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桜の迷路で手を伸ばす  作者: 姫蝶 火織
実りの長月は風のよう
12/12

巡り

 文化祭が終わると、季節が一気に進むような感覚がある。

 実際は、まだまだ暑い日も多かったり、夏が抜けきっていないと感じさせる要素も少なくないが、それを境目に同じ暑さも、夏ではなく残暑と解釈するようになった。

 文化祭が終わってからしばらくの間、具体的にはおよそ一月半の間は、行事が無く、ようやく落ち着きいた生活を手に入れることができる。

 私はこれを機に、鳴海君との交換ノートに、本腰を入れて取り組み始めた。

 結局、夏休み中はあれ以降会うことが出来ず、ノートは月の頭になって返ってきたが、その後の文化祭直前の数日は多忙を極め、私はまだ読んですらいない。

 なので文化祭の代休である今日を、私はこの返事を書くことに費やそうと決めた。



 ノートを開いて最初のページには、私がルーズリーフに書いた短い小説が、ほとんどそのままの形で張り付けられていた。

 少し書き込まれていたが、それも注釈記号が振られているだけで、ひとまず飛ばして次のページに進む。

 するとそこには、彼の講評と小説がそれぞれびっしり一ページずつ、見開きを一つ埋め尽くすように書かれていた。

 私は、この時点でもう圧倒されてしまう。

 しかし、そんなに気圧されている場合ではない。

 気を取り直して、まずは講評から読んでみる。

 数行読んでまず驚いたこと、それは内容の受け取り方だった。私が施したちょっとした工夫や伏線を探し当てるのはもはや当たり前。そこから更に何歩も踏み込んで、一つの言葉でも複数通りの解釈ができるものに関しては、そのそれぞれについてどの受け取り方がどのような点で適切か、ということを一つ一つ論じていた。

 現代文の授業と大きく違うのは、正解が存在しない前提で読むという所だ。

 授業でも、これが正解、と押し付ける訳ではない。しかし、最も妥当で一般的な解釈を拾い上げるという点には、やはり物足りなさを感じざるを得ない。

 こちらでは、答えの無い教材に、自らが感じたことを自由に論じられる。仮に矛盾する複数通りの解釈を見つけたとしても、その全てが正解というスタンスは魅力的だ。

 更に、この交換ノートだけの特権として、作者と直接討論できるということがある。時には、想定されてなかった解釈の第一発見者になることすら可能なのだ。

 私は、これこそ、本当の文学に近いものなのではないか、と思った。

 そもそも、文学は自由表情、自由解釈の世界ではないのだろうか。合理的であるなら全ての解釈が正解の一つ、そうあるべきだろう。



 私はそんな気持で、次の鳴海君が書いた小説へと進んだ。

 まずは全体に目を通す。

 すると、そちらは、また別の意味で驚きに満ちている。

 彼は宣言通り、私が書いた小説と全く同じストーリーを使って、印象のかなり異なる小説を書いていた。


 そもそもの私が書いた小説というのは、私が夏の初めに訪れた母方の実家、そこの裏山の鳥居についての暗い雰囲気を持つ小説だ。

 まず、夏の夜に主人公が裏庭で野生の狐を見かけ、それを追いかけて行くと、裏山に鳥居とそこから奥に続く石段を発見する。主人公は、見失わないながらも追いつけない距離で先を歩く狐について怖々と石段を登って行き、最終的に、石段の頂上に不気味な祠を見て、帰ってくるという話だ。もちろん、話の最後には、次の朝には石段は消え、鳥居だけが残っているという定番のオチが付く。

 それを彼はこう変えてきた。

 まず前提として、そもそも全般的に表現は違えど、基本的に内容は同じなのだ。

 だが、狐を子狐と書いたり、石段を登る道に光源として登場する鬼火をイメージした蛍を、不気味にではなく幻想的に描写したり、祠は苔の生えた石の祠から木製の美しい祠へと変えてみたり。

 あれよあれよと言う間に私のホラーは、幻想的なファンタジーに生まれ変わっていた。



 私はこれを読んで感動した。私の小説を、全く別の形に生まれ変わらせ、しかも、読んでいてよりしっくりくるように原作より美しく収まっていたのだ。

 この小説を、ストーリーは固定のものとして構築するなら、テイストは確かにホラーよりファンタジーの方がよっぽど合っている。彼はきっと、それを感覚的に理解しているのだ。

 例えば狐と言う設定について言うなら、そのイメージとしてぴったりとハマるのは、地獄からの使者ではなく、日本的な神様からの使いだろう。であれば、ここで全体のジャンルとして置くべきものはおのずと見えてくる。

祠にしても、次の日に消えてしまうのであれば、昔から長いことそこに鎮座していたような印象を与える苔だらけの石より、異質でありながら神聖さも持つ木製の方がストーリーに合致する。

 そこにある情景を小説に写しこむ、つまり風景のモチーフとなる場所を持つのは良いが、そこに適当に選んだジャンルを載せるのでは不十分だった、ということだ。

 私はそのような気付きや自分の反省、良い解釈など、次々と書いてゆく。

 そしてそれが終わると、今度は自分で書く方に移っていった。



 自分で新たな小説を生み出すというのは結構骨の折れる作業だ。

 まずはジャンル、ストーリー、舞台設定、キャラクターなどを上手く組み合わさって相互作用するように設定し、その上で表現に留意しつつ文章を書く。

 改めて挙げてみると、なかなか馬鹿にならない作業量をしている。

 鳴海君に話を聞いたところ、彼はストーリー展開と伏線はメモを作るが他は書きながら頭の中で処理しているらしい。

 そんな話を聞いて、

「一体どうやったらそんな大量の情報を脳内で処理できるの?」

 と訊いてみたところ、

「自分が創り上げた世界観なんだし、普通に体系化して頭に入るでしょ」

 と返された。

「どう考えてもできる訳が無い」

 しかし、そんなことを言ったら、

「一体どうやったらそんな大量の化学式を覚えられるの?」

 と訊かれたので、

「法則性を持って結合するし、普通に分かるでしょ」

 と返したところ、

「どう考えてもできる訳が無い」

 と、そっくりそのまま同じことを言われた。

 どうやらそういうことらしい。

「ただ、こっちは別に紙に書いていい訳だから、慣れないならメモするといいよ」

 とまで言われた。

 よっぽど化学に恨みがあるらしい。


 まあそんな具合で大筋を構成していくのだが、これが一番重要ポイントだ。

 私の体感に過ぎないが、ある程度の文章力がある前提なら、ここで最も差がつく。

 鳴海君は『書きたいと思った時には、もうストーリーと主要ギミックは決まっている』などとたわけたことを言っているが、これをできる人は、私が知る限りでは極めて少ない。

 まあそれで問題無くできるなら一向に構わないのだが、私のような一般人はまず、ジャンル、ストーリー、舞台設定のいずれかを固定して取り掛かる。

 ヒトはあまりに膨大な選択肢を与えられると、選ぶことができなくなる生き物なのだという。そこで、このうちの一つを予め決めてしまおうということだ。

 私は前回、田舎という舞台を選んだので、今回の舞台は都会ということに決めた。

 都会であれば動物は少ないだろうから、普通にいくならキャラクターは基本的に人、あとはせいぜいペットか烏が関の山だろう。

 そして前回のフィクション系統を外すなら、まあ恋愛かヒューマンドラマあたりが妥当か。まあまだ二回目だし定番の恋愛で。

 都会の恋愛というとまだまだ広い。学生の恋愛にするか社内恋愛か、年齢差はどれ位にするか、異性愛か同性愛か、などなど。

 こんな具合に決めていく。

 ストーリーについてはあまりに範囲が広いのでどうしようもなくなってくるが、私はテンプレを踏襲しつつ、自分らしさを入れるようにしている。

 そんな過程を経て、私は小説を書いてゆく。



 完成すると、もう夕方と言って差し支えない時間だった。昼頃から書いていたから、所要時間はざっと四時間といったところだ。

普段は、これほど長時間同じ作業を集中して行うことなど無いが、負担は一切感じない。むしろ、あまりの時間経過の速さに驚くことの方が多かった。

出来の方は相変わらずだが、やはり楽しいと長続きするもので、私は夢中になって執筆をし、交換も回数を重ねた。

最初はこんな風に大人しく小説を書いていたものだ。

 しかし、変人同士で、こんな平坦な調子がいつまでも続く訳もなく、だんだんと相手を知るにつれ、それは評論文や詩、手記などの形式も、変幻自在に取るようになっていった。

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