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女王の懐刀(2013)  作者: 瑞城弥生
参 友情
14/26

 月曜日の昼休み、諫早ミノリが居るはずの一年二組の教室を尋ね、緊張しながら覗き込んだ。


「何か御用ですか、先輩」


 挙動不審な人物に見かねた学級委員長が、率先して異分子の相手をしてくれた。うちのクラスの無気力な委員長とは大違いだ。


「諫早ミノリさんは居るかな」


 胸に委員長バッジを着けた彼女は、一瞬怪訝な顔をした。


「諫早さんなら、土曜日に転校して行きましたよ。急だったんで挨拶もありませんでしたけど」


 それはもう解っている事だった。ミノリはすでにこの学校には居ないのだ。それを確認したいだけだった。


「そうなんだ、ありがとう」


 予想通りの答えに少しばかりがっかりしながら、それでも愛想よく笑って踵を返す。 


「あの、詳しいことは担任の赤川先生にでも聞いてみて下さい」


 遠慮がちに彼女はそう付け加えた。とても親切な委員長だった。


 1年生の教室を離れ、その足で職員室へと向かう。

 ちょうどお昼の会議が終わったばかりで、職員室には先生が全員、自席で午後の準備を始めていた。入口に貼ってある座席表で確認してから、赤川先生の席へと向かった。

 赤川先生は、高校生の娘が二人いる四〇代のおっさんであるにも係わらず、其の柔らかい物腰で生徒には人気だった。


「こんにちは。赤川先生」


 一年生の時、国語の担当教官だったから面識はあった。けれど、こうやって職員室まで訪ねるのは始めてだ。


「こりゃ、珍しい。また机でも壊したのか」


 今は特に接点もないから、顔を見るのも久しぶりだ。珍しいと言われるのは仕方の無い事だった。


「そんなことじゃありません」


 三つ子の次女じゃあるまいし、そんなに何度も机を壊したりはしていない。だけどそんな風に聞いてきたのは、たぶん先生が備品管理の担当だからだ。


「実は、先生のクラスの諫早ミノリさんの事なんですけど」


 それを聞いた先生の表情が、わずかに曇った。


「俺も詳しくは聞いてないんだよな。なんか突然の事だったみたいでさ、当番の先生も一方的にそう告げられただけだったんだと。本当に、わけがわからないよ」


 先生もやっぱり首を傾げるだけだった。


「そうですか。ありがとうございました」


 お礼を言って職員室を出る。

 転校という面倒くさい手続きを取っている以上、諫早ミノリが存在しているのは確かだと思う。命を狙っている相手が、取り敢えず目の前から消えたのだから、本来なら喜ぶべきことだった。

 だけど寂しかった。

 もう一緒に部活が出来なくなる。ただそれだけではなかった。

 それ以上の感情が湧き出てくる。

 諫早ミノリを好きだった。

 友だち以上に好きだった。 

 それは、彼女が居なくなったからこそ気づいた気持ちだ。

 たかが二ヶ月程度の付き合いなのに。


「そんなわけないって」


 その考えを無理やり否定する。

 だけど胸の苦しみは無くならなかった。


 授業に身が入らないまま午後の時間は過ぎて行った。

 本当を言うと部活に出る気分では無かった。以前と同じつまらない部活に戻ってしまう事も原因の一つではあったけれど、ミノリがもう来ないと言う事実が、部活へ向かう足取りを鈍らせていた。

 それでも、日頃の習慣のせいで、半ば無意識に道場へ向かった。


「元気だしなよ」 


 自動的に着替えを終えてケンドウ場へ入るとすぐ、部長が声をかけてきた。


「さっき聞いたんだけどさ、諫早さん、転校したんだって?」


 顧問の先生から聞いたのだろう。そういうところはしっかりしていて、とても好感のもてる先輩だった。


「まあ、私じゃ彼女と違って役不足だろうけどさ、少しは上達したと思うから、今日は相手になってよ」


 そう言って笑う部長の気遣いは嬉しかったし、とても素敵だった。

 だけど彼女は弱かった。


「ごめんねぇ。やっぱ敵わないやぁ」


 そうやって謝る彼女を攻める事なんて出来はしない。ある程度以上のレベルに達してしまえば、実力の拮抗した相手なんでそう都合よく現れない。苫前アイラは強すぎるし、杉並ミカでは役不足だ。

 そう言った意味でも、諫早ミノリの存在はとても大きかった。

 

 張り合いのない部活であっても、ミノリのことを忘れようと集中したおかげで、それなりに汗はかいた。だからいつもどおりシャワーを浴びてから制服に着替えて、玄関へと向かった。

 エントランスホールのベンチに少女が一人座っていた。


「ミノリちゃん?」


 その姿を見て動揺した。


「お疲れ様」


 その娘は振り向いて笑った。

 髪の毛は濃い紫色で、肩に届く程度のセミロングに紺色の髪留めをしてた。ミノリとは似ても似つかない姿なのに、そのとき彼女を見間違えた。そこまでミノリの事ばかりを考えていたのだと思い知る。

 馬鹿らしい。

 そう思った。

 ベンチに居たのは二年生の上平かみひらカスミだった。


「どうしたのカスミ。珍しいね」


 彼女はアニメーション研究部に所属している生粋のアニオタだ。アニメは好きな方だけれど、彼女は、ついていけなくなるほどはまっていた。


「今日は君に会いに来たのさ」


 カスミはベンチから立ち上がり、かっこ良くポーズを決めるとウインクをした。

 どこぞの乙女ゲームの決め台詞を真似したに違いない。


「それは一体、どの乙女ゲームの台詞かな?」

「てへへ」


 彼女は、小さく舌を出して笑った。

 上平カスミとは小学生の時からの友人であり、同じ道場に通う仲間でもあった。つまり幼なじみだ。彼女はそれほど強い方ではなかったけれど、面倒見がよく、教え方が旨いので、道場ではとても重宝されていた。

 性格は控えめで友達は多くない。けれど相性が良く、中学の時はふたりでよく出かけたりした。高校ではクラスも部活も違ったから、一緒に行動する機会は減ったけれど、それでも一番の友達だ。

 親友と言ってもいい。 


「あのさ、土曜日は暇かな?」

「土曜日?」


 週末はこれと言って予定がなかった。父親の仕事を手伝うことが無くなったのはい大きな理由だったけれど、あの事件以来、別に出かけたりしたいと思わなくなった。


「うん。思いっきり暇だよ」

「じゃあさ、街に行かない」


 彼女とは中学時代からよく街に二人で遊び行った。


「元気がないみたいだからさ、全部忘れて楽しもうよ」


 確かに、諫早ミノリが原因で、気分はかなり塞ぎこんでいた。

 彼女はそれに気づいてくれた。

 それは幼馴染だからであり、親友だからに違いない。


「そうだね。ありがとう」


 それがとても嬉しかった。


「じゃあ決まりっしょ。土曜日は朝早く出るからね。楽しみ!」


 確かに、諫早ミノリの事をいつまでも引き摺っている訳には行かなかった。いつかまた現れて、戦わなければならないとしても、今は、何が出来る訳でもない。

 彼女はもう、近くには居ないのだから。


「久しぶりに一緒に帰ろうか」


 そう言って彼女に手を差し出した。

 カスミはにこりと笑ってその手を握った。

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