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女王の懐刀(2013)  作者: 瑞城弥生
弐 復讐
11/26

 その時、正面の樹木から殺気を感じた。全部で四人だ。四人ともそれなりの戦闘力を持っている。

 ミノリもそれに気づいて立ち上がった。

 彼女の実践の経験はわからないけれど、素人ではないのは確かだった。とは言え、やはり先輩として、彼らの相手をすべきだろう。狙いが分からないから尚更だ。


「そんなところに隠れてないで出て来なさいよ」


 男達は、その言葉に導かれて姿を現す。


「こんばんわ、お嬢さん」

「あなた達、何者?」

「僕らは、通りすがりのサラリーマンさ」


 一番背が低くジーパンにネルシャツ姿の男が、簡単に自己紹介をした。


「その『サラリーマン』が私たちに一体何の用?」


 四人の中でスーツを着ているのは一番背の高い一人だけだ。他の三人は見るからにサラリーマンらしくなかった。


「仇討ちだよ、お嬢さん」


 次に口を開いたのは作業着の男だった。


「仇? 誰の」


 その時点でもう見当はついていた。

 だけどあえて聞き返す。


姉御ねえさんの仇だ!」


 今度はジャージ姿の見るからに短気そうな男がそう叫んだ。


「身に覚えはないんだけど」


 そう答えたけれど誰の事か分かっていた。多分銀行で死んだあの少女だ。高校生なのに姉御呼ばわりされているところを見ると、相当の実力者に違いない。

 あの事件は、警備会社が突入して解決した事になっている。一般人なら、本当の事を知っているはずはない。


「しらばっくれなくてもいい。ちゃんと調べは付いているんだ」


 だけど、こいつらは知っている。そういう組織の人間だと言うことは分かった。

 逃げ出すという選択肢もあった。けれど、それで相手が諦めるとは思えない。こういう奴らは何時までも、何処まででも追いかけてくると決まっている。だから、撃退するのがもっとも効果的だと経験上知っていた。全てを片付けた後で警備会社を呼べばいい。

 それが一番良いと思った。 

 そうしようと覚悟を決めた。


「よく分からないけれど、分かったわ。返り討ちにしてあげればいいんでしょう」


 やすい挑発をして身構える。


「ごめんねミノリちゃん。ちょっと離れていてくれるかな。すぐに終わるからさ」


 そしてミノリを安全な所に避難させようとした。


「先輩、私も――」


 だけど彼女は、自分も戦うつもりになっていた。


「いや、大丈夫。大丈夫だから。これ持って待っていてくれるかな」


 ミノリに鞄を預けて、強引に下がらせると、制服の袖を捲った。

 夜の風はまだ肌寒かった。

 

 相手は全員、鉄製のパイプを持っていた。単管と呼ばれるそれは、建築工事でよく用いられる機材の一種で、足場用資材として利用されることが多い。作業着の男が、建築現場から持ってきたに違いない。


「覚悟しいや」


 スーツの男が叫び声と共に飛びかかってきた、彼らは相手を甘く見ている様で、特に罠や、特別な作戦を思わせる動きはしなかった。

 それは少し都合が良かった。


「いいですよ、かかってきなさい」


 複数を相手にする場合は、戦闘力の低い相手から倒していくのがセオリーだ。4人のうち一番動きがにぶそうな太めのネルシャツ男に目標を定めて飛び出した。攻撃に移るのが予想外に速かったため、相手は不意をつかれて動揺し、一人目が倒されるまで他の三人は動けなかった。


「なにぃ!」


 飛び出した勢いを拳に乗せて、男の鳩尾に全体重を打ち込んだ。うずくまろうと頭を下げたところを見計らい、彼の懐に飛び込んで、顎にアッパーをお見舞いした。

 その勢いで、男は背中からひっくり返って気絶する。


「一人!」

「せいや!」


 背の高い男が後ろから振り下ろしてきた金属パイプを、振り向きざまに左手で掴み、地面に突き刺さったそれを支点にした回し蹴りで、その男をぶっ飛ばした。

 男は、公園の樹木に頭から激突して、その場に沈んだ。


「二人」

「ちっ」


 それを見た残りの二人は、少し距離をとって、手に持っていた単管を投げ捨てると、ポケットから大きめのサバイバルナイフを取り出した。単純な攻撃では勝てないと思い、殺傷力の高い武器に持ち替えたのだろう。

 けれど、それで彼らが有利になったわけではない。

 だから彼らは、攻撃する機会を得られずにいた。

 しばらく睨み合った。


「どうしたのかな」


 二人の男を交互に睨みけん制しながら間合いを詰めていく。

 作業着の男が、重圧に耐え切れずに飛び出した。

 男の動きに集中してナイフをかわす。三度目の攻撃の時に、彼の右腕を捕まえた。そのまま力いっぱい引っ張ると、バランスを崩した男の顔面に正拳を突き立てた。頭に衝撃を受けふらついたその男を、おもいっきり蹴り飛ばす。

 そいつは遠くへ飛んでいった。


「三人目」

「このやろう」


 後一人だ。

 唯一残った学生服の男へと視線を移す。


「ぐは」


 その瞬間、男は地面に崩れ落ちた。


「え?」


 男の後ろに現れた人影を警戒する。


「大丈夫ですか、先輩」


 それは諫早ミノリだった。

 彼女は、およそ四十五センチメートルの長さの鉄製の棒の片方の端近くに、握りになるよう垂直に短い棒の付いた武器――トンファーを両手に持っていた。


「ミノリちゃん」


 その言葉に答えるように彼女は笑った。

 いつもと同じ、とても可愛らしい笑顔だった。


「ありがとう」


 素直にお礼を言ってから、携帯端末を取り出して警備会社にメールを送った。すぐに彼らはやってくるだろう。これで終わりだ。

 携帯端末をしまいながら、ミノリの方へと近づいた。


「ミノリちゃん?」


 彼女は肩で息をし、両手をだらりと下げたまま、俯いて立っていた。

 初めての実践で、怖かったに違いない。

 彼女は武道を修めていた。それを隠していた理由はわからないけれど、相当腕が立つという事はすぐに分かった。本来の武器を構えた彼女には気迫があった。


「ミノリちゃん、大丈夫?」


 そのまま動かないミノリが心配になって、さらに彼女のそばに寄った。

 肩に触れようと手を伸ばしたその瞬間、目の前を彼女のトンファが通過した。

 急に膨れ上がった殺気を感じて、咄嗟に身を引いたから当たりはしなかったけど、その攻撃はとても鋭く、前髪が少しだけ切り落とされ、宙に舞った。


「チッ」

「ちょっと、どうしたの」


 慌てて彼女から距離をとった。

 ミノリはとてつもなく大きな殺気を纏っていた。それは、今までの彼女から感じたことのないほどだった。足元に倒れている男たちとは、まったく比べ物にならなかった。

 銀行で対峙したマサミにさえも引けを足らない闘気だった。


「どうして」


 彼女は殺意を抱いている。

 それは確かだ。

 でも、その理由が思いつかない。


「この公園に誘いだしたまでは良かったのだけれど……。やっぱりこいつら程度の戦闘力じゃあ、先輩を殺るなんて無理だったんですよねぇ」


 彼女は最初から、こいつらに襲わせようとしていたのだ。

 だけど彼らの不甲斐なさに、彼らの弱さに、我慢できなくなったのだろう。

 だから彼女は、自ら戦う事を選んだのだ。


「本当に強いです。流石ですねぇ、先輩。でも、本気の私が相手ならどうでしょう」


 彼女は、そう言ってから睨みを効かせ、持っていたトンファを構え直した。

 その戦闘力は、この町で最強と言われたカラテ家さえも凌駕している。


「ちょっと待ってよ。どうして……」


 できれば戦わないで済ませたかった。可愛い後輩と殺し合いなんかしたくない。

 男たちが仇と言っていた以上、彼らの仲間であるミノリにとっても、同じように仇なのだ。ミノリはあの強盗グループの仲間であり、男たちが姉御と読んでいたのはあの場で苫前アイラが始末した、マサミと呼ばれた魔法少女に違いない。


「私のお姉さんを殺したのはあなたなのですよね、先輩」


 直接手を下したのは苫前アイラだ。だけど彼女は、最初から居ない事になっていた。


「そっか、あの人はミノリちゃんのお姉さんだったんだ」

「そうですよ。私の実の姉、諫早マサミですよ」


 今思えば、あの少女はミノリに似ていた。金髪で、顔立ちもそっくりだった。

 だけど諫早マサミは人を殺した。

 この国では、殺人のような一級犯罪者は、女王の名において、裁判なしで処刑することが許されている。そしてその権利は、女王が認めた貴族にも与えられていた。

 現行犯であれば容赦は無い。

 そして苫前アイラにはその権利があり、正義があった。

 諫早マサミついては、仕方のない事なのだ。


『違う、ボクじゃない』


 そう否定したとして、信じてくれるのだろうか。

 諦めてくれるのだろうか。


『じゃあ、誰よ』


 帰ってくる答えは解っている。

 ミノリの美しい瞳は、復讐心に燃えていた。

  

 こんな殺気が出せるものかと思えるほど。

 こんな殺意が抱けるのかと思うほど。


 そしてその問いには、答えることが出来なかった。


「だから先輩。ここで私に、殺されて下さい」


 もう彼女を止められない。

 だから決心した。

 力ずくで彼女を抑えることを。

 不本意ではあるけれど、彼女を倒して自らの潔白を証明する。

 それしか考えられなかった。

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