「僕のスプーンでパフェを食べてもらおう。ふふ。これはお願いではない、(業務)命令だっ!」【前編】
【※】タイトルに『キス』を含みますが、なろうガイドラインに従い、性描写なしです。R18シーンは、アルファポリスとムーンライトで掲載する方針です。
イエノチカクノファミレス、という店なら、僕のもてなしを素直に受けてくれるんだな?
トウキョウ? 聞いた事のない地名だな、みたいな感じで社長が仰ったので、「今読んでるラノベの異世界キャラがそんな風に、日本を知らない発言するのが面白くて――」と思わずオタクなのをカミングアウトしそうになってしまった。
開いた口から音を出さないように息を止め、慌てて閉じて、そのまま封印された扉のごとくに開くのを禁じた。
必死に沈黙を貫いた。
そのせいで、「今度は店ごと買いあげたりしない。お茶の時間だけでもいい。僕からすべてを与えるデートをさせてほしい」という社長のお誘いを断れなかった。
そうして、次の土曜日の午後がやってきて、自宅アパートそばのファミレスで社長とお茶の時間をご一緒している。
「これが、パフェという食べ物か。メニュー表の絵は、器にハテナマークが入っているものだったが、細長いグラスに、冷菓や果物が詰められているものだったんだな……ファミレスというものについては、このデートに向けてしっかりと勉強してきたんだ。店への対価に加え、商品の名前と写真が並んでいるメニュー表が置いてある。電子端末による注文も想定してきた。だが、『お店で余裕のあるフルーツで飾った超お得なパフェ! 値段は、二百円から六百円と毎度設定。詳しい内容は毎日毎時変わるので店員にお尋ねください!』という品を、店の者からすすめられるとは思ってもみなかった……」
私が注文したホットケーキ皿の向こうにそびえるパフェグラスをまじまじと眺めている社長は、まだ驚愕の色を表情から消し去れていないようだ。
社長、この注文システムは、正直、純粋日本人でも戸惑いますから、ハーフなあなたは本気でお気になさらず、と言ってあげたのだけど、すぐには落ち着けないようだ。
このチェーンのファミレスは、我が地元S県にもたくさんある。『チェーンで繋がっているからこその各店舗バラバラ企画メニュー!』と銘打ち、頻繁に、謎の超お得を大胆に仕掛けてくる。そういえば、同僚のミナミナを連れてきた時も戸惑わせてしまったな。
「他の邸宅に招かれた時は、その家のもてなしを受けていたし、外で食事をする際は、店の者がすすめる料理が卓に並んでいた。なので、注文してしまった……このパフェという食べ物は、皿ではなくグラスに盛られているようだが、これは口をつけて飲むのが正式なのか?」
うわーっ! ますます今読んでるラノベの異世界キャラが日本に初めてきた時みたいな事を仰っている! 社長はハーフだし、子供の頃にいた国ではパフェを食べた事がなかったのかな。まあ、超お金持ちなので、食べさせてもらえなかったんだろう。
「社長、そこのケースに入っている細長いスプーンですくって食べるんです。ティースプーンみたいだけど、持つところが長いスプーンがありますよね。それが、パフェを食べる為に使うものです」
それにしても――うちのアパートの前に高級車で乗りつけた時は、会社で見せてくれるのと同じ堂々たる様子で、「その黄色のワンピース、君によく似合っている。今日もとても美しいよ」などと言って私の心を震えさせたのに、パフェを目の前に動揺している社長は可愛い!
私の事を、「お姉さまだから、天王寺先輩と呼びたい」なんて言ってくれるけど、やっぱり年下さんなんだな。
仕事がバリバリできて、頼りがいのある様子を見せてくれるともちろんカッコよく見えるけど、こういう風に小さな事で頼ってきて、弱々しい姿を見せてくれると、母性本能をくすぐるっていうか、ぎゅって抱きしめたくなってしまう……って、社長は、庶民の生活が面白そうだから私に声をかけてくれただけだから……勘違いしてはいけない。
「天王寺先輩、細長いスプーンは二本あるようだが、両方とも使えばよいのか?」
「え? あれ? 私はホットケーキを注文したので、その小さなフォークとナイフがあればよいです。細長いスプーンが二本あるという事は、お店の人が、二人でパフェを食べるのかな? と思って用意してくれた?」
小さなフォークは全部で二本入っているので、パフェのフルーツを二人で食べるのには支障がない。見たところ、フォークなしでも食べられそうなフルーツしか盛られていないようだけど。
「二人で、食べる……僕と天王寺先輩の二人で食べるべきだと、店の者は言っているのだな。そう食べるのが正式だと言っているのだな!」
急に勢いがついた社長は、パフェを睨みつけた。その様子は、私が最近ハマっている、ロボットアニメの悪の組織のボスが悪い事を思いついた時に似ていた。
さっきまで弱々しい子犬の前にいたはずなのに、急に獰猛な狼の檻に入れられたような錯覚が起こった。
「この店なら、僕のもてなしを素直に受けてくれるという約束だったな! 天王寺先輩、店の者が二人で食べるのが正式だと言っているんだ。このパフェという食べ物、君の口の中に僕が入れさせてもらう」
錯覚ではなく、本当だった。ショーケースの向こうの子犬を眺めていたつもりだったのに、振り返ればそこに狼がいて、実は、自分の方が猛獣のエサとして閉じ込められていたようだ。
「天王寺先輩は、僕の愛しい人だ。愛しているという言葉では足りないほど、僕の心のすべてを君ただ一人が占めている。本当は、付き合っている事を大々的に公表したい。できたら世界すべての人間に対して。だが、心の準備ができていないという君の憂いを知り、僕は、必死に気持ちを抑えているんだ! 告白を受け入れてくれた時、これからは、君を膝にのせたまま会議に臨めると思っていたし、謁見にきた者が僕を拝顔できないと騒ぐほど、天王寺先輩が顔を近づけていつもそばにいてくれると思っていた! だが……だが……いや、急に事を進めるのはよくない……この国で買ってみた本にもそう書いてあった……外の国からきたのは僕の方だ。ルールに従った上で、君を愛するつもりだよ。だが……だが、せめて、僕の手で、天王寺先輩の舌を満足させたいという願いだけは叶えてほしい!」
「……あの、その……社長のお気持ちは、とても嬉しいですとお伝えした上ですが、付き合っているのを内緒にしてくださいとお願いしたのは……その、あの……すいません……そして、まだ心の準備ができていないので……あの、その……でも、パフェは……パフェは、食べます。食べさせてください。お願いします」
午後三時過ぎのファミレスは、ランチタイムに比べれば人は少なかった。
だけど、突然、異世界の王侯貴族キャラが愛の言葉でも発していそうな叫びが我がテーブルからあがり、注目が集まって私は縮こまっていた。
うん。落ち着け、天王寺有栖。パフェを食べさせてもらうだけだから。それさえOKすれば社長も冷静になってくれるだろう。きっと。たぶん。
「ずっと好きだった君の口の中に、僕が入るのを許してくれてありがとう。天王寺先輩、愛している。さあ、僕を受け入れる為に、口を開くんだ。拒む事は許さない」
さらっと愛の言葉を述べられたのもさる事ながら、これが羞恥をおぼえるという感情か! というものが込みあげてくる。
落ち着け!
社長の動作というのが介在するとしても、口の中に入るのはスプーンだ!
表紙の絵が綺麗だったからという理由で買い始めて、気づけば本棚を占めている大人な恋愛小説たちの読み過ぎだ。不埒に聞こえている、私の脳みその方がいけないんだぞ!
「天王寺先輩、大人しく僕の言う事を聞くんだ。愛しい人として君を扱うつもりだが、おぼえておいてほしい。僕に逆らう者は捕らえられ、見せしめとして、公の目に晒されるという事を」
火曜日放送のロボットアニメの悪の組織のボスが言いそうな台詞だ。
というか、大人な恋愛小説みたいな事をさらっと言ったり、悪役まっしぐらな台詞を口にしたりしちゃう社長は、ファミレス内で注目の的になっていますよ!
私も一緒に見せしめとして晒されている状態ですが……と、とにかく、私が口を開かないと社長の暴走は止まらなさそうだ。
意を決して、口を開く。
道に迷う事なく、パフェをすくったスプーンが近づいてくる。
「……んっ……あ……甘い! おいしい! 社長、今のってバニラアイスですよね? 前よりもおいしくなっている気がする。本部の方で何か工夫があったのかな? やっぱり、チェーンで繋がっていると大胆に仕掛けられるのでいい!」
「ばにらあいす? 僕が今、君の口の中にひろげたのは、この白いものだ。白くとろけるこれだ。ほら、見てくれ」
と、スプーンに残るバニラアイスを見せてくれる。
……社長の言い方、恥ずかしく聞こえてしまったのは、たぶん私の脳みそが腐っているからだろう。
「おいしいと言ってくれて、素直に喜びを感じたよ。天王寺先輩、再び、君の口の中に入れさせてくれるね?」
社長、『スプーンを』を省略しないでください! スプーンを君の口の中に、と言ってください!
ファミレス内に漂う空気は、ちょっとやそっとじゃ吹き飛ばせないぐらいになってきている。パフェおいしかったし、このまま甘味の補給につとめよう。パフェさえ食べ切れば、社長も満足してくれそうだし。
大人しくもう一度口を開くと、社長は、パフェをスプーンですくい私の方に運んでくれる。
それを繰り返しているうちに、小鳥の気分になってくる。
「そうだ。天王寺先輩、先ほど、チェーンで繋がっていると大胆に仕掛けられるのでいいと言っていたが、君も、その方がよいと思うんだね?」
パフェが半分ほど減ったところで、社長の手が止まった。
「へ? そうですね。チェーン、私は好きです。う……う~ん! それにしてもおいしい! 小鳥の気分で食べていましたけど、たくさん食べたので、このまま飛び立てる気がしてきました! 鳥カゴの扉を開けて、パタパタ~って……あわわっ! 変な表現でごめんなさい。それぐらい、社長からおもてなしいただいたパフェがおいしかったという意味です! さっき、子犬のショーケースや狼の檻を想像していたので、鳥カゴとか出てきてしまっただけで――」
「駄目だっ! 僕は、許せない!」
ひぃぃいいっ!
へ、変な妄想ばかりしていて、ごめんなさい! と言う為に私の口は動くはずだった。
「鳥カゴは床に置くべきか、チェーンで繋ぐべきか迷っていたが、やはり、天井から吊った方がよさそうだな。扉を開けたところで、飛べない小鳥は逃げられない。与えてもらえるのを待ちきれず、格子の中で鳴いて、必死に僕を呼ぶ様子を見てみたくなった。どのような大胆な行動を仕掛けてくれるのか楽しみだ」
……はい?
ポカーンとし、目を丸くしているであろう私の口の中に、断りもなくカットミカンが押し込まれる。缶詰の甘いミカン。お店の仕入れ状況で調整され飾られたそのパフェは、前触れもなく味わいを変えてくる。社長と私の前に漂う気配のように。
「ふふ。この国にきてから、鳥を飼う本を購入し読んでみた。自宅としているマンションの居室に鳥カゴを作らせるつもりだが、よい業者が見つからなくてね。リビングが二層吹き抜け構造だが、天井の強度に問題があるらしい。交通の利便性が確保されていると判断して、都心のタワーマンションを購入したのだが、郊外でもよいので、地下に猛獣すら逃げ出せないような頑丈な檻が用意できる一戸建てにすべきだったか」
ポカーンから脱していない私の口の中に、再びバニラアイスが押し込まれる。
味わいが戻る。
ああ……社長、一人暮らしだから、ペットを飼うつもりなんですよね?
■【連載版】[ https://www.alphapolis.co.jp/author/detail/668515985 ]『社長室のキスで異世界転移パイロットになった私は、敵方・イケメン僕キャラ総帥に狂愛されて困っています』(←プロフィール・ページで、R18要素が直接表示される事はありません)。
連載版とは別途ムーンライトにR18短編集を投稿予定です。
「性的接触等の描写」は、『小説家になろう』ではR18扱いになってしまうので、こちらでは『社長室でキスする前』イコール『異世界転移前の日本でのデート』を扱うつもりです。




