「僕のスプーンでパフェを食べてもらおう。ふふ。これはお願いではない、(業務)命令だっ!」【後編】
「今すぐ僕の自宅マンションに天王寺先輩を招きたいと思っているが、鳥カゴの用意ができていないんだ。すまない。床にこしらえるのでは、やはり駄目な気がしてきた。鳥カゴ格子は繊細でこそ美しい。万一だが、飛び立てる隙があるかもしれないと考えたら、僕は、許せなくなった。子犬を入れるショーケースか。たしかにそれもよさそうだが、中に閉じ込めると触れる事ができない。檻はアリかもしれないが、猛獣扱いするのなら、首輪をつけるだけでなく、他も縛りあげてしまいたくなってしまいそうだ……僕から与えられる時以外は、ずっと待ての状態にしてやりたい……違うんだ。僕は、まずは観察をしたい。だから、最適なのは吊った鳥カゴ。天王寺先輩、申し訳ないが、もうしばらく待ってほしい」
パフェタイムがしばらく待てになっていたけど、おもむろに社長の手が動き、すくいあげられた薄黄色のフルーツが近づく。
あ。細かく切ったリンゴかな?
社長のお話を聞いているうちに、パフェはすっかり元の形を保てないほどになっている。
時間が流れ、ここまでくると、ファミレス内の他の客の視線や漂う空気はどうでもよくなってきている。
みなさん、社長はハーフだから、日本の文化がよく分かっていない故の発言をしているだけなんです。そういう事にしておいてあげてください。私もそういう事にしておきます。
異世界キャラの台詞だって、ロボットアニメの悪の組織のボスの台詞だって、自然に受け入れている日本人が多いんだから大丈夫、なはず。きっと。たぶん。
「ん? ……天王寺先輩、その容器の中のもの、パフェにかけるのが正式だったか? 作法知らずであったなら、すまない。謝らせてくれ」
「え? ああっ! これ、私のホットケーキについてきたものです。メープルシロップ……じゃない、ハチミツになってる! やっぱり本部の方針が変わったのかな。メープルシロップもいいですけど、甘い蜜いいですよね! 舌先でぺろって舐めるだけで幸せな気分になるし、あふれるぐらいが目の前にあると嬉しくなってきませんか!」
「あふれるぐらいの甘い蜜を、舌先で舐める……たしかに、幸せな気分になるだろうし、僕も嬉しくなってくると思うよ」
ぎゃー。しまった……今のは、私のミス……しゃ、社長に変な事を言わせてしまった……お、落ち着け……私の部屋に、絶対に社長を入れられない理由は、本棚を占める大人な恋愛小説たちのせい!
お、落ち着いて、私の脳みそ!
社長は、目の前のハチミツを見ながら普通に発言しているだけだから……
アパートには社長を入れられませんオーラを必死に出していたら、「この国にきてから、倫理的な恋愛について学んだよ。正式な招待を受けていないのに、女性が一人で暮らす家に踏み入るような事をするつもりはない。僕の居であるマンションには今すぐ訪れてくれてよいが、できれば、女性を正式に招待する準備を整えてからにすべきだと考えている」と言ってくれるぐらいに、社長は清廉な人だから……あれ? 鳥カゴが用意できていないから、私を招けないんだっけ? いやいや……鳥カゴはリビングに設置するって言っていたから、まずは清い訪問にとどめて、小鳥を眺めながらお茶を楽しみにきてほしいという意味で社長は言っているはず!
だから、私の脳みそ、腐った妄想止めてーっ!
「おや。天王寺先輩のもの、僕から与えられている間に、すっかりとろけてしまったようだ」
バター……バターの事でいいですよねっ?
パフェを与えていただいている間に、私が注文したホットケーキの上のバターがすっかりとろけてしまったという意味でいいですよねっ!
「おやおや。すっかり濡れてしまったようだ。指を少し動かしただけで、滴りが溜まっている様子が分かるぐらいに」
お水っ! 社長、指で、お水コップ動かしながら、そんな発言しないでください!
結露して、テーブルの上に丸い水溜まりができていますけど……でも、そういう言い方は控えてください!
うわ~ん!
私の脳みそ、止まってっ! ストップっ!
「おやっ! 実が赤々として美しいじゃないか。君の細い指先が、これに触れる様子を想像するだけで心が躍るようだが、僕も、この麗しい赤い実に唇をあて、味わいたくなってきた」
サクランボ!
きっと缶詰の甘ったるいやつ! 子供の頃、たくさん種を集めて庭に埋めたけど一つも芽が出なくて……って、そういう事を考えている場合じゃなさそうだ!
社長の青い瞳に、邪悪なものが宿っている気がする。
わ、わざとなんですかっ!
まさか、わざと、私の心を煽るような事を仰っているんですか!
無理やり連れ去ったりはしないけど、我が家の本棚を占める大人な恋愛小説の展開みたいに、私の方から流されるように社長の腕の中に飛び込んでいくみたいな事を期待していたりしませんよね……?
いやいや!
社長は、そんな人じゃない!
オタクな私の脳みそが、勝手に妄想をひろげているだけだ! という事でこの場が過ぎてほしい……
「天王寺先輩、伝えていなかった事がある。これを聞いて、君がどのような反応をしても覆すつもりはないと告げた上だが、このパフェ、最後の一口は僕がもらう。君が使ったこのスプーンでね」
「えっ! ちょ、ちょっと……しゃ、社長……そ、それって……」
か、間接きっすっ!
間接的に唇が奪われる計画だったのか!
唇への直接きっすがダメなら、その展開きちゃうって事っ!
おませな小学生が思いつきそうな事で、微笑ましいぐらいの展開かもしれないけど、他のお客もいるファミレス内で宣告された上でそれは、ちょっとっ!
「ふむ……赤い実は二つあるのか。口にするのは、最後の一口と決めていたが、この赤い実を、互いの口に入れ合わないか? この店なら、僕のもてなしを素直に受けてくれるという約束だったな。まずは、君の口に入れさせてもらう。味わいながら、僕のものを受け取ってくれ」
まずは、君の口にサクランボを入れさせてもらう。サクランボを味わいながら、僕の口に入れるサクランボを受け取ってくれ、でよろしいでしょうか?
「天王寺先輩、君と一生添い遂げたいと強く願っている。深く愛しているよ。だが、この国では、僕は君の上司だ。ここがオフィス外で、さらに非稼働日であるという理由だけで拒否する事は許さない。君の口に赤い実を入れる際、僕の指が内に触れる事があるかもしれない。逆に、僕の口に近づいてもらった際に、君のその細い指が、舌に絡まれる事があるかもしれないが――分かっているね? お願いしている訳ではない! これは、命令だっ!」
り、倫理ガン無視の業務命令きたー!
あわわ……あわわ!
「しゃ、社長……あの、その……拒否したい訳ではなく、天王寺有栖は社長の部下として、あなたにすべてを捧げたいと考えています。えっと……パフェを、先に味わいませんか? 私が、スプーンですくって、バニラ……ア……愛する社長の口まで運びます。サクランボをお互いに味わうのは、その後という事でどうでしょうか?」
ロボットアニメの今週放送回、捕まったヒロインが、悪の組織のボスにご飯を食べさせてあげるという条件で命乞いに成功していた。
絵柄が綺麗で、好きな声優さんがいっぱい出てるけど、小学生向けに作られたアニメだから緩い。その緩さが癖になるぐらいで、頭空っぽで見えていいんだけど。仕事終わって、ぼんやりしながら家事を片づけている時に録画を流しておくと妙にリラックスできる。
「いいだろう。では、天王寺先輩、君の忠誠心を見せてくれ。そうしたいと申し出てきてくれた故が、僕への愛だというのなら、止めるつもりはない」
アニメの台詞練習じゃない? という声が、どこかの席から聞こえてきた気がするけど、そんな事を心の奥深くに流し込む為に全力を使わず、私は、カトラリーケースから新品のロングスプーンを慎重につかみ取る事に精神を集中させていた。満足そうな顔で私を見つめる社長は、何の疑問も抱かずにいてくれた。
よしっ。
下手に出る作戦がまずは成功したぞ!
すっかり溶けているパフェのアイス部分をすくい、社長の顔に向かって運ぶ。青い瞳に黒髪を持つイケメンが、長いまつ毛を添えた瞼をゆっくりと閉じ、形の美しい唇は自然な動作で開いていく。
うわ。
小鳥みたいな社長、可愛い!
いや、やっぱり子犬かな? どっちにしても可愛い!
私がそんな風に考えている間に、社長の口の中にパフェが入っていった。
「……んっ……あ……甘い! おいしい! こ、これが、バニラアイス? パフェ、おいしい!」
気づけばおかわりを強請る子犬が、私の目の前にいる。
私が使っているけど、私の口には入っていないスプーンで、社長は、次から次へとパフェを口にする。
「パフェ、おいしい! 天王寺先輩、パフェ、おいしいよ!」
お口を開けてパフェが運ばれるのを待っていない間も、子犬のごとく愛らしい様子になった社長に向かって、私はしれっと言った。
「パフェのおいしさの余韻に、このサクランボを互いの口に入れ合いましょう! はい。せーので、お互い、自分の口の中に放り込みますよ。せーの!」
狼さんから子犬に戻った社長は、ご自分の手で、ご自分の口に向かってサクランボを放り込んでくれた。
こうして、私の間接きっす貞操は護られた。
この日を境にパフェが大好きになった社長は、パフェの食べられるデート先をさがしてきて誘ってくれるようになった。
パフェがあるところは、庶民的な店が多いから気をつかわなくて楽。
サクランボを二人で分ける事にこだわりができたのか、サクランボが二つ添えられたパフェがある穴場カフェの発掘もしてきてくれるようになった。
冴えない人生を歩んできた私なのに、彼氏と一緒にスイーツを楽しみまくるという幸せな日々が始まるとは思わなかった。
ただ、日本にいる間に我慢させ過ぎちゃったのか……異世界に連れ去られてから、欲求不満全開モードの社長を見て、少しだけ考えさせられたけどね。それは、この段階では知る由もない事。
■【連載版】[ https://www.alphapolis.co.jp/author/detail/668515985 ]『社長室のキスで異世界転移パイロットになった私は、敵方・イケメン僕キャラ総帥に狂愛されて困っています』(←プロフィール・ページで、R18要素が直接表示される事はありません)。連載版とは別途、ムーンライトにR18短編集の投稿を始めました。
ムーンライトR18短編集は、プロフィール・ページまで含めて、なろうガイドラインのR18指定なので、念の為URL記述は避けます(作品名などでググると、出てくると思います)。
こっちではほのぼのモードでいこうと思いますが、想起(思い出す事。前にあった出来事を、後に思い起こす事)の可能性があるので、作品全体をR15指定しました。
【※】
なろうガイドラインR15に関して:
「性交・性的接触等の性的感情を刺激する行為を想起させる描写」
連載版と多少設定がズレてます(キャラの性格も少しズレている)。連載版を作る為の下地として、日本でのデートシーンをラフスケッチ的に書いたものを手直したしたのがここに投稿している短編になります。なので、季節やイベントタイミングが連載版とズレていて、混乱のもとになるので、明確に投稿先サイトを分離しました(番外編ではなく、デート短編とお考えください)。




