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一話 魔女宿るわたしの鏡よ……

完結まで書きあげているので、安心してお読みください。

読む人によっては、とてつもなく胸糞の悪い作品になっています。

タイトルはハッピーエンドとなっていますが、読む方によってはハッピーエンドではないかもしれません。

もし、こんな胸糞の悪い作品を最後まで読んでくださるのであれば、ハッピーエンドだったのか、バッドエンドだったのか、ご自身で判断ください。


本当に私が書く物語は、酷い作品が多いですね……。

思いつく話が、悲しい話ばかりという……いつかコメディーを書きたい。

 わたしは自分が(きら)い。昔から自分の顔を見るのが嫌だったの。べつに醜い顔をしているわけではないのだけど、どうしてか自分の顔を見るのが耐えがたくて仕方がない。


 矛盾しているだろうけど、自分の顔を嫌っているわけではない、顔を見るのが嫌なのよ。なんの面白みもない普遍的な顔。きっと百人の人がわたしの顔を見て、百人の人が十秒間目をつむる。


 そして訊かれるの、「あなた達が今見ていた女の顔を、描いてください」とね。


 たぶん、いえ、きっと百人中、百人がわたしの似顔絵を描くことができないでしょう。


 つまりはそれだけ普遍的で誰の記憶にもとどまらない、能面のような顔だということ。みんな能面の顔をすぐに思い出せる? そう思い出せないのよ。つまり、そういう顔だとイメージして欲しいの。


 きっと自分でも、自分の顔がわからないでしょう。もしわたしが、人通りのない一本道を歩いていて、向かい側からドッペルゲンガーが歩いてきても、それがもう一人の自分だと気づくことはできないと思う。


 つまり自分でもわからないほど、普遍的な顔だということ。

 たぶんみんな気付かないだけで、ドッペルゲンガーに出会っていると思うの。気付かないだけで、ね。


 ドッペルゲンガーを見た者は近いうちに死ぬっていうでしょ。

 ほら、エリザベス一世とか、ゲーテとか、リンカーンとか、芥川龍之介とか、ドッペルゲンガーに遭遇してしまって、そのあとに亡くなっているもの。


 ドッペルゲンガーって自分と同じ顔の者なんでしょ?

 だったら、鏡に映った自分はドッペルゲンガーともいうのじゃないかしら。


 だって、鏡に映った自分は、自分と同じことを考えていて、自分と同じ顔をして、同一人物なのよ。


 ドッペルゲンガーに出会ったら死んでしまうのなら、鏡を見ていたら死ぬ、ということにならないかしら?


 わたしは自分の顔を見続けてたみことがあった。こんな話を聞いたことがあったからよ。自分の顔に向かって〈お前は誰だ?〉と問うてみる、という心理実験のようなもの。


 それを真似て自分に向かって、「あなたはだあれ?」とわたしは何十回も、一時間くらい問い続けた。するとどうなったと思う? 自分の顔ではないみたいに、自分の顔が歪むのよ。


 ゲシュタルト崩壊のようにね。


「あなたはだあれ? あなたはだあれ?」って。

 何度も自分に問うの。気がおかしくなるわ。

「あなたはだあれ?」って問うた自分の口はまるで他人のように滑らかに動いて、わたしに問いかけるの。


 ほらね。鏡に映った自分はドッペルゲンガーその者でしょ。だって勝手に動くのだもの。


 仕舞には本当に自分は誰だったのかわからなくなるわ。

 今度は、「わたしはだあれ? わたしはだあれ?」って訊いてみるの。鏡でいいから、自分は本当は誰なのか教えて欲しかった。



 すると鏡に映った自分が答える。

「わたしはだあれ? わたしはだあれ?」って。

 私に訊かれても、()()()が誰かなんて知らないわよ!


 だからわたしは、「そんなの知らないわよ。そんなこと自分の胸に問うてみなさいよ」って言い返したわ。


 すると数秒遅れて、「そんなの知らないわよ。そんなこと自分の胸に問うてみなさいよ」て鏡に映った、自分がいったの。

 

 そうこうしているうちに、わたしは訳がわからなくなっちゃって、鏡に映った自分が、本当の自分なのか、鏡をのぞいている自分が本当の自分なのか、本当にわからなくなっちゃった。


 そういうことってよくあることよね。女の誰もが、いえ、男だって自分の顔を見るのが好きな人がいるもの。俗にいうナルシストという部類の人間がそうでしょ。


 人間は綺麗になりたい生き物なのね。本当に呆れるくらい綺麗になりたい生き物なのよ。テレビなんかでも扱うテーマっていったら、美容、健康、医療のものばかりですものね。


 持って生まれた容姿というものは変わらないのに、この化粧品をつかったらこんなに綺麗になりましたって、馬鹿みたい。


 しょせん、綺麗な人は化粧なんか使わなくても綺麗で、綺麗じゃない人が化粧を使っても持って生まれたものは変えられないのに。


 そんな女心を金儲けに利用して、訳の分からない成分を羅列している化粧品なんて本当信用できるのかしら、わたしは不思議でしょうがない。


 たしか何年か前に、『人は見た目が100パーセント』というドラマがやっていたような気がする。内容は見ていないから知らないけれど、タイトルだけはよく憶えている。


 たしかに人は見た目が100パーセントなのよ。これだけは間違いないわ。人を見ためで判断するのはよくない、っていうけど人を見ためで判断しない人間なんているのかしら。


 もしいるならわたしはその人に会ってみたい。もしそんな人が本当にいるならわたしはその人を好きになる。


 だけど絶対にいないと思う、そんな人がいればその人は聖人君主なんだもの。


 美人は苦労が多いなんて話を聞くけれど、不細工の方が苦労が多いはずよ。


 これだけは間違いないとわたしは断言できる。美人は苦労が多い、と言えるのは美人だからで、不細工の人が、「不細工は苦労が多い」なんて言ってみようものなら、きっと笑われて悲しくなってしまう。


 綺麗な人がそういっても綺麗なままだけど、不細工の人がそういったら不細工のままなんですもの。


 そんなことをわたしはわたしとお話しながら夜が更けていった。


 翌日、わたしはいつものように、いつもの時間に仕事に出かけた。

 職場にはわたしの好きな人がいる。同じ部署に勤めている男性で、カッコ良いという人ではないけれどカッコ悪くもない。


 つまりいい意味で普通の(ひと)。名を航誠(こうせい)くんと言った。


 わたしは航誠くんと話しをしているだけで、満足だったけれど女という生き者は強欲で、それだけでは満足できなくなるのね。彼に振り向いて欲し、そう思いはじめたるのよ。


 わたしはどうしたら、彼に振り向いてもらえるのかを考えた。彼は何を食べて、何が好きで、どういう音楽が聴き、どんな映画を観て、本を読むのだろうか、と。


 彼のことをすべて知りたいと思いはじめた。そう思いはじめると、干上がった大地が水分を欲しがるように、彼の知識をわたしはほした。


 彼もやはり美人が好きなのだろうか。そうにきまってるわね。男ですもの、美人が好きでない男なんていないのだから。


 きっとそうだ彼は美人が好きなのだ。彼はよく姫野(ひめの)さんという女と話していた。姫野さんはその名が表す通りの人で、お姫様のように美しく、男なら誰もが振り返るほどの美人だった。


 それでいて性格もいいときている。うわべだけ性格のいい女を装っているのかもしれないが、誰もが認めるほど性格がよかった。


 わたしと同期でお茶くみだとか、書類整理だとか、データ入力だとか、電話対応だとか変わらない仕事をしているのに、彼女の方がみんなから愛されていて、とくに男たちがいつでもコバンザメのように張り付いていて一人でいるのを見たことがない。


 姫野さんにまとわりつく男どもはまるで、白雪姫にでてくる七人の小人を彷彿とさせられ、おかしくてしかたがない。


 きっと何の事情も知らない子供たちがこの光景を見たら、〈あ、あそこに白雪姫と七人の小人がいるよ〉とでも駆け寄って来るんじゃない。


 航誠くんはわたしとは嫌々話をしているようなのに、姫野さんとは楽しそうに話をしている。


 そのことで私は悟った、ああやっぱり顔がすべてか、とね。わたしも顔が悪いわけではない。しかし突飛して派手でもないし、目立たないし、人の印象に残るかと問われれば、「残らないわね」と自分でも答えてしまうくらい普通の顔。


 そんなことなどもう十年以上も昔から、自覚しているし自分が生まれたときから決まっていたこと。


 そんな風に悲観しながら帰宅路についたある日、わたしはどこにでもあるような、きっと日本中に点在している看板を目にした。


 それは美容クリニックという人間のドロドロの欲望が渦巻くクリニック。


 その日はただ、それだけだった。ああ、こんなところに美容クリニックがあるのね。知らなかったわ、と。道端に落ちていた漬物石に気付いたときのような、それだけの感想だった。


 そしてアパートに帰ってきて、わたしはドレッサーの前に座った。そして化粧を落とす、そのときに鏡に映った自分の顔をみた。そのときにいつものように訊くの、「あなたはだあれ?」って。


 鏡に映った女はわたしに訊くの、「あなたはだあれ?」って。わたしは礼儀的に当然答えるわ。「わたしは……だあれ?」って。わたしはわたしで誰でもないのに、鏡に映った女は何を訊いているのかしら?


 鏡に映った女は少しやつれた顔をしていて、神経質そう。まるで童話なんかで現れる魔女のようだわ、なんてわたしは思った。きっと魔女は神経質な人間なのね、ってね。


 よくよく考えてみれば、魔女は意地わるそうで、神経質そうな顔をしたキャラクターばかりじゃない。みんな魔女は嫌いよね。プリンセスをいつも貶めて、いじわるばかりしている。


 最終的には、魔女はプリンセスに負けて酷い目に遭う。そして最後は心の優しいプリンセスが勝って、悪の魔女は滅びるの。昔から悪が栄えたためしがないのだから。


 いじわるな王女様も最後は亡くなる運命なのだから。

 だとしたら、鏡に映っている女は魔女さんね。


「あなたは魔女よ」わたしは教えてあげたの。すると鏡に映った魔女さんは、「わたしは魔女よ」って言ったの。そうあなたは魔女なのよって。


「魔女さん、この世で一番美しいのはだあれ?」ってわたしは鏡に映った魔女さんに訊いてみた。

 

 すると、魔女さんは答えてくれた。

「それは姫野さんでしょ」って。

 魔女さんは丁寧にゆっくりと、離乳食を食べさせるように答えてくれた。


 それにはわたしもべつに驚かなかった。だって本当のことなんですもの。本当のことを言われて怒るほど、わたしはイカレタ人間じゃないもの。


 だからわたしは言ってやったの、「それは姫野さんだわ」って。


 だけどそのあとにこんなことも言ってやった。

「じゃあ、この世で一番醜いのはだあれ?」って。


 すると魔女さんは、「それは魔女さんよ」って。

 魔女は自分がこの世で一番醜いと言ったわ。わたしはそれを聞いて安心した。だってこの世で一番醜いのはわたしじゃなかったんですもの。

 

 たしかに鏡に映った魔女さんは神経質そうで、意地悪そうで、決して綺麗ではないものね。


 そんな日が何日も続いたわ。仕事に行って彼を見て、姫野さんと自分とを比べて絶望するの。


 わたしも姫野さんも日本人女性平均的な160㎝ほどの身長なのだけど、彼女は手足は長くて顔が小さいの。


 だからわたしがずんぐりむっくりに見えて、彼女の美しさを引きたてている。滑稽だわね。自分より不細工をそばに置いていれば、自分を引き立たせてくれるのよ。あれと同じ。


 そんな劣等感を抱きながら、帰宅路につくの。そして毎日のようにあの看板を見せつけられる。まるでわたしを責めるように。


 そんな日が何日続いたかしら? 毎日数えているわけじゃないから、わからないけど少なくともわたしが仕事に行った日だけは続いたのよ。


 当然といえば当然のこと。そして美容クリニックを通りかかるたびに、顔を隠した女であったり、男であったりが中から出てくる。


 顔の隠し方はまちまちで、帽子を目深にかぶりサングラスをしている人だったり。冬ならマフラーをしていたり、マスクをしていたり、ね。


 そんな人たちを横目に見ながら、わたしは何食わぬ顔で通り過ぎる。そして家に帰るといつものようにドレッサーの前に腰かけて、魔女さんと話をする。


 わたしの話し相手は魔女さんだけだし、魔女さんの話し相手もわたしだけだもの。色々な話をするわ。楽しかったこと、辛かったこと、悲しかったこと、嬉しかったこと。


 魔女さんも同じで楽しかったことや、辛かったこと、悲しかったこと、嬉しかったことをわたしに話て聞かせてくれる。


 これ以上いないってくらいよき理解者どうしなんだもの。たまにムカついて鏡を叩き壊したくなる時もあるわ。金属バットなんかで何度もたたいて、粉々に。


 それはもう粉末になるくらいに。

 だけどそんなことしたら、わたしは殺人罪に問われちゃうし、何よりも唯一の話し相手を失うのは悲しいわ。だからちょっとくらいの失言をしてもわたしは寛容に許してあげることにしてる。


 だけど仏の顔も三度まで、という言葉があるようにわたしは危うく玄関に立てかけてある金属バットを持ち出してたたき殺しそうになってしまった。まあ結果的には思い止まったのだけどね。


 毎日変わり映えのしない日々がこうして過ぎて行くのよ。たぶんわたしはそんな日々を変えたいと、変えようと努力していたのでしょうね。

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