訓練
カーメフ様の家臣に連れられ、アメン大神殿(カルナック神殿)の傍の小さな家屋に移る。
まず、水浴が命じられ、新しい衣服が与えられる。 生まれてからずっと、粗末なシェンティを腰に巻くだけで過ごしてきた俺に、家臣が着る様なカラシリスが与えられる。 嬉しくはあるが、不思議な気持ちだ。
それから年配の学識のある方から、話し方や姿勢、振る舞いを正される。
何の説明もしてくれないが、貴族や上流階級の真似をさせたい様だ。
ヒエログリフ、ヒエラティックの読み書きは、褒めてもらえた。書記奴隷なんだから当然だが。
カルト-シュと言う物を画かされた。 カルトーシュとは、王族の方々がされる、神聖なサインのはずだが? 奴隷の俺にはそれこそ無関係の世界だが?
別の方からは、軍の組織とか、戦時の儀式とか、戦いの際の神への祈りとか、沢山教えられた。 訳を聞く事は禁じられているので、素直に従い覚えるしかない。 理由がわからず、不安ではあるが、単調な奴隷の暮らしからは逃れられて楽しさも覚える。 しかし俺をどうしようというのだろう? 訳が分からない。
青銅の剣の使い方を習った。 戦車の乗り方も習った。 御者が操る、戦車の上で短槍や剣を扱う事もやらされた。 俺を兵隊にしようというのだろうか? でもそれなら、奴隷の俺が戦車になど乗れる立場ではない。 戦闘の指揮も教えられた。
一度、鎧をつけ戦車で走っていると、いきなり転倒し、俺は投げ出された。 直ぐに、軍人らしい人が駆け寄り、助け起こしてくれ、「ファラオ、お怪我は?」と叫ぶ。 驚いて、無言でいると、彼は笑っている。 ファラオ? 何の事だろう?
神々の事、神殿の事、政治の事、宮殿の事、生活の習慣、軍人の事、廷臣達の事、神官の事、王家の方々の事、女官の事、後宮の事、様々な作法、・・・・。
食事は遥かに良いものが供された。 ただ作法が煩くて、散々叱られるのが煩わしかったが、次第慣れ覚えてきた。
ある時など、数人の女性に裸にされ、入浴させられ、豪華な衣装を着せられ、化粧までされた。 慣れない事で恥ずかしくはあるが、じっと我慢することを命じられている。
最後に奴隷の俺の頭に冠らしき物がつけられた? 冠の額の部分にはウアジェト(聖蛇)の象徴があった。 「もしや、ファラオはこういう冠をつけられるのでは?」と思わず問うが、返事はない。 何のためこんな事を?
話し方は全面的に変えろと命じられる。 自分の事は余、基本的に命令口調で話し、言葉に抑揚はつけず、ゆっくりと、神の様な雰囲気で話せ?
俺をどうしようというのだろう? 訳が分からぬが、奴隷は従うしかない。 訓練は続く。