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「知ってたんですか?」

「何を?」

「成吉先生が僕の担任の先生だって」

「は? なんだそりゃ?  知るわけねえよ、そんなの。兄貴の勤務先の制服だくらいは思ったけどよ。

しかし、どうりで同じこと言ってると思ってたら、兄貴は自分の考えを生徒さんに押し付けてんのか? よくないよな、そういうのは」

「何の話をしてるんだ?」

「いえ、誤解です、僕は成吉先生と話をしたことはあまりないですし…」

「なんで担任と生徒があまり話したことがないんだよ? 兄貴、ちゃんと仕事してんのかよ?」

「お前みたいな単純な奴に説明しても理解できないような、複雑な事情があるんだよ」

 成吉先生は、普段の穏やかな様子からは考えられないような、感情を露わにした表情を見せている。この人にも日常があるんだなあ、とぼんやり思う。

「兄貴はいつも、そうやって口ばっかりなんだ。ちっとは体を動かしたらどうだ?」

 なんだかおかしなことになってきた…と思ったら、子供が二人の間に立ち、大きく手を叩いた。喧嘩の仲裁に入ったのだろうか。健気な子だ。

 と思ったら、マスターの腕をぐいと掴み、時計を指さした。

「わ、もうこんな時間なのかよ。なああんた、悪いけど、そこの窓から『十二時から南米音楽の演奏します』って、ちょっと宣伝してくれないかな」

 マスターが言うと、子供も嬉しそうな笑顔で僕を見上げた。

「そんなこと…」

「さっきココアをサービスしてやったじゃねえか」

 子供も、そうだ、と言わんばかりに頷いた。あれはどちらかというと、子供のために作ったものの余りを僕がもらったように思われるのだが…。

 何もできないままつっ立っているうちに、子供は椅子をがっと掴み、窓際に持っていく。そうして椅子の上に立つと、笛を吹き始めた。窓から下を見ると、何事だ? といった表情で、幾人かこちらを見上げているのが見えた。子供は曲の合間に、もう一度僕の方を向く。

 僕は意を決して、窓から身を乗り出した。

「十二時から音楽室で南米音楽の演奏しまーす。見に来て下さーい」

 と言ってみる。しかし、声は届くものの言葉として認識されていないようで、「何言ってるの? あの人」といった表情で見上げられる。

「お前な、声ってのはこう出すんだよ」

 とマスターが横から入り、大声で僕が言ったセリフを繰り返す。よく通る声で、僕が叫んだ時よりも明らかに、多くの人が振り返った。

「あまり叫ぶと声が枯れて歌えなくなるから、後は任せたぞ」

 なんとなく断れない状況に陥ってしまい、とりあえず子供の笛に負けないように叫んでみることにする。自分の体からこんなに大きな声が出るんだなあ、と、他人事のように思いながらも、恥ずかしいとか、誰かが見ていたらどうしよう、という考えは極力頭の中から追い出して、ひたすら声を出すことに意識を集中させた。「もういいだろう」と言われるまで、五回くらい繰り返しただろうか。久々に大声を出したので、息が上がっていた。

「ほら、客が増えた」

 マスターは僕の肩をぽんと叩く。軽く叩いたのだろうけれども、ふらふらしていたのでよろけそうになった。

やっとの思いで椅子に座ると、お客さんは五人になっていた。僕の叫びを聞いて来たわけではないだろうが、とりあえず演奏者より観客の方が多くなったようで、ちょっと安心した。

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