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鬼畜ハードモードにおける異世界トリップ生存戦略奮闘記  作者: 一色文目
第一章:万年無頼
2/9

『異世界サバイバル』

 とりあえず、安心して夜を越せる場所を探そうと、森を歩いてみることにした。泣いても喚いても現実逃避しようとも、今ここにいることからは逃れられないのだ。というか普通に寒いし、ここにいても風邪を引くだけだ。

 異世界か否かの問題については、判断情報が足らなすぎるため一旦保留にする。しかし、少しすこーしだけ異世界トリップかもとテンションが上昇しかけたおれは馬鹿である。でもそのうちどっかの神殿とかお城とかで「お待ちしてました勇者さま!」とか言われるのかもと思ったらそうなるのも仕方ない。男は誰だってヒーロー願望のひとつやふたつ持ってるものだろう。なあ、そうだろ?

 と、まあ浮かれ、有頂天になっていると一気に奈落の底へと落とされることもなんとなくわかっているので、改めて気を引き締める。ありがちな勇者召喚とかうんたらであれば、おれは今頃こんな森の中でなく、きれいなお城とかにいたに違いない。はあっと、ため息が漏れる。

 さて、一夜を越すにあたって、木の上ーーという案も考えはしたが、先ほどのスライムだかなんだかわからない未知のモンスターの姿を目にしてしまうと、それで本当に安全なのか疑問になる。この森にいるのがイノシシやクマだけであればそうしたが、怪鳥なんかが出たら一溜まりもない。人ひとりが横這いになってようやく入れるくらいの岩穴的なものがあればいいのだが。……

 木の棒を持って、辺りに用心しながら暗い森を進む。

 何も光源を持っていなかったのがきつかった。いや、夜の森で変に光をつけてると、逆に動物を引き寄せてしまうかもしれないので、果たしてそれが正しいかもわからないが、何よりメンタル的にきつい。暗い森を身ひとつで歩き回るのはなかなか恐ろしいことだと、身をもって実感しているところである。こんなことなら布団から這いずり出た際にポケットにスマートフォンを突っ込んでおけばよかった。ここが異世界だとかそんなんではなく、日本の、せめて地球上のどこかで、携帯さえあればまだどうにかなったかもしれない。

 そして地味に裸足に半ズボンなのがつらい。足の裏はすでに枝や石を踏み傷だらけであるし、露出している脛辺りも、背丈の高い葉で切れて傷ができている。何より寒い。

 日本では、おれが住んでいるところでは秋だった。夜というだけでここまで寒く感じるものか。息を震わせながら、倒木をひとつ乗り越える。

 ガサリと茂みが揺れた音がした。大げさなほどに肩を跳ねらせる。

 どこだ、どこからした。

 足を止め必死に辺りを見渡すが、暗がりの中では発生元を特定できない。ガサリーーまただ。先ほどのスライムであれば良いのだが、今度こそイノシシとかだったら一溜まりもないぞ。

 極度の緊張状態に体を動かすことができない。落ち着け、落ち着け。姿を確認して、肉食動物だったらそこの木に登ろう。……木登りなんて遠い昔の記憶だが、大丈夫、できるできる。

 ガサガサと、何かが動き回っている音は続いている。その音からして、動きの遅い動物か、もしくは獲物を狙ってゆっくり歩いている動物である。前者であれーーそう思った瞬間に絶望した。

 ーークマだ。

 のそりと茂みから現れたのは体長二メートルはありそうな獰猛な顔つきのクマであった。

 ヒッと喉から引きつった音がして、次いで、死んだふりをーーと、ほぼ反射的に思ったところで己を叱咤する。死んだふりでクマが見逃すだなんて迷信だバカヤロウ。

 クマがグアアと威嚇のような鳴き声を上げる。思わず後ずさり、その拍子に尖った石を踏んだ。僅かな痛みに体の硬直が解ける。

 逃げなければ。

 おれは一目散にクマに背を向け、走り出した。

 木、木、木! なんでもいいから登れそうな木! ーーあれだ!

 なんとか登れそうな木に、走った勢いで飛びつこうとする。しかしその瞬間、四足歩行で追いかけてきたクマが、おれの目の前へと回り込んだ。はるかにおれより速い。おれは走っていた勢いを殺せず、目の前にクマが迫る。寸でのところで横に転がり、クマの鋭い爪は宙を切った。そのブンという音に顔から血の気が引く。

 やばい、やばい!

 尻もちをついたまま、後ずさる。クマは獲物を追い詰めた狩人の余裕の足取りで、こちらへゆっくりと近づいてくる。

 どうする! 考えろ!

 そのとき、耳がザアアという小さな音を拾った。水の音? いや、これは滝だ。

「クソッ!」

 こんなところで死んでたまるか。カップラーメン食ってたら何故か遭難してクマに食われて死ぬなんて、理不尽にもほどがある!

「うわああああ!!」

 威嚇というにはずいぶん情けないものだったが、大声を上げて持っていた木の棒をクマの顔面に投げつけた。大した攻撃にはならない。だがそれでいい。クマが怯んだ一瞬の隙をついて、おれは駆け出した。音の先へ走る。

 できるかぎり木々が密集したところを走り抜け、クマに距離を詰められないようにする。後ろでクマの爪が木を穿った音がしたときには危うく漏らしそうになった。

 走り、走り、滝の音のする方へ走った。どんどん音が近づいている。もう少しだ。歯を食いしばり、視界を妨げる枝葉を手で薙いだ、そのとき。

「え?」

 急に森を抜けた。と、思ったら足が宙を踏んでいた。

「あああああああああああ」

 お目当ての滝だった。どうせクマに噛み殺されるなら滝に落ちて逃げれないかーーなんて無謀なことを考えたおれもおれだが、心の準備というものが……

 そこでおれの意識はぷつりと途絶えた。



 頭が痛い。まるで二日酔いのようだと思った。ぼんやりした意識の中で、ああ飲みすぎて、それで悪夢を見てしまったのか。

 …………下半身が異様に冷たい。

 その感覚にぼんやりしていた意識が一気に覚醒する。この歳になっておねしょか!?

 ガバリと上半身を持ち上げた。

「……ん?」

 頰を撫でる風。降り注ぐ太陽。深く青々とした森。

「んん??」

 下半身は川の中に使っていた。

 漏らした訳じゃなかったか……よかった、と謎の安心をするが、昨夜と変わらない森の中。これだったら悪夢を見て漏らしていた方がまだマシだったかもしれない。というか夢じゃなかったかやっぱり。

 空は澄み渡るほどの晴天だというのに、対しておれの心は曇天だった。辟易しつつ、体を川から引き上げる。上半身は日光のおかげで乾いているが、川に浸かっていた半ズボンはすっかり水を吸っていて重い。ついでに体も重い。

 昨夜のことを思い出すと身震いした。危うく死ぬところだった。全力疾走なんてしたのはいつぶりだろうか。いや最近寝坊して全力疾走したな……だがあそこまで必死には走らなかった。

 しかしよくもまあ滝から落ちて大事なくいられたものだ。半ズボンを絞りながら自分の体を見下ろし確認するが、大きな怪我はないように思える。が、なんというか、仕方がないのだがカップラーメンの容器はなくなってしまっていた。まあ、怪我がないだけ良しとしよう。

「さむ……」

 空を見上げる。川の周囲は開けており、その分木々に遮られることなく空は広がって見える。太陽はほぼ真上にあった。昼頃か。太陽の暖かな日差しを浴びていても、長いこと下半身は川に浸かっていたのだからずいぶんと体温を奪われている。

「っくしゅん!」

 あー……と、鼻水を啜り、どかりと地面に座り込んだ。

 散々だ。ツイてないとかいうレベルではなくわけがわからない。なんたってこんな目に遭っているんだか。

「……」

 しばらくぼけーっと空を眺めていたが、こうしていても何も始まらない。少なくとも明るいうちになんとかこの森を抜けるか、安全な場所を確保するかしないと昨夜の二の舞である。

 ため息をひとつついて立ち上がった。腹がぐううと音を立て、次いで喉の渇きを思い出した。目の前の川に目をやる。川の水って、飲めるんだっけ。

 川の流れは穏やかだ。ずいぶんと下流の方へと流されてきたらしい。水面を覗き込む。濁ってはいないが澄んでいるわけでもなく、魚などは見当たらない。

 うーん……川の水はそのまま飲んだら腹下すよな。これが早朝であれば朝露で水分を確保できたのかもしれないが、もう昼である。……いや、鬱蒼としたこの深い森だ。まだ気温からして湿っている葉くらいあるんじゃないか。

 思い立ち、少しだけ森の中へと入り、手頃なところの葉っぱを触ってみる。思った通り、まだ湿っていた。おもむろにそれをもぎり、虫などがついていないことを確認して口に含んでみた。汚いが、周りに人がいないのをいいことにじゅるじゅると音を立てて葉に吸い付く。

 僅かだが、本当に僅かであるが、水が吸える……ような気がした。毒草がどうとか、そういうことは頭から飛んで、数枚の葉からひたすらに水を喉にやる。

 なんとなく喉も潤ったような気がしたところで、とりあえず川沿いに歩いてみることにした。こんなことならサバイバル関係の本でも読んでおくべきだった。いやしかし、山にも森にも海にも行く機会のない普段はただの営業マンが、どうしてそんな知識が必要になるだなんて思うだろう。

 しばらく歩いてみたが、どうにも森を抜ける気配はない。日はやや傾き始めている。焦燥感に足を速めるが、相も変らず続く鬱蒼とした森に泣きたくなってくる。しかし貴重な水分を体外に出すわけにもいかず、グッと下唇を噛み締めた。

 なんなんだよここは……!

 怒りがふつふつと沸いてくる。かと言って何に当たればいいのか。石でも投げて「クソッタレ!」と、叫びたい気持ちにも駆られたが、そんなことをしてまたクマでも呼び出してしまったら最悪だ。こんなときに限って、あのとき出会ったようなスライムはやって来ない。

 そして終ぞ森を抜けられぬまま夜になってしまったが、幸いなのは小さな崖の下に身を潜められるような小さな岩の窪みがあったことだった。

 そこに身を横たえジッと蹲る。穴に入ったところから少しだけ下に窪んでいるため、ここならばクマの爪も届かないだろう。虫が足を這う感触に顔を歪めるが、それでもあの鋭く恐ろしい爪に切り裂かれることはないと思えば耐えられた。虫が耳に入らぬよう両手で塞ぎ、目を瞑る。

 悪い夢なら覚めてくれ。そう思うものの、自分の中の冷静な部分は、明日は早くに起きて朝露を飲もうと考えていた。

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