異世界いーはとーぶ 〜あなたは、牛乳の入ったコーヒーが好きだった〜
これは「なろうラジオ大賞2」応募用作品です。
時は昭和56年。かの文豪が理想郷と愛してやまなかった土地に、雪は、平年通りの積雪を見せる。
……午前四時。とある平屋建ての庭先で、小柄ながらもがたいの良いひとりの中年夫が、降り続ける雪の中、頬を赤くしながら雪かきをしていた。
中年夫は、ひとしきり庭の雪かきを終えると、頭や上着に積もった雪を払い、物置小屋に鉄製スコップをしまいに行く。
物置小屋から出てきた中年夫は、近くの玄関から家に入ると、台所で朝食の準備をしていた中年妻が出迎えてくれる。
「雪かき、ご苦労様……」
「……ん……」
玄関先で上着を脱がせてくれる中年妻。その場で、細かい雪をほろってくれる。その内に中年夫は靴を脱ぎ、家の中に上がる。
「朝御飯、出来てるわよ……」
「……ん……」
居間に移動した中年夫は、壁にかけてある時計を確認する。
「五時、少し回ってるな……」
そう、ぼそりと呟いた中年夫は、中年妻に申し訳なさそうにこう告げた。
「すまん、朝御飯はいらないよ」
「ええ!? またですか!?」
何時もの中年夫の言葉に、驚きながらも、半ば諦める様に溜め息をつく中年妻。中年夫は、そんな中年妻に目もくれず、再び庭に出て車のエンジンをかけに行く。
家の中で、エンジンのかかる音と、排気ガスの匂いを感じる中年妻。居間に戻って来た中年夫は、そそくさと冬服を脱ぎ、二分もかからず作業着に着替え終える。
そこに……両手に、コーヒーの入ったコーヒーカップを持った中年妻が、優しく声をかけてきた。
「ねぇ……あなた……」
「なんだ、急いでるんだが」
「少し落ち着いて。そんなに急いだって、車のエンジンはまだ、暖まって無いわよ?」
「む……」
中年妻の言葉に、少し顔をしかめる中年夫。
「だから、ね……? あなたもコーヒーでも飲んで、身体を暖めていったら?」
「むむ……」
顔をしかめながらも素直にテーブルに座る中年夫。妻も並ぶ様にテーブルに座ると、予めテーブルに用意しておいた牛乳を手に取り、中年夫のコーヒーに少量だけ注ぐ。
「あなた、コーヒーに入れるミルク、牛乳じゃないと駄目だったわね」
「……そんな事はない……」
「ふふ……嘘ばっかり……」
中年夫婦に訪れた、僅かばかりの憩の時間……
「ねぇ……あなた……」
「なんだ?」
「いつも……ありがとう……」
「ば……ばか! 当たり前だ!!」
顔を真っ赤にした中年夫は、一気にコーヒーを飲み干ほすと、急いで庭に出て行き、何時もより強くエンジンを吹かして仕事に出て行った。
……おしまい。