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鬼畜ハードモードにおける異世界トリップ生存戦略奮闘記  作者: 一色文目
第一章:万年無頼
8/9

『底の底』

 ギシギシと、軋むハシゴを上る。

 屋根裏部屋へ入ると、部屋の隅に小さな白い塊があった。

「ティア」

 布団を被ったティアは震えている。おれはもう一度声をかけた。

「ティア、助けに来たよ」

 近寄り、その布団に手をかけようとする。

「ミシャ……」

「うん、もう大丈夫だよ」

 ひとりで震えるティアを抱きしめようとした。ティアは振り返る。

「もう、遅いよ」

 ティアの顔はナニカに飲まれ、なくなっていた。

 壁には"ミシャ たすけて"と書かれている。



 目を開ける。

 そこには石レンガの壁があった。

 ハッハッと荒い呼吸のまま、壁を凝視する。

 ここは……?

 あれから、何があった。どうなったんだ、おれは。

 左の頰がひんやりと冷たい。地面に伏していた体を起こし、右腕を左の手で擦る。やはり、右腕はなくなっていて、そこには包帯が巻かれている。頭が鉛のように重く、体はあちこちが痛い。

 顔を上げて、絶句した。

 鉄格子。

 慌てて左右と後ろを確認するが、石レンガの壁があるばかりで他には何もない。これじゃあまるで、牢屋じゃねぇか……

 牢屋に入るようなことを、した覚えはない。何故、自分はこんなところに入れられているのか。首をひねったところで、そこに違和感があり、首に手をやる。ひやりと冷たく、固い無機質な感触。

「く、くびわ……?」

 余計に混乱した。落ち着けと、自分に言い聞かせて深呼吸をする。頰を伝う汗を拭って、注意深く鉄格子の先に目を向けた。

 向かい側には、おれが入れられている牢屋と恐らく同じ造りであろう牢屋が並んでいる。中に入れられているのは、若い男性だ。その左右の、ここから見渡せる限りの牢屋の中には、年齢は様々であるが男が首輪をつけられて閉じ込められている。みな一様に暗いこの世の終わりみたいな顔をし、俯いている。

 頭の中に、嫌な言葉が浮かんだ。

 ーー奴隷。

 奴隷なんて、そりゃあ当然現代日本で見たことなんてなかったが、今のこの置かれている状況や、彼らの様子は、映画や漫画などに出てくるものと酷似している。

 あの後、行き倒れているおれを拾った誰かが、さしずめ奴隷として売っぱらったといったところだろうか。瀕死の状態の、しかも片腕のない人間をよく引き取ったものだ。ただの推測ではあるが、その可能性は高いと思った。この推測が外れる分には大歓迎である。

 持ち物は、ヘレナさんからもらったナイフもポーチも、もちろん薬草の入った籠もなくなっていた。それを悔しく思う。……

 首輪は外すことができないか、色々と触ってみたが、首輪は頑丈な作りをしている上に、片手ではどうこうできそうにない。そして不思議なことに、首輪は鎖などがついておらず、どこにも繋がれてはいなかった。ちなみに手も足も拘束具はつけられていない。

 これは首輪の意味あるのか……?

 疑問に思ったものの、ここは異世界である。この首輪ひとつにどういう効力があるかわからない、下手にいじらない方がいいだろう。ただの奴隷の証というわけでもあるまい。それなら量産するのに金のかかりそうなこんな大層な首輪をつけるよりも、焼き鏝なんかをした方がよっぽどリーズナブルだ。

 鉄格子に近づき、今度は廊下をそろりと覗いてみる。

 薄暗い廊下は、牢屋と牢屋の間の壁に燭台が等間隔で設置されているものの、結構長いらしく、端の方までは暗がりになっていて見通せない。

 鉄格子はというと、扉があるものの、南京錠のような鍵はかけられていない。おや? と、思って押したり引いたりしてみるものの、扉はビクともしない。どういう仕組みなんだ、これ。

 ……ふむ。

 意を決して、向かいのヤツに話しかけてみることにした。

「アナタ、ココ、ドコ?」

「……」

「ナンデ、ドア、ヒラカナイ?」

「……」

 向かいの若い男ーー見たところ二十代前半くらいだろうか。おれと同じくらいのように思える。そいつはおれの問いかけにピクリと肩を跳ねらせたものの、答えようとも、こちらを見ようともしなかった。

 その反応を見るに、怯えているーーまあ、この状況じゃあそうもなるか。しかしそれ以外の理由もあるのかもしれない。喋っていたら今は見えない見張りに張っ倒される、っていうのもあるのかもしれないな。なのでおれも、それ以上話しかけるのは止めにして(話せたとしても言葉を全て理解できるわけでもないし)、しかし手持ち無沙汰なので、壁のレンガを触れる範囲でペタペタと触ってみることにした。

 こういう石レンガって、どこか押したらガタンって隠し通路が出てくるとかねぇかな。なんてRPG脳で試みてみたものの、そんなことはなかった。

「はー……クソだな」

 踏んだり蹴ったりである。

 もう色々と考えるのが嫌になって、壁に寄りかかる。

 右腕もなくなって、体も頭も痛いし、少しでも休むべきだろう。睡眠もとれるときにとっておくべきだ。頭ではそう理解しているものの、今は目を閉じるのが、恐ろしく、怖い。

 そのまま、ぼうっと、鉄格子の向こうを眺め続けた。



 どのくらい経っただろうか。

 カツン、カツンと、複数の人間の石畳を踏む音がする。それから、カンと何かを叩く音と、ギィッと扉の開く音。

「来い」

 どうやら迎えが来たようだった。今のおれには何もできることはない。この首輪が何なのかもわからぬ今、下手に動くのは文字通り首を絞めることになりかねないと、大人しくしていようと心に決める。

 いよいよおれのいる牢屋の前へ誰かがやってきた。

 ひとりは仕立ての良さそうなスラックスに、上はワイシャツとベスト姿という、小太りのおっさんだ。わざとらしく生やされた口髭が、いかにも成金といった印象でいやらしい。もうひとりは付き人のように燭台を手に持っている冴えない男。こちらは対照的にひょろりと細長く、着ている服も粗末に見えるからに、おっさんの手下といったところだろうか。

 成金おっさんは持っていたステッキで扉を叩くと、おれが何度押しても引いても開かなかった扉をいとも簡単に開けてみせた。どういう仕組みなんだ? マジで。

「来い」

 と、短く言われたので外へ出る。

 おっさんの後ろには、いかにも奴隷ですといった感じで、牢屋から出た人たちが列を成して並んでいた。

 おれもその列に加わり、おっさんについていく。

 ていうかみんな男じゃん。

 不思議なことに、すでに列に並んでいるヤツらも、新しく牢屋から出てくるヤツらも、全員揃って男だった。女子どもの姿がないのがどうにも違和感で、奴隷だと思ったのは違ったかと、頭の中で色々な推測をする。だが、どれもどうにもピンと来ない。

 どうして野郎どもしかいなかったのか、その理由がわかったのは、そこから荷台に乗せられ、どこか遠くへドナドナされた後だった。


 連れて来られたのは鉱山だった。

 どうやらこの小太りのおっさんは、おれたちを坑夫として働かせるつもりらしい。

 ははあ、それで野郎どもしかいなかったわけか。

 大方、女子どもは別の売り口なのだろう。自分で言って気分が悪くなってきた。

 小太りのおっさんは炭鉱の中には入らず、ひょろ長い男に連れられて炭鉱の中へ入る。

 ひょろ男はおれたちを炭鉱の比較的入り口近くの小部屋(洞窟に近い)に押し込むと「ここがお前らの寝床だ」と、言った。

 は、マジかよ。

 部屋は八畳にも満たない。それに対して奴隷はおれを含め二十人ほどがいた。布団などはなく、床も壁も剥き出しの岩である。しかも炭鉱内で暮らすとか、早死にする未来しか見えてこない。

「いいか、お前らは死ぬまでここで働くんだ」

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