『奴隷ライフ』
炭鉱での生活は最低で劣悪。それに尽きる。
時計なんてものがないからわからないが、朝は部屋の隅に設置されたアラームにより叩き起こされる。
起きたらいきなり仕事に取り掛からせられ、八時間ほど働いてからようやくご飯にありつける。看守ーーあのひょろ男だーーが、昼食だと言っていたから、そのご飯を食べるのが恐らく正午くらいだと思われる。何度も言うが、時計がない上にずっと日のない炭鉱の中にいるから、時間の感覚がわからなくなっていくのだ。
さて、昼食といっても非常に味気ないものである。ここで出てくる食べものといったら、カビの生えた丸パン。野菜のカケラが浮いたスープがついてきたらラッキーである。
最初こそカビの生えた、カチコチに硬いパンに抵抗を示しもしたが、それでもここでは食わないヤツから死んでいく。おれはまだ死にたくなかった。だから涙目になってでもカビパンを食べ、飲み下した。
ちなみに、飲める水にも制限がある。
一日のはじめに、五百ミリリットルサイズの水筒に水を受け取り、それで一日を過ごすのだ。また翌朝の支給の時間まで、たとえ飲み干してしまっても、溢してしまったとしても、追加で支給されることはない。
昼食を終えた後は、そこからまた八時間ほど働かされる。夕食になるが、夕食のメニューは昼と変わらず。そしてその後、最後に二時間だけ働かされて、炭鉱内の就業のアラームが鳴れば、ようやくおれたちは体を休めることができる。
次に衛生面に関してだが、こちらもとにかく酷かった。なるほど、奴隷とは人間扱いされないんだなぁと、まさか我が身をもって実感することになろうとは。
風呂やシャワーの類は当然ながらない。
次にトイレだが、部屋の隅に壺がふたつ、置かれている。壺である。しかもそれが室内(とは言っても洞窟だが)に置かれているのだ。汚い、臭い。とにかく最低である。トイレ問題が最もショッキングすぎて、己の人権が失われたことをひしひしと感じたものだった。
そして、すでにおれの人権が失われてから三ヶ月が経っていた。
*
「リック」
就寝前、おれは横の敷き藁(一応ボロい藁は寝床として置かれている)になりながら、隣の男に話しかけた。
亜麻色の髪をしたこの男ーー青年は、あの牢屋でおれの正面に入れられていたヤツだ。二十代前半に思っていたが、歳を聞いてみれば意外なことにまだ十七であったらしい。大人びてるぅ……
「なに、ミシャ」
「イイ方法オモイツイタ」
「今度こそマシな案なんだろうな」
牢屋で見たときは項垂れ、すでに廃人一歩手前の様子に見えたリックだったが、これが案外、利発でしっかりしている青年だった。曰く、ああでもしてないとオークションに出される、とのこと。
オークションとはつまり、貴族向けに高く売れそうな上等な奴隷を扱っているのだという。こんな悲惨な現場で重労働はさせられないが、代わりに奴隷の印を体に刻まれ、一生残ってしまうのだという。リックはそうならないために「耳が聞こえない」「時折パニック障害のような発作を起こす廃人」という演技を行なっていたらしい。ふむ、確かにリックは文句なしに整った顔をしていた。イケメンである。
ここ炭鉱に送られたおれたち奴隷は、言わば売れないと判断された質の悪い者たちで、領主などがまとめて重労働者として買っていくのだという。奴隷の印はどうも"高い"らしく、下等な奴隷にはこれで十分と、安価で大量生産できる首輪で管理しているらしい。
この首輪というものは、奴隷の印に比べたらマシであるらしいが、それでも厄介な代物に代わりはなかった。
術者が念じれば徐々に首が絞まっていくらしい。……怖い、怖すぎる。まあ、脱走だとか反旗を翻すことがなければ、早々殺されることはないらしいが、それでも自分の首に爆弾に近しいものがついていると知ったときは、全身から血が引く思いだった。
そして"術者"と、言ったが、要するにこの首輪には"魔法"が施されているらしい。
魔法。
異世界とは言ったとのの、生態系は謎だが、ほぼおれが生きていた世界の中世辺りと変わらないな、とか思っていたら、いきなりのファンタジー要素である。
この世界では当たり前のように魔法というものが存在し、生活に深く関わっているとのことだ。とはいえ魔法を使える人間は限られているらしいので、おれが住んでいたトグルの村のように、魔法とあまり関わりのない村も多いようだ。
おれたちがつけさせられているこの首輪には、効果はみっつある。
ひとつ、殺生与奪。
ふたつ、魔法の禁止。
みっつ、限られた範囲外への立ち入り禁止。
つまり奴隷の所有者は、おれたちをいつでも殺すことができ、行動制限もかけることができる。今回の場合はおれたちはこの炭鉱から出ることができない。そして、魔法を使えるヤツがいたとしても、この首輪によって封じ込められている。
この首輪がある限り、どんなに看守の隙を突こうとも、脱走は不可能というわけだ。
だが、そうは言ってもこんなところで一生を終えるだなんて真っ平御免である。それは隣のコイツーーリックも同じ思いであるらしく、おれたちはこうして日々、脱走の手立てを考えては目論んでいる。
「リック、メトンガスって、知ッテルカ?」
「……メタンガスのことか?」
「ソウ、ソレ、頭イイナリック」
メタンガスなんて、科学の発展していないこの世界で知ってるヤツなんておらんやろと思って話し始めたのに、思いのほかリックが知っていて驚いた。そういえばリックが奴隷になった経緯を聞いたことはなかったが、きちんとした教育を受けられる環境にいたのかもしれない。
「まさか、爆発させるなんて言わないよな?」
「マサカ」
そんなことしたら、おれたちもお陀仏である。
「爆発サセルゾー、って脅ス」
「馬鹿か」
一瞬で切り捨てられる。
「問題点がありすぎる。まず、どうやって看守を奥まで連れてくるんだ。炭鉱内は危険なことはよくわかってるから、まず来ないぞ。それに脅しに屈しなかったら、おれたちは首が絞まるか爆死するかのどっちかになる」
「マア、ソレモソウダナー」
「おい」
あっさりと頷くおれにリックが半目になる。
「なんだ、お前らまたその話か」
「ダッテ、イイ加減温カイゴハン食ベタイヨ」
「そりゃあ、ちげぇねぇな」
やってきた大柄な男がガハハと笑う。コイツも例に漏れず奴隷である。
寝食をともにしている奴隷仲間は全員、この話を知っている。そりゃあ最初は密告を恐れて、おれとリックだけで企んでいた話であったが、それを偶然他の奴隷に聞かれ、密告されるか……と、ヒヤヒヤしていたところにおれも混ぜろと一言。それが今では一致団結といった具合になっている。
奴隷仲間たちは、みな気の好いヤツらばかりだった。
おれが言葉がカタコトだと知ると、こういった夜の時間や休憩時に言葉を教えてくれる。言葉を教えてもらう中で、明らかに常識と思しき知識さえないのが露呈したこともあったが、それでも彼らは受け入れた。そのときは不思議に思ったものだが、ある程度、多少難しい言葉も理解できるようになってから、その理由を理解した。おれが"精神汚濁"を受けたと思われていたからだった。
この炭鉱に来たときに、小太りのおっさん(恐らく領主)が、看守に「コイツは精神汚濁者だ」と、言っていたのだという。
精神汚濁者って? と、リックに尋ねたことがあったが、その説明は難しすぎて理解しきれなかった。名誉のために言っておくが、おれの頭の関係ではなく、言葉の問題でである。
しかしどうにも、トグルの村を襲ったあのナニカが関係しているらしかった。それを彼らは度々"災害"と言う。
「リック、案ナイノカ?」
「うーん、それがなぁ……」
リックは頭の下に腕を組んでウンウン唸る。これでも三ヶ月の間、互いに多くの案を出し、検討してきてはいるのだが、どうにも実行に移せそうなものがない。奴隷制度よくできてんなぁと思い、色々他に脱走できる手立てはないか考えていたが、気がついたら眠っていた。
言葉覚えるのはええなと思いましたけど、そうしないと進まないので主人公めちゃくちゃ頑張ってるってことで。