戦場①
シリアのオロンテス河を見下ろす草原。 紺碧の空は穏やかに晴れ、美しい。
眼前には、ヒッタイトの大部隊が集結。
前方に歩兵・騎兵の混成部隊が展開し、その後ろに数百両の戦車を中核とした部隊が続き、更に歩兵の大部隊が展開する。 最後方にヒッタイト王、ムワタリの本隊が続く。
先ほどの報告だと、ヒッタイトの総兵力は27000-28000と推測される。
対するエジプト軍は、前方にプハタ軍団、セト軍団が展開。 両軍団の指揮はメンスラー将軍が執る。 その後方にアメン軍団、ラー軍団が展開。 両軍団の指揮はカーメフ将軍。 最後方にファラオ・ラムセスの本営が置かれ、親衛軍がファラオを警護する。 エジプトの総兵力は四万前後。
総兵力でエジプトが優勢。 戦車の数で、ヒッタイトが上回る。
大兵力が近距離で向き合い、もはや全面対決は避けられぬ情勢。
晴れ渡り、正午の風は心地良く吹き抜ける。 ハゲワシ十数羽が両軍の上空を飛翔する。
太陽が真南に差しかかる時、ヒッタイト先鋒部隊から鬨の声が捲き起こり、叫びはヒッタイト全軍に広がる。 ムワタリ王への忠誠とエジプトの殲滅を叫び、鬨の声は草原に響き渡るのであった。
対するエジプト軍は神なるファラオへの賛美とヒッタイトの撃滅を叫ぶのであった。
エジプト軍の鬨の声が静まらないうちに、ヒッタイト先鋒の歩兵・騎兵混成部隊はプハタ軍団に襲い掛かる。 直ちに隣のセト軍団が支援に動き、ヒッタイト先鋒部隊の前進は阻まれる。 ところが、ヒッタイトの戦車を中心とした部隊が、セト軍団に攻めかかり、たちまち戦闘は混乱した状態に陥る。
ヒッタイトの勢いのある攻撃に対し、プハタ・セト両軍団はやや押され気味の情勢。 カーメフ将軍指揮のアメン軍団、ラー軍団は、両軍団の左右を抜け、ヒッタイト勢の包囲を狙い移動を試みる。 それを許せば明らかに不利、ヒッタイト第三陣の歩兵部隊はアメン軍団、ラー軍団に攻めかかる。 両軍四万を超える将兵が激突し、どちらが包囲しているのか、されているのか分からぬ、混乱した情勢。
先ほどまでの長閑な草原は消失し、怒号と砂塵、阿鼻叫喚の修羅場へと変貌していた。
ところが、ヒッタイト王の本営も、エジプトファラオの本営も、戦闘には参加せず、動かず、静寂を保ったままである。
敵味方の弓矢が交錯するなか一人の伝令兵が必死の面持ちでカーメフ将軍の司令部に駆けつける。 「報告致します。 メンスラー将軍戦死!」 「何と、メンスラーが。 何という事だ! 了解した、プハタ軍団、セト軍団の指揮はわしが引き継ぐ。 両軍団長に報告せよ」
「ファラオが、あのファラオがどう動くかだ。 それですべてが決まる」とカーメフは苦しそうに呟き、後方のラムセスの本営を睨みつけるのであった。