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王国の秘密  作者: ヒエログリフ
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奇策

 

   一月ほど経った、ある日の事。 突然、カーメフ様が供も連れず、唯お一人で来訪された。


「セテム、これから大変重要な話をいたすから、心して、しっかりと聞くのだぞ」 「へー、承知いたしました。 大切な御主人様」

  「現在我が国は、北方の大国ヒッタイトと厳しい対立関係にある。 もはや存亡をかけた対決は避けられない情勢なのだ。  ナー二、野蛮なヒッタイトなど、神々に愛でられし我がエジプトの敵ではない、蹴散らしてやるまでだ。 ところが大変困った問題があるのだ」 「へー、何でございましょう?」  「口にするのも恐れ多い尊き御身分の方の事なのだが。 その方は戦を厭われる。 何故か大変に厭われる。 有態に言えば臆病なのだ、酷く臆病なのだ。 愚かな方ではないのだが、残念ながら酷い臆病者だ。 戦の指揮はどうせ我等軍人がとるのだからかまわないのだが、その方は軍の総司令官の立場にあるのだ。 兵士達の士気を考慮すると決戦の時には、その方に軍の本営にいて頂かねばならないのだ。 それは確実に勝利する為の、必須の条件なのだ。  ところがその方は、酷く怯えてしまい、出陣をどうしても嫌がるのだ」  「へー、それはお困りで」  「そこである策を考案したのだ、驚くべき奇策だ。  これから話す事には困惑するであろうから、落ち着いて聞くのだぞ」  「へー、承知いたしました、何でございましょう?」

  「その方とお前は如何したことか、姿形がとても似ているのだ。 背丈、身体つき、年ごろはもとより。  顔形、声、雰囲気、不思議な程似ている。 どうしてあれ程尊い御身分の方と、奴隷のお前などがこれ程類似しているのか合点はいかぬのだが、驚くほど似ている」 「?」  「そこで考えたのだ、戦の時お前が身代わりとして、本営にいるようにしては?  あの方の、装束、鎧を身に着ければ、誰も気ずく事はない」    「何をおっしゃるので?  そのような恐ろしき事、とても務まりませぬ! どうかお許しを!」

   「怯える必要はない。 お前の身の安全は保障する。  それに策が成就した後には、奴隷から解放し、望むだけ褒美を与えてやるぞ。 奴隷のままでは惨めな生涯があるだけだ。 女も抱けるようになるぞ。 やってみろ、恐れることなどない。 わしに任せるのだ、悪いようにはしない」 「でも、そのような異様な事、恐ろしゅうにござります。 私は哀れな奴隷でございます」


   奴隷が主人に逆らうなど出来ぬ事、セテムはカーメフの企みに次第に引き込まれていくのであった。


  「でな、さらに驚くであろうが、その尊いお方と言うのは、実はな、ファラオなのだ。 このテーベの王宮におわします、あのラムセス二世様御本人様なのだ」

   「エ? ファラオ! 尊きオシリスの御子、ファラオ! ファラオの身代わり! まさか? そのような恐ろしき事、卑しき奴隷の俺に出来るわけがございません」 「お前とファラオは生まれと育ちこそ雲泥の差であるが、どうしたこと事か姿かたちは瓜二つだ。 ファラオの姿をして、本営に立てば、誰もが疑う事はない」

  「でも、もしばれてしまったらどうなるのです?」  「そうだな。 もし企みが露見すれば、大変な罪だ。 わしも、お前も共に死罪であろうか?」

  「死罪! 恐ろしゅうにございます。 ご勘弁を! だいたい奴隷がファラオのふりをするなど、神々がお許しくださらないでしょう」     「安心しろ。 この事ファラオも御承知の上での企てなのだ。 大体あの方があまりに臆病なので、このような奇策を考えねばならなかったのだ。 エジプトの兵は神と崇めるファラオの在、不在で士気がまるで違うのだ。 ファラオを神と崇めるエジプト兵は、ファラオの命とあらば文字どうり命がけで戦う。 ヒッタイトに勝つためには、どうしてもこの奇策が必要なのだ。 やるのだ、エジプトの為に!  奴隷であってもお前も男であろう、戦場に立つのだ!  ファラオの姿をした、屈強な兵士として!」


  奴隷として生まれ育ったセテムには、主人に逆らう習慣も気力もない。

  この怪奇な策に、彼は引きずり込まれてしまうのであった。


  この後の驚くべき運命の変遷を、奴隷の若者はまだ知る由もない。




  カルナック神殿、ルクソール神殿に隣接する位置に、ラムセス二世の巨大な王宮は聳え立つ。 その中心に位置する、ファラオ閲見の大広間。



  一段高い位置に、アメン神像、セト神像を従える位置に黄金の玉座があり、上エジプト・下エジプトを象徴する二重冠を戴冠された、正に生ける神の如き御姿のファラオ、ラムセス二世様が鎮座されている。

  下の平土間には、上エジプト宰相ネフェルレンプト、アメン神官長、バクエンコンス、等々の重臣達。  カーメフ将軍、メンスラー将軍等、七名の軍人達が控え、ヒッタイトとの軍事対決を巡る、重要会議が開かれている。 


  軍人達からファラオの親征が要請され、激しい議論の末ファラオの決済により、親征が決定される。 ファラオ不在中の祭祀の名代には、王妃ネフェルタリ様が、指名される。


  会議の間中、ファラオは玉座で威厳を示し、時々頷かれるだけで、殆ど発言されることもなく、軍事の問題に関心がないと言う噂どうりのお姿であった。


  会議の終了時、ファラオが静かに口を開かれ「カーメフ将軍、問いたい事がある、そちだけ残るがよい」


  カーメフ将軍は衛兵より再度身体検査を受け、武器不携帯が確認される。

  これは、ファラオとの単独閲見の際の決まり事である。

  「カーメフ、ちこう寄れ」

  「ハ、ハハー」カーメフは玉座の下の位置により、ファラオの足の下に控える。

  「カーメフ、策は整ったのか?」

  「万事怠りなく、準備整いました」

  「そうか。 では余は戦場に立たなくてよいのだな?」ファラオは少々不安そうな表情を浮かべる。

  「ご安心下さい。 全てお任せを。 奇策は完璧に整えました」

  「そうか。 それでは任せるとしよう。 戦下手の余が、こわごわ戦場にたつより得策かもしれぬな。  二人で長々話すのも不自然かもしれぬ。 もう下がってよい。 ご苦労である」

   カーメフは床に頭を垂れ、儀礼を済ませ退出しようとするその時、ファラオは問いを発する。 「その者は何という名だ?」 「身分卑しき者、名など申すのは恐れ多き事かと」 「そうか、余の代理を務める者は、身分卑しき者なのか」 「申し上げ難い事なのですが、その者奴隷にございます。 奴隷のセテムにございます」 「なんと、余の代理を務める者は奴隷なのか。 奴隷のセテムか」とファラオは不思議そうに呟かれる。



   一人になった黄金の玉座のラムセス様は、手にされる聖なる錫杖を見つめ、溜息をつかれるのであった。  この日、ラムセス様が即位されて四年になる。

 

   この後の驚くべき運命の変遷をラムセスはまだ知る由もない。









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