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女王の懐刀(2013)  作者: 瑞城弥生
弐 復讐
10/26

 更衣室で制服に着替えてから生徒玄関へと向かった。シャワー室でも、更衣室でもミノリの姿を見なかったから、たぶん先に帰ったのだろう。帰る方向が違うから、彼女を待っている必要も、彼女が待っている理由もない。

 生徒玄関のエントランスホールには、待ち合わせによく使われるベンチがある。五年前の卒業生が記念品として寄贈した行ったおしゃれな木製のベンチだった。

 そこに一人の少女の姿があった。

 諫早ミノリだ。

 ベンチに座って携帯端末を弄っていた。

 声をかけようか迷った矢先、彼女が顔を上げ、すぐに気づいて手を振った。

 乾き切っていない金色の髪の毛が微かに揺れている。白い肌と青い瞳とのバランスがハマりすぎて、憎たらしいほどに可愛いかった。その可愛さが、さっきまでの不安を消し去った。あの言葉さえ、忘れてしまいそうだった。


「先輩。今日これから時間有ります?」


 ミノリは携帯端末を鞄にしまいながら立ち上がり、可愛い笑顔で駆け寄ってきた。

 今日は金曜日だから明日は学校も休みだし、家の手伝いも入っていない。先日の銀行での事件以来、父親は仕事を頼むのを遠慮している様だった。だから時間は沢山あった。

 それに彼女の誘いを断わる事は出来なかった。

 彼女の笑顔がそれを拒んだ。

 そしてもう一つ――。


『人を殺したこととかありますか?』


 その真意を聞き出したいと思った。

 その理由を知りたいと思った。


 学校は、町の中心にある国鉄の駅から東に一キロくらいの郊外にあり、諫早ミノリは電車を使って通っているから、毎日駅まで歩いていた。いつもは彼女と校門で別れるのだけれど、今日は彼女に合わせて駅へと向かう。

 彼女は背が低かった。百五十二センチくらいしか無いだろう。髪型はベリーショートだけど襟足だけを少し長く残していた。見とれるほど見事な金髪で、それがとても羨ましかった。並んで歩いているとドキドキするほど美しかった。

 彼女は格闘技についてかなりの知識があった。飲み込みが早いのも頷ける。部長の言う通り何か武道をやっていたに違いない。そう確信した。


「ミノリちゃんて、なんか格闘技の経験あるの?」


 だからそれとなく聞いてみた。


「そんなわけないじゃないですか」


 彼女は一瞬大きく目を開いて、抑揚のない声でそう答えると、持っていたカバンを反対側に持ち替えた。何かを隠しているのはすぐにわかったけれど、そのことについて今は問い詰める気になれなかった。

 それ以上に重要な、気にかかる事があったからだ。 

 

『人を殺したこととかありますか?』


 その言葉の意味を聞くタイミングを図りながら、打撃と斬撃のどっちが強いかなどという、乙女らしからぬ話題に花を咲かせて歩いていると、小さな公園に差し掛かった。

 駅の近くにあるとはいえ、日が落ちればほとんど人も寄り付かない、とても静かな公園だった。


「ちょっと寄って行きません?」


 ミノリは返事をまたずに、手を掴んで強引に公園へと入っていった。

 屋外灯の光る公園は、子供が鬼ごっこ出来る程度の広さだった。ベンチが二つあるだけで遊具はない。危険だからと言う理由で設置していないのは知っていたけれど、人気がないと思った以上に寂しかった。

 その代わりに大きな木が、公園の周囲を囲っている。その木が空間を分断して、公園全体に結界が張られているように感じた。

 ミノリは、一番近いベンチの前で手を離すと一人で座った。

 それから彼女は天を仰ぐ。

 彼女につられて空を見上げると、街の中だというのに信じられないほど沢山の星が輝いていた。


「この公園は星がとっても綺麗なんですよ。先輩にも教えてあげようと思って」


 たしかに綺麗だ。それに、こんな風に星を見上げるのも久しぶりだった。


「ほんとだ、綺麗」


 思わず声に出していた。

 今度は彼女の横顔に視線を移す。

 別に変わったところはない。いつもどおりの可愛さだ。

 それからもう一度星を見上げる。

 こと座のベガが東の空に光って見えた。


「あのね――」


 星を見たまま彼女に尋ねようと口を開いた。

 

『人を殺したこととかありますか?』


 その言葉の意味するところを。

 そう尋ねた理由を。

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