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女王の懐刀(2013)  作者: 瑞城弥生
零 懐刀
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プロローグ

2013年の作品です。最近お作品とは設定が若干異なりますのでご了承ください。

「邪魔をしないでくれるかなぁ」


 紺のリボンが付いた白いワイシャツとグレーの千鳥格子のスカートという、この町では普段見かける事のない制服を着た女子高生が、右手の自動拳銃オートマチックを目の前の相手に向けている。胸に届くほど長い彼女の綺麗な金髪は、可愛いゴムで一本に括られていて、ややつり目の顔立ちは、見とれてしまうほど格好が良い。


「邪魔なんてするつもりはありませんよ」


 そんな金髪少女と対峙しているのは、少し紫がかった黒髪の少女だった。ひとつに束ねられた三つ編は、二メートル近い身長にもかかわらず、標準より少し長めの濃紺のスカートの裾に届くほど伸びていて、襟と袖口に白いラインが三本入った明るい水色セーラーの襟元には、詰めた紺色のスカーフがたっぷりと垂らしてあった。その美しい顔には細い銀縁の眼鏡がとても良く似合っている。


「けれど、これ以上好き勝手されると困るんですよね。それだけです。それだけなんですよ、マサミさん」


 眼鏡の少女は、拳銃を向けられても怯まずに、涼しげな顔で相手を見ている。


「どうして私の名前を知っているのかなぁ」


 名前を呼ばれた事に動揺したのだろう、マサミと呼ばれた金髪少女は眉をしかめた。


「それはですね。私が『委員長』だからだと思うんですよ」


 市内唯一の公立高校で学級委員長をしている苫前アイラには、そんな冗談をいう余裕すらあった。


「なるほどねぇ。つまり、『わたしはなんでも知っている』と言いたいのかなぁ」


 金髪少女も、負けじとそう切り返す。そんな駆け引きには慣れている感じだった。


「つまりぃ、あんたがこれから死ぬと言う事も、知っているんですよねぇ」


 マサミはそう言い終わるとトリガに指をかけ、三発続けて発射した。二人の間は五メートル程度しか離れていない。この距離なら外すことはないだろう。


 けれどその銃弾は、一発も当たることなく、後ろの壁に突き刺さった。


「私が、どうなるんです?」


 マサミは苫前アイラの言葉を聞き流し、更に二発打ち込んだ。


「まさか、この距離で外したりしましませんよね」


 苫前アイラはクスリと笑う。


「あれぇ? おかしいなぁ」


 納得行かないと言いたげに首を傾げながら拳銃を確認し、それから記載台に向かって一発撃った。記載台の上の鉛筆立てがはじけ飛ぶ。


「別に壊れていたりはしないんだけどねぇ」


 彼女は再び苫前アイラに銃を向けた。

 何度も撃った。

 何発も撃った。

 カートリッジを取り替えて、補充する弾が無くなるまで打ち続けた。

 だけどやっぱり当たらなかった。

 最後に空打ちの音が数回聞こえ、彼女はやっと諦めた。


「もう終わりですか?」


 まるで何事も無かったかのように、苫前アイラは自分の爪の手入れしていた。


「何なのかなぁ」


 苛立ち気味に拳銃を睨みつけてから、マサミはそれを投げ捨てた。静かな店内に、拳銃の転がる音が響き渡る。


「仕方ないなぁ、本当は使いたく無かったんだけれどねぇ」


 マサミは投げ捨てた銃の代わりに、ウエストポーチから大きなコンバットナイフを取り出した。そのナイフこそが本来の彼女の武器なのだろう。ナイフを構えた彼女の戦闘力が大幅に向上した。

 けれど、それだけでは終わらなかった。


「それじゃ、始めようかなぁ」


 彼女は、人差し指と中指だけを揃えて立てた左手を、自分の額に軽く当てる。


「マギーヤ・オトクリーティエン」


 黒い大きな円状の模様が彼女の足元に現れた。それは月や星、見たことのない奇妙な文字が組み合わさって出来ていた。それと似たものをアニメの中で見たことがある。


「魔法陣!」


 思わず叫んだ。叫んでしまった。

 魔法陣から発せられた黒く輝く光に包まれて、マサミは制服姿から可愛いフリルの付いたミニのワンピース姿に変身した。長袖の白いワイシャツを身に纏い、黒いカーディガンを羽織っている。足には白いタイツ、胸には黒いリボンが付いていた。

 美しい金色の髪の毛がさっきより輝いて見えた。

 その服装はどう見ても戦闘向きには見えないけれど、マサミの戦闘力は変身前より上昇している。コンバットナイフも、刃が細くて長い剣へと姿を変えた。


「あら、あなた『魔女と契約せし乙女まほうしょうじょ』だったのですか」


 確かにその姿は、アニメに出てくる魔法少女にそっくりだった。


「そうなのさぁ。だから、覚悟してもらおうかなぁ」


 マサミはさっきより強気になった。変身したら強くなるのは魔法少女のお約束だ。


「すばらしいですよ、マサミさん」


 相手が魔法少女に変身しても、苫前アイラは驚かない。その代わりに、わざとらしく賛美した。


「ですけど、その歳でその衣装は、かなり痛いと思いません?」


 それから彼女は、相手の姿をあざ笑う。


「魔法少女が許されるのは中学生まで。ですよ、マサミさん」


 さらに追い打ちをかける苫前アイラは鬼だと思った。確かに高校生で魔法少女とか、見るのすら忍びない。けれど、そこまで言わなくてもいいと思った。


「どんまい」


 だからマサミに同情し、小さな声で応援した。


「ほっといてくれないかなぁ、好きでこんな格好をしてる訳じゃないんだからさぁ」


 マサミは顔を赤く染めながら剣を構える。その格好の痛々しさを、少しは自覚しているようだった。


「自覚はあるんですね」


 苫前アイラも、大げさに、わざとらしく驚いた。


「うるさいなぁ。余計なお世話だよぅ。プラーミャ」


 マサミが呪文を唱えると、彼女の剣先に火が灯った。


「あら、あなた火炎系なんですか。まあ、でも、相手が『魔女と契約せし乙女』だと言うのなら、私も少し本気を出さないと失礼ですよね」


 苫前アイラは左の手の平を相手に向けて突き出してから、それをゆっくりと自らの目の前に移動し、呪文を唱えた。


「ダーレ=フォルザ」


 手の平より一回り大きい円状の紋章が左手の正面に現れる。紫色の円の内側には複雑だけれど見覚えのある模様が描かれている。


「国章……だよね」


 中央に雪の結晶があり、円状に六種類の華――撫子、紫苑、水無月、楓、桜、露草のイラストが描かれている。小学校で必ず習う模様だった。普段意識して見ることはないけれど、それは街の至る所に存在するから無意識に覚えていた。


「へぇ。まさかこんな簡単に『女王の懐刀』と会えるとはねぇ。ところであんたさぁ、名前はなんていうのかなぁ」


 マサミは驚きの声を上げてはいたけれど、心なしか嬉しそうだった。


「私達の事をご存知でしたか。さすがは魔法少女ですね」


 苫前アイラは制服姿のまま変身はしなかった。それまでと何も違わなかった。戦闘力も全くと言っていいほど感じられないから、呪文を唱えた意味さえ解らなかった。

 でも多分、それは本質的な事ではないのだろう。


「私の名前は苫前アイラ。この街を統べるしがない学級委員長ですよ」 


 彼女はモデルのような立ち姿でそう言った。


『女王の懐刀』


 それは初めて耳にする単語だった。

 苫前アイラが、この国の独裁者である女王陛下と関係があることは、街の支配者として君臨している彼女の立場を考えれば当たり前の事である。だけどその呼び方は、何かそれ以上の特別な関係を示唆しているように思えた。


「ははは、そっかぁ、そうだったんだぁ。あんたに会えてほんとうに嬉しいなぁ。ずっと探していたんだよねぇ。あの日からずっと、あんたをさぁ」


 あいかわらずダルそうな口調だったけれど、彼女の内から湧き出てる怒りが、ひしひしと伝わってくる。彼女の戦闘力はその怒りとともに、さらに膨れ上がった。


「私はあんたを許さない」


 いままでの会話からは想像できない強い口調で、マサミは苫前アイラにその言葉を投げつけた。二人の間にいったい何があったのか、それだけでは想像さえつかないけれど、彼女たちがただならぬ関係だと言う事だけは理解できた。


「覚えてもらっていて光栄ですけれど、あなたに恨まれる覚えはありませんよ。あんな結果になったのは、すべてあなたのご両親が悪いんですから。でも、あなたがそういう結論に至った事を責めるつもりはありません。それは多分、人間である以上避けられない思いなのだと分かっているつもりです。だから私も、自動的に、ただ機械的に、振りかかる火の粉を払うだけです」


 苫前アイラは右手の甲を上にして自分の前に差し出した。

 手の平に白い液体状のものが浮かび上がり、ピンポン球くらいの大きさまで膨れ上がると、重さに耐え切れなくなって、ゆっくりと地面に向かって落下していく。

 それは地面に達すると形を崩し、まるで液体のように広がりながら、床と同化して消失した。


「そんな余裕を言ってられるの今のうちですよぉ」


 マサミは持っていた剣を目の前にかざした。


「我が身に宿りし業火の化身よ、我が眼の前の邪神を焼き尽くし賜え。ゴレッツ」


 呪文と共に、彼女の手の中にある剣先の火が燃え上がり、大きな炎の固まりとなって苫前アイラに襲いかかる。

 苫前アイラの足元のからは、白いビー玉ほどの大きさの球体が次々と飛び出して、お互いに結合を繰り返しながら大きな壁を形成していく。飛んできた炎はその壁にぶつかると霧散して消えた。壁もその後を追うように粉々に砕け散り、床の上に降り注ぐと、再び床に消えていった。


「やるねぇ。さすがだねぇ。そうでなければ張り合いが無いからねぇ。わたしの恨みはそんな簡単には、消えたりしないんだからねぁ」


 マサミはいつの間にか元のダルそうな口調に戻っていた。それでも剣を構え直し、次に攻撃する機会を伺っていた。


「ところでマサミさん。私はね、武器はやっぱり刀こそ最強だと思うんですよ」


 相変わらず落ち着いた状態のまま、苫前アイラは右の手の平を上に向けた。

 白い玉が右手に集まリ出し、苫前アイラの手の中で結合を繰り返す。今度は棒状の物体を形成し始め、最後には反りがある片刃の刀剣――日本刀へと変化した。

 苫前アイラは、具現化した日本刀の柄の部分を右手で掴み一度振った。それから左手を添えると、両手で刀を握って構え直す。

 その立ち姿はとても美しく、見ているだけで心を奪われた。


「さあ、戦争を始めましょうか」


 苫前アイラの体が光を発し、さっきまでは全く感じられなかった彼女の力が、容易に感じられるほど大きくなった。


 殺気も

 闘気も

 戦闘力も


 そして表情は、凍りつきそうに冷たく変わった。


「ほんと、冗談みたいな話しだよねぇ。だからあんたの事、嫌いなんだよなぁ」


 マサミも苫前アイラの強大な力を感じていた。

 彼女の力は段違いにすごかった。

 今まで出逢った誰とも比較になら無いほどに、

 さっき感じた魔法少女の力さえ忘れてしまうほどに、

 この世で最強ではないかと思うほどに、


「なんだかなぁ、笑っちゃうよぅ」


 だけど笑っていなかった。マサミの表情に、もはや余裕は見られなかった。

 けれどその強大な力を前にしても、そこから逃げるつもりは無いようだ。

 いや、逃げることなど不可能だった。


「諦めてくださいな。あなたには無理ですよ」


 苫前アイラは、刀を構えたままマサミに降参を促した。


「それでも私は、あんたを倒す」


 マサミはその提案を切り捨て、苫前アイラに向かっていく。


「そうですか。では、受けて立ちましょう」


 自ら仕掛けることはなく、マサミの攻撃を受け流しながら、苫前アイラは部屋の中を飛び回った。マサミはそれを追うように食らいつく。炎をまき散らしながら剣を振り回しているマサミの方が優勢に見えたけれど、必死に攻撃を繰り返すマサミに対して、苫前アイラは余裕だった。

 とても楽しそうに笑っていた。


「久しぶりに楽しめました。でも、そろそろ終わりにしましょうか」


 火炎系の魔法を駆使しながら戦っていたマサミは、初めて攻撃を繰り出した苫前アイラに弾き飛ばされ、地面に体を打ち付けると、跳ね上がってから転がった。その場で這いつくばり、苦しそうにもがいている。

 苫前アイラが近づく頃には、マサミは少しだけ落ち着きを取り戻していた。


「さすがに、かなわないなぁ。でも、諦めるわけないは行かないんだよねぇ」


 もう勝負は決まっていた。マサミに勝ち目などなかった。

 それでも彼女は、僅かに残った力を振るって立ち上がり、剣を構える。


「その執念は尊敬に値します。ですが……」


 苫前アイラの日本刀が、マサミの額に突き刺さる。 


「ごきげんよう」


 刀を引き抜くと同時に大量の赤い液体が吹き出して、マサミはその場に倒れこんだ。

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