘れ物として店員が保管していてくれた。


「良かったよ」


 カスミは心の底から喜んで、帰ってきた荷物を抱きかかえた。

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