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その男、月光  作者: 荒巻 如才
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第一章 月光の「たわごと」

         

           『その男、月光』



   登場人物一覧


寺野(てらの) (はな)  本編の語り手。この春配属されたばかりの新米女性刑事


日野(ひの) ひかり 華の先輩の女性刑事。華の尊敬する先輩であり、その冷静沈着な仕事ぶりは多くの同僚から信頼を得ている。


千光士(せんこうじ) 月光(げっこう) 華の先輩である男性刑事。奇天烈(きてれつ)帽子男(ぼうしおとこ)などと呼ばれたりもする。変わり者の伊達男。



柴崎(しばさき) 龍蔵(りゅうぞう) 会社経営者。今回の事件では、彼のコレクションの腕時計が盗まれた。昔気質で礼儀にうるさい。地元の名士であり、プライドも高く、やや傲慢な人物。


柴崎(しばさき) 龍一(りゅういち) 柴崎社長の長男。父親に似て尊大なところがあるが、陽気な一面もあり、よくしゃべる。


柴崎(しばさき) 龍二(りゅうじ) 柴崎社長の次男。やんちゃ者で過去に揉め事を起こし、龍蔵氏の怒りを買う。更生のため、現在は海外で暮らしている。


青松(あおまつ) (ゆう)(すけ) 柴崎社長の秘書。柴崎家に住み込みで働いている。両親を早くに亡くしている苦労人。大人しい性格だが、気心の知れた人とは、屈託なく話す。


(ひな)() 雄一(ゆういち) 柴崎家の居候。柴崎社長の亡くなった妻の甥にあたる。フィギュア原型師という一風変わった職業に就いている。手先が器用で雑用をよく任される。気が小さく人見知りをする。


宮園(みやぞの)医師 柴崎社長のかかりつけの内科医。事件で大けがを負った柴崎社長を心配して、付き添いに来た。







第一章 月光の「たわごと」


警察官、特に刑事といえば、小学生の将来就きたい職業の中でも上位の人気を誇る職業だ。どちらかというと、男の子が憧れる職業だけれど、女の子だって刑事になりたいと思っている子供は少なくない。かく言う私、寺野(てらの) (はな)もその一人だった。小学生の頃、テレビのドラマに出てくる女性刑事の格好良さに憧れ、自分も将来は女性刑事になりたいと思っていた。父や母からは危険な仕事だからと、随分と反対されたけど、それでも私の決心は揺るがなかった。


そしてこの春、私は念願の女性刑事となることができた。ちなみに、刑事というのは役職の名前ではなく、部署の名前だ。巡査や巡査部長のように、「刑事」という役職があるのではなく、「刑事課」に所属する警察官の事を刑事と呼ぶのだ。だから(ひら)の巡査であっても刑事課に所属すれば立派な刑事となる。かく言う私も、平の巡査のまま刑事になった新米刑事だ。大卒二年目での刑事課配属はかなり早い方だが、私の実力というよりも、運によるところが大きかったと思う。


それと、刑事ドラマをよく見る人はよく聞いたことがあると思うけれど、刑事課には一課、二課、三課……、という風に複数の課が存在することが多い。一課が殺人事件を扱う課であり、二課は詐欺などの知能犯による事件を扱う、といった具合にわかれていることが一般的だ。しかし、実はそれは大規模な警察署の話だ。小さな警察署では一課と二課と二つだけしか存在しなかったり、「刑事生活安全課」と名付けられ、一つだけしか存在しなかったりすることもある。私の勤めている警察署も「刑事生活安全課」の一つしかない。事件の件数は少ないが、様々な問題を扱わなければならないのでとても大変だ。しかし、だからこそやりがいがあるともいえる。


そんなわけで、新人の私は今日も今日とて、犯罪事件の対応に大わらわだった。



「うぁー」


その時、隣にいた女性が不意に、ため息とも唸り声とも取れる声を発した。


「どうしたんですか? ひかり先輩」


私は、声の主である日野(ひの)ひかり先輩に尋ねた。ひかり先輩は私より二歳年上の刑事課の先輩だ。私より少しだけ背が高く、栗色の髪をした明るい女性。とても表情豊かで、大きな目も凛とした眉もぷっくりとした口も大変よく動く。頭脳明晰で決断力と行動力があり、上司や同僚からの信頼も厚い、まさいに刑事課の若きホープだ。ひかり先輩こそ、まさに私が理想とする刑事だ。


「それがさ~。さっき電話があってさ、アイツがこっちに来るってさ。担当してた事件の捜査が終わったからって……」


ひかり先輩が愚痴をこぼす『アイツ』というのは、きっとあの人のことだろうと私は考えた。それをひかり先輩に確認しようとした矢先。


「やぁ、お二人さん。調子はどうだい?」


聞き覚えのある軽妙な声が後ろから響いた。


「噂をすれば……。現れたわね! 奇天烈(きてれつ)帽子男(ぼうしおとこ)!」


「キテレツってのは否定しないけど、せっかくならもっと語呂のいい渾名(あだな)にしてほしいね。どうも響きが滑稽だ。それにもっと短いほうがいい。長いのは覚えにくいからね」


ひかり先輩の痛烈な切り返しにも、まるで動じることなく、飄々と佇むこの人こそは、我が刑事課きっての珍妙な……。いや、変わり者……。もとい、個性派である千光士(せんこうじ)月光(げっこう)先輩である。


月光さんは、ひかり先輩と同期の刑事であり、その名前と容姿は、まるで少女漫画の登場人物のようだ。すらりとした長身、透き通るような白い肌、くっきりとした目と眉、通った鼻筋、シュッとした輪郭、モデルや俳優の隣に並んだとしても決して引けを取らない美男子だ。

そして、彼のトレードマークと言えるのが、頭に被った中折れハットである。月光さんは季節、天候、昼夜を問わず、いつだってスーツに中折れハットといういで立ちをしている。都会ならまだしも、私たちの住んでいるような田舎町では、その恰好はかなり人目を引く。

しかも、今日は上下ともにワインレッドカラーのスーツに、お揃いのカラーの中折れハットなのだから目立つことこの上ない。どこかのファッションショーの途中で抜け出してきたと言われても不思議ではない。ところが、彼本人にとってこの服装は、特別でもなんでもない、いつもの普段着なのだから驚きだ。伊達男とは、月光さんのためにある言葉に違いない。


「で、何しに来たのよ?」


ひかり先輩は、ぶっきらぼうに尋ねた。表向きは月光さんのことを良く思っていないようにみえるが、本当はそうではないことを私は知っている。月光さんもそれを感じ取っているのか、あるいは何も気にしない性格なのか、ひかり先輩の辛辣な応対に全く動じることなく返事をする。


「そりゃ、仕事をしに来たのさ。僕らのお役目は高潔にして崇高。平和を脅かす咎人を、フォルセティの前に引っ立てるためなら、僕は町中を駆けずり回るさ」


「スパゲティ?」


「フォルセティは北欧神話に出てくる神様で、人々を裁く正義と平和の神ですね」


ひかり先輩が困惑していたので、私は補足をした。月光先輩は、いつも芝居がかった受け答えをする。素でそういう性格なのか、わざと演技をしているのかは分からないけれど。そういえば、月光を英語に訳すとmoonshineだが、moonshineには「たわごと」という意味もある。

名は体を現す、なんて失礼極まりないことを私は考えていた。


「来る前に少しだけ、君たちが今担当している事件の資料を読んだんだけど、強盗致傷だってね? なかなか物騒な話じゃないか」


「そうね。まぁ実際は、犯人は最初から強盗をしようとしていたわけじゃなくて、盗みが目的だった。ところが家主に犯行現場を見咎められて、逃げる最中に突き飛ばしてしまった。狙ってやったわけじゃないとはいえ、家主は結構な重症。命に別状はないけど、犯人の罪状は強盗致傷になるでしょうね。大人しくその場で捕まっていれば、窃盗未遂で済んだのにね」


「犯罪に対する最大の動機は、罪を回避せんとする希望なり。――キケロ」


「ハイハイ。どこのお偉いさんの言葉か知りませんけどね、そのキノコだかキクラゲだかいう人の言葉なんか知ってるよりも、きな粉の作り方でも知ってる方が、よっぽど人生の役に立つわよ」


「フム、確かに食も大切だけど、知性もおろそかにすべきではないと思うけどね。そもそも、食と知性とは切っても切り離せないものだよ。楽園における禁断の果実の話を信じるならば、我々は食によって知性を得たわけだ。そしてその知性によって食を追求し、芸術の域まで高めた。食がなければ、知性は得られず、知性がなければ、きな粉の作り方も得られなかったというわけだね」


「だー、コイツわー! よくもまぁ、きな粉の作り方をそこまで高尚に語れるわね!」


「お褒めに預かり光栄だね」


「褒めてんじゃないわよーー!」


「あぁ! 先輩! 御髪(おぐし)が!」


ひかり先輩はたまらず髪をかき乱してしまっていた。ひかり先輩はイライラすると髪をかき乱してしまう悪い癖がある。そのせいで先輩の柔らかな栗色の髪は乱れ、まるで鳥の巣のようになってしまった。


「あー、イライラするー」と、先輩はまだ肩を怒らせ、眉間にしわを寄せて不満たらたらだった。私はそっと、先輩の乱れた髪を撫でつけてあげた。ひかり先輩は月光さんと話すと、大抵こんな感じになってしまうが、見かけほど月光さんのことを嫌っているわけではない。本当に嫌いなら、こんな風に言い争いになることもない。つまりは喧嘩するほど仲が良いというやつだ。


「おっとこんな所で道草くってる場合じゃないな。さっさと仕事を始めよう。職務怠慢は重罪だよ、お二人さん。」月光さんは、相変わらず飄々とした感じで言い放つ。


「うがぁあああ! あんたが言うなぁあああああ!」


不用意な発言でひかり先輩の怒りが再び爆発した。ひかり先輩は、喧嘩上等とばかりに月光さんに掴みかかろうと躍りかかる。流石の月光さんもこれには怯んだらしく、小走りに逃げていく。


そう、二人は喧嘩するほど仲がいいのだ。――多分。



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