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女王の懐刀(2013)  作者: 瑞城弥生
弐 復讐
12/26

 小学生の頃から通い続けている道場は、拳で戦う格闘技がメインだった。けれど、実戦では相手が武器を持っていることも多いから、その対策は講じていた。飛び道具だと難しいけれど、刃物程度で怯みはしない。

 だけどトンファは想定外だ。

 その武器自体は決してマイナーとは言えなかった。アニメでもそれを使うキャラクターは少なくない。カラテの一種だと聞いた事があるけれど、この町には指導者も、使い手さえも居なかった。国中探しても数人しか居ないはずだ。実際に見るのも初めてだった。

 そういった意味では、手の内を知られていないミノリの方が有利である。


「いいわ、だったら、かかってきなさい」


 もう戦うしか他に道はない。投げやりにそう叫んでから、構えをとった。

 トンファを握った今のミノリはとてつもなく強いと感じた。

 部活と違って竹刀がない分、慎重に攻撃の機会を伺う。

 持ち手を軸に棒の部分をくるくると回しながらタイミングをとって、ミノリは、一歩ずつ横に移動して行った。その動きに合わせて間合いを保ち続ける。

 彼女は右手を突き出すと同時に、トンファを回した。

 武器の分だけリーチが長い。

 横から迫ってくるトンファの先っぽを押さえるように掴んでから右足を振り切った。

 左手のトンファに止められたけれど、その足で、武器ごとミノリを蹴り飛ばす。

 右足の甲が痛みでしびれた。

 ミノリは、飛ばされはしたものの、側転をして体制を立て直した。そして素早く背後に回りこんだ。

 早かった。

 横っ腹に鉄の棒が二本ともめり込んだ。

 その棒を両手で掴んで引き寄せる。

 迫って来る彼女の頭に、渾身の頭突きをお見舞いした。

 頭の硬さには自信があった。

 町一番の石頭だ。

 頭に衝撃を受け、怯んだ相手の鳩尾に正拳を突き立てる。

 それと同時に両手のトンファが両肩を直撃した。

 もはや、ど突き合いでしか無かった。

 動けなくなったら負けである。

 いやそれは違う。

 ミノリは、本気で殺すつもりだ。

 彼女の殺気は本物だった。

 だから彼女にかなわない。


「ちょっと待って。落ち着いて話をしよう」


 だからもう一度、彼女を止めようと話しかけた。これ以上戦いたくはなかった。


「もうギブアップですか。でも、もう話す事はありませんよ」


 でもその提案は、一蹴された。

 生命活動を停止するまで、諦めるつもりは無いようだ。このままでは、運が良くても相打ちだろう。いや、明らかに劣勢だ。かと言って、おとなしく殺されてあげるわけにもいかなかった。

 せっかく拾った命だから。

 覚悟を決めて、彼女から少し長めに距離をとる。

 ミノリはトンファを回しながら、飛び込む機会を伺っていた。

 その隙を狙って左手を開き、目の前にかざしながら頭のなかで強く念じる。


「ダーレ=フォルザ」 


 手の平の前に国章である紋章が姿を現し、地面から無数の白い玉が飛びだして手の周りに集まった。

 それは次第に武器へと形を変えていく。


 ナックルダスター


 両手のそれを目の前で打ち鳴らす。

 その途端、ナックルダスターは光を放ち、大きな力が身体の中に湧いてきた。この前試しに出した時とは、そこが大きな違いだった。白い玉は、更に腕と足を囲うように集まリ始め甲冑を形成した。

 完全な武装で、彼女を睨んだ。


「コンフィダンテ?」


 ミノリはその名前を知っていた。


「残念。ちょっと違うんだ」


 だから見ただけで、例のあの人に消されることは無いだろう。


「やっぱり先輩が姉さんを殺したんですね」


 更に彼女の殺気が増した。

 そう思われても仕方なかった。

 でも、これで負ける気はしなかった。

 瞬間的に彼女の左側に移動すると、右手を思いっきり左顔面に打ち込んだ。

 速い。

 自分でも信じられないほど、体の動きが早かった。そして拳のぶつかる感覚はとてつもなく重かった。それから何度も彼女の体にその重い拳を打ち込んだ。

 ミノリはトンファを駆使し、精一杯の防御で耐えていたけれど、最後には防御しきれず拳を受けて飛んでいった。数回転がってから地面に倒れた。

 だけどまだ、気を失っては居なかった。

 フラフラになりながら、それでも彼女は立ち上がる。

 残っているのは執念だけだ。もう体力は残っていない。


「もう止めにしようよ」


 もう一度説得を試みたけれど、その言葉は彼女の耳には届いてはいなかった。

 ミノリは何度か膝を落としながら、それでも立ち上がって武器を構える。


「だめですよ、許さないんですからぁ」


 正気を失った彼女の瞳を見て、哀れになった。

 その時点で、もう戦う気など無くなった。

 ナックルバスターを手から外して、地面に落とした。それは床に落ちると氷のように粉々に砕け散って、地面と同化し消えていった。手足の甲冑も同時に砕けて消えた。


「わかったよ、もう分かったから」


 トンファを握りしめ、諦めずに向かって来る彼女の事が愛おしくなって、抱きしめようと近づいた。

 二、三発殴られても許してあげよう。そう思った。


「まだよ、まだなんだから」


 うわ言のようにそうつぶやきながら、彼女はトンファを振り回す。

 まだ目は死んでいなかった。

 でも、体は限界だった。

 ふらついて倒れこんでくる彼女を支えようと両手を掴む。

 その瞬間、グサリという音がして、ミノリが血を吐き出した。

 彼女の左の胸元から綺麗に輝く細いものが姿を現す。

 日本刀の先端だ。

 倒れこむように体重を預けて来た彼女の胸から刀が抜かれ、その小さな傷口から大量の赤い液体が流れ出す。それは身体を伝って、地面に落ちて広がった。


「ミノリちゃん」


 その光景に力が抜ける。

 ミノリは、支えを失って地面に崩れ落ちていった。

 地面に触れたきれいな金髪が赤い色に染まっていく。


「ミノリちゃん!」


 あわてて彼女を抱き起こし、その後ろにいる人物に視線を移した。

 メガネのレンズがキラリと光った。


「甘いわね。ほんと甘いわ」


 そこには長いシングルの三つ編みをなびかせた黒髪の少女がいた。

 彼女は右手に持っていた日本刀を一振りしてから放り投げる。

 それは、粉々に砕け散って消えていった。


「どうして」


 涙が溢れて視界がボヤける。でもその少女の顔ははっきりと認識できた。


「どうして」


 その後の言葉が続かない。声も震えているのがわかる。


「その力を使わなければあなたに勝ち目はありませんでした。それは正解です。けれど、この娘に情けをかけても、あなたに良いことは一つもないんですよ」


 言っていることは解らなくもない。


「でも――」


 それでも納得の行くはずがなかった。

 可愛い後輩が、ここで死ななければいけないと言う、その事実が許せなかった。

 そんな簡単に割り切ることは出来なかった。


「あなたのそう言う所、人間ぽくってすごくいいとは思うのですけど。現実はいつも非情なのです」


 苫前アイラは、抑揚のない声でそう言った。

 何も言えずにゆっくりと、ミノリの体を地面に寝かせた。

 彼女の表情からは、無念さしか感じられない。

 そのまま視線を動かさずに立ち上がり、今度は苫前アイラを睨みつけた。


「ダーレ=フォルザ」 


 左手を目の前でかざし紋章を表示させると、ナックル・バスターが形になる前に、苫前アイラに殴りかかっていった。


「あんたって人は」


 もちろんその拳が彼女に当たることはない。

 別に彼女は逃げまわってなんか居なかった。

 諫早マサミが打った銃弾が、ひとつも当たらなかった時と全く同じだ。

 せめて一発でも苫前アイラに当たりさえすれば、諫早ミノリの仇が打てる。

 そんな妄想に囚われながら、攻撃を続けた。

 ひたすら続けた。

 苫前アイラは無表情なままだった。

 造形が美しいだけに、とても怖い。そしてとても腹立たしかった。


「もういいわ」


 彼女がそう言った瞬間、体にすごい衝撃を受け、公園の樹木に背中から激突した。

 顔をあげると、目の前に苫前アイラが立っていた。

 諫早マサミの時と同じで、彼女の動きを捉える事は出来なかった。

 完璧に負けたのだ。


「主人に逆らうなんてすばらしい度胸ですね。でも、そういうの、嫌いじゃないです」


 そして笑った。

 楽しそうに笑った。

 それがかえって怖かった。

 彼女から目を逸らすと立ち上がり、ミノリの元へ駆け寄った。

 やっぱり彼女は動かない。

 目を開けたまま、横たわっていた。

 それでも彼女の顔は可愛くて、所々が赤く染まった彼女の髪も綺麗だった。

 彼女のまぶたをそっと閉じる。


「もう帰りなさい。後片付けはやっておくから」


 苫前アイラには逆らえない。それは圧倒的な力の差だけではなかった。

 彼女には、それだけの資格があった。


 備え付けの水道で、顔や手に着いた血液を洗い流し、鞄からジャージを取り出すと、公園の片隅でそれに着替え、血だらけの制服はそのまま鞄に押し込んだ。

 公園を出る前に、もう一度動かなくなったミノリのひたいにそっと触れた。

 もう悲しくは無かった。それがとても意外だった。

 その冷淡さに自笑した。

 手を合わせてから公園を後にする。

 とても気分が悪かった。

 銀行の時の様に、相手が悪人だとか犯罪者だとか、はっきり分かっているなら問題はないのだけれど、諫早ミノリはまだそこまでの事はしていない。

 お姉さん思いの高校生だ。

 笑顔が可愛いただの女子高生だ。

 彼女が死ぬべき理由はない。

 でも彼女がお姉さんの仇を打てば、その時点で苫前アイラに処分される。

 しかたのないことだ。

 ほんとに仕方がなかった。

 そう納得するしか無かった。


「ごめんね」


 何に対して謝ったのか解らなかった。

 だけど謝らずにはいられなかった。

 帰り道で涙が出てきた。

 声を出して泣き出した。

 家につくまで、泣き続けた。

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