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鬼畜ハードモードにおける異世界トリップ生存戦略奮闘記  作者: 一色文目
第一章:万年無頼
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『ふたつめの故郷』

 少女の名前はティア。その母親の名前はヘレナと言うらしかった。足の手当てをしてもらい、どうしたらいいのかと思っていたら、ヘレナさんに手招きされて、長袖と長ズボンの服、それから靴を手渡され、別の部屋に押し込められた。着替えて来いということらしく、有り難くそうさせていただく。服も靴も、あまり上等なものではなく、いかにも村人の装いといったものであったが、おれが来ていた部屋着はすでにボロボロであったし、何より靴を履けるのが嬉しかった。

 着替えて部屋を出ると、今度は屋根裏部屋に連れて行かれる。屋根裏部屋は長いこと出入りをしていなかったのか、それはもう蜘蛛の巣やら積もった埃やらで汚い。箒やはたき、雑巾を手渡されて、まあやることと言えば掃除だろう。おれはコクリと頷いて、屋根裏部屋の掃除を始めた。

 食事と手当ての礼に掃除をお願いね、ということかなと思っていたが、どうやらそれは違ったらしく、それなりに最低限の清潔感のある状態まで掃除した後、ヘレナさんが布団を一式持ってきた。それでようやく、ここをおれの部屋にするべく掃除させていたのだと気づいた。

 い、田舎ってあったけぇ……

 正直、ここまで無条件に親切にされると、それに裏があるのではないかと勘ぐってしまうものである。しかし、ヘレナさんとティアの笑顔を見ると、どうにもそれが邪推にしか思えてならず、逆に人の親切を疑った我が身を恥ずかしく感じる。

 そうして次に思うことは、この親子親切すぎて大丈夫か? という危機感への懸念である。

 こんな自分の名前も思い出せない見ず知らずの大の大人、それも男だ。改めて考えてみると怪しすぎる。そんな不審者を家に受け入れてくれるだなんて、おれが悪人であったらーーと、思うとゾッとする。しかもどうやらティアとヘレナさんはふたりで暮らしているらしい。父親はどうしたのか、そう思うも、それを尋ねる言葉もわからなければ、聞いて良いことなのかもわからない。戦争もない時世、平和な日本で育ったおれは争いごとなんて得意ではないが、彼女たちが何か危険に晒されるようなことがあれば守ってあげたいと思う。

 そうして、おれは彼女たちと暮らすことになった。



 異世界。本当に異世界かどうかはさておき。便宜上異世界と呼ぶこととする。まあ本心は、これはもう異世界だろと思ってはいるので便宜上も何もないのだが。

 異世界での生活は全てが真新しく、慣れないものばかりであった。

 この村には電気が引かれていなければ、水道もない。

 夜になれば、使うものは蝋燭だ。燭台に火を灯し、薄暗い部屋で食事をする。電気がないので就寝の時間は早くなり、必然的に翌朝は日の出とともに起きることになる。

 朝になり、ヘレナさんの作ってくれた朝食を済ました後、おれとティアは村の中央の井戸へ水を汲みに行く。この井戸が村人たちの重要なライフラインだった。しかも井戸なんて今まで使ったことがなかったから、結構これ力いるんだな、なんて井戸から水を汲むにも一苦労である。

 そんな何をするにも不慣れな様子のおれを見て村人たちは、どことの馬の骨ともわからぬこともあって警戒心を顕に近づいて来ない。遠巻きにひそひそと何事か話すところを見るに、この反応が当然かとも思う。ティアとヘレナさんが寛容すぎるのだ。

 だからおれはそんな村人たちの態度を気にしていない。

「ティア、イコウ」

 ティアがよく発する言葉から意味を考え、少しずつではあるが、簡単な言葉であれば使えるようになっていった。

 村人たちの様子にむぅっと膨れるティアに頰を緩め、その手を引く。

 おれがこの村に来てから三日が経っていた。


「ヘレナ、コレ?」

 ティアと水を汲んで家へ戻ると、ヘレナさんに「おいで」と、手招きされた。ヘレナさんは言葉のわからないおれに、意識して簡単な言葉を使ってくれる。

 ヘレナさんが持っていたのは薄い本だった。それを見て少し顔を顰める。人の発する言葉もわからなければ、読み書きができないのもまた然りであった。

「本よ」

「ホン?」

 手渡されて、パラリと中を開いてみる。そこには幾つかの単語と、その横に動物や食べ物などの絵が描かれていた。なるほど、子ども向けの言葉を覚えるための本らしい。

「ティア、今日は******、ミシャ*教えて***さい」

「うん!」

 この本を使って言葉を教えてくれるみたいだ。

「……アリガトウ」

「どういたしまして!」


 お昼までの間、おれはティアに本を使って言葉の勉強を教えてもらうことになった。

「これは、卵」

「トマゴ」

 見慣れぬ字を指さして、ティアがもう一度「卵」と言う。この勉強の仕方は、字も覚えられて効率が良かった。"卵"と書かれている横には白い卵の絵が描かれている。

「た、タマゴ」

「そう!」

 きちんと発音できてるのかわからないが、ティアが嬉しそうにえへへと笑うので、一応通じるレベルではあるのだろう。

 そういった調子で、どんどん本を読み進めていく。

 にしたって、食べ物や身の回りの道具類は、おれの生きていた世界のものと変わらないものが殆どだが、動物になってくると、なんだこれは? というものがチラホラと出てくる。

「ロックル」

「ロックル……」

 ロックル、と言ってティアが指さしているのは、この家の小屋にもいた、例の馬車を引く鳥である。日本にこんなデカい鳥いなかったよなぁ……と、思いながら反復。

「ロックル」

「ばっちり!」

「アリガトウ」

 その後はお昼になったので、ティアとヘレナさんとご飯を食べ(その最中にも目玉焼きを指さしてティアは「卵」と、おれに復習を兼ねてくれるので本当に良い子である)、午後はティアとヘレナさんの畑仕事を手伝った。

 ヘレナさんの畑ではジャガイモやニンジン、キャベツなどを育てており、収穫できたものは自宅の備蓄庫に必要な分だけ運んだ後、少し離れた町へ売りに持っていくらしかった。

 その町へ運ぶ仕事を、あの村外れに住んでいる爺さんが担っているみたいだ。鳥ーーロックルを飼っているのは、この村で爺さんとヘレナさんだけだった。

 と言うと、ヘレナさんの家も以前は運び屋の仕事をしていたのかもしれない。だが、父親がいないところを見るに、亡くなってしまったか何かで女性ひとりではそれも難しくいるのだろう。もしかしたら出稼ぎに出ている可能性もあったが、その辺りはよくわからない。

 昼の仕事を終えると、後はもう寝るだけである。ランタンを枕元に置いて、今日もらった本を読みながら復習をする。

「ギューニュー、タマゴ、パン、スープ……なんだっけ、これ……」

 チーズの絵が描かれているが、こちらの言葉で何と言うのか忘れてしまった。チーズにチョークで印をつける。また明日ティアに教えてもらおう。

 眠気がやってきたので、蝋燭の火を消して、目を瞑った。カップラーメンの味は忘れられないが、おれは着実にこの世界に慣れつつある。



 目を覚ますと、そこは見慣れた天井だった。

 白い天井。

 いつもかけているアラームの音がしないことにハッとして、ガバリと体を起こす。

 やばい、遅刻だ……!

 足を縺れさせながら立ち上がり、慌ただしくハンガーに掛けてあるスーツに手をかけたところで、ピタリと体を止め、布団の枕元に置いてあった携帯を手に取る。

 ディスプレイには土曜日の文字。

 はー……と、深いため息をついて、へなへなと布団の上に座り込んだ。

 焦った……休みじゃねぇかよ今日は……

 それからぼけーっと宙を眺めて、カップラーメンでも食うかと立ち上がる。電気ケトルでお湯を沸かし、カップラーメンの中にお湯を入れた。三分待つ間にタバコでも吸うかなと思い、火をつけるが不思議とタバコの味がしない。それでもタバコは惰性で吸っているようなものだから構わずに、三分が経ったので、それを灰皿にぐりぐりと押し付け、カップラーメンを手にとった。

 さあ食うかと、カップラーメンの蓋を開けたとき、カップラーメンの容器の中に、翡翠の目をした少女の顔があった。

「ミシャ、朝だよ」

 少女はニコリと笑う。


「うわああああああ!!」

 勢いよく体を起こすと、ガツンと額に何かがぶつかった。

「え? え、ティア!?」

「うううぅ……」

 おれの寝ていた布団の横で、ティアが額を押さえてゴロゴロとのたうちまわっている。

「うわ、ティア、ゴメン!」

「ミシャぁ……」

 ティアは涙目でおれを恨めしかしそうに睨みつける。慌ててティアのおでこを触る。ちょっと赤くなってしまっていた。

「むぅ……痛いけど許してあげる。だって、ミシャも痛い」

 前半は何と言っているのか聞き取れなかった。

「ミシャ、泣き虫」

 泣き虫ーーここに来てから何度も言われた言葉。失礼な、泣いてなんて……と思って、あれ? と目尻を拭う。濡れた指先。情けないことに、確かにおれは泣いていた。

「泣き虫」

 ティアがへらりと笑い、おれも釣られてへらりと笑う。階下からヘレナさんがおれたちを呼ぶ声がした。

鬼畜ハードモードと謳っておきながらこれはちょっと甘いかな? とも思いましたが、少しくらい優しさがあってもいいよなと思い投稿。

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