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王国の秘密  作者: ヒエログリフ
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王家の谷

      灼熱の太陽は衰え、ナイルの大いなる氾濫は収まり、ペレトの季節が到来していた。

      ターアべトの月、第三日。 王宮前の広場は千名を超える、廷臣・神官達で埋め尽くされていた。  やがて、数十の者に担われた輿が女官に囲まれ宮殿より出御して来る。  輿の上には、生き̪た神であらせられるファラオと王妃様の聖なる御姿が見られる。

      輿を中心とした行列は、アメン大神殿、副神殿の間を通過し、ナイル河畔に到着する。  数十隻もの渡し船でナイル西岸に渡り、大行列は荒涼とした地へと整然と歩みを進める。  やがて、真新しき荘厳な神殿が姿を現す。  ここはオシリス神の治める聖なる場所、アビュドスなのである。

      この偉大なる神殿はセティー・メルエンプハタ・メンマアトラー様を奉る葬祭殿である。    現ファラオ、ラムセス様の父上、先代のファラオ・セティー様に他ならない。  誠に、神聖にして犯すことの許されぬ大いなる聖地なのである。 何人も不遜な言動は絶対に、許されない。 セティー様の天上への旅立ちを妨げる事は何人にも許されないのである。


      全ての廷臣、神官は葬祭殿の門前で地に伏せ、偉大なファラオ・セティー様のお姿を偲ぶのであった。  その間を抜け、ファラオと王妃様を乗せた輿は巨大な両塔門の間から葬祭殿に入られていく。  地位の高い、廷臣、神官のみがその後に従う事が許されるのだ。 美麗な庭苑を抜け、荘厳な空間を通過し、輿は神殿の最奥に進み、至聖所にいたる。  プハタ神、ラー神、アメン神、オシリス神、イシス女神、ホルス神の六大神が奉られ、その中心にはまさに至上の神となれれた、セティー様が奉られている。


      ファラオと王妃様は輿を降りられ、七大神の前で膝を突かれ、頭を垂れ、静かに祈られる。  その後方では、他の者達が恭しく地に伏せている。      エジプトの者達は全て、地位高き者も、民なる者も、天上の神と成られたファラオを崇め、至上の崇拝を捧げるのであった。


      至聖所の傍らに大いなる碑文が造営されている。  初代ファラオ、ネメス王に始まり、74代ラムセス一世様、75代セティー様、最後に現ファラオ・ラムセス二世様、歴代のファラオ達が居並ぶのであった。  歴代のファラオ達の聖なるカルトゥーシュが刻印されている。  現ファラオ・ラムセス様のカルトーシュは真新しく光り輝き、栄光に満ち溢れている。 ラムセス様は生きながら、神となろうとしている。


      さりながら、神々に反逆し廃されたファラオ達、異端の憎むべきファラオ、こうした悪しき者数名は完全に排除されている。 ファラオの称号を剥奪された、呪われ̪し者達なのである。 汚れた者達の名を口にすることは永遠に禁じられている。 アマルナ、アフエンアテン、ツタンカーテン、等々、汚れた名を口にするだけで、厳罰に処される事定められている。      そうした者達は、聖なるエジプトの歴史から完全に抹殺されたのだ。 神々はこうした者達を、永久に許すことはない。 穢れし者たちなり。



      行列はさらに進み、イアフメス様、アメンヘテプ一世様、トトメス一世様、アメンヘテプ二世様、トトメス三世様、トトメス四世様、アメンヘテプ三世様、ホルエムへブ様、ラムセス一世様、セティー様、歴代の偉大なるファラオ達が眠る聖なる地に至るのであった。  この地は通常、屈強な千名の兵士により厳重に警護され、何人も立ち入ることは許されない。 歴代のファラオの聖なる眠りを妨げる不届き者には、必ず死が与えられ、遺骸は炎に焼き尽くされる定めなのだ。 只の一人たりとも、この聖なる地に足を踏み入れ、生きて出たものはいない。 ファラオの聖なる眠りは、究極の聖なる事象なのである。





      ファラオは王妃様と、十三名の神官だけを伴い、セティー様の深き深き尊き墓所を下っていかれる。  篝火に照らされた、長い長い階段を下り、セティー様が聖なる眠りにつかれている玄室の前に至る。

      ファラオは改めて二重冠を戴冠され、服装を整えられる。  王妃様と、七名の高位の神官だけを伴い入室される。  玄室の天井には、星界の図が描写され、壁面には天界への河を遡上するアム・デゥアトの書が詳細に描かれている。  この厳粛なる雰囲気はこの世のものとは思えない。    

      玄室の中央の位置、星界の真下にセティー様の聖なる棺が安置されている。  ファラオは膝を突かれ、亡き父君に祈り、語りかけるのであった。     「大いなる、父なるファラオ。 偉大なるファラオよ! あなたの命に従い、私はカデシュの地にては仇敵ヒッタイトを打ち果たしました。  お喜び下さい」 若きファラオは戦勝の報告を、亡き父の眠る棺に静かに捧げるのであった。

     

      ファラオの声が止むと、再び玄室は大いなる深淵の沈黙に支配されるのであった。



    


      静寂の中、セテムの耳に微かな誰のものとも分からない声が響き始め、次第に大きく明瞭になってくるのが感じられた。 やがてその声は夢の中で何回か聞いた覚えのある声に変貌していくのであった。  『ラムセスよ! ラムセスよ! 我が子息ラムセスよ! 我が妻トゥーヤが産み̪しラムセスよ!   汝は強きファラオであらねばならぬ! 弱き者である事は絶体に許されない! 余は許さない!  幼子であったお前は逞しく成長し、強靭なる戦士となった。  汝は恐怖の敵に打ちかかり、見事討ち果たした。 正に強者なり、あっぱれなる強者なり!  汝はもはや、余の息子なり、真実の後継者なり。  余の王朝は、汝の子孫が継承すべし。 王妃との間に必ず我が子孫を儲けよ。 それが余の意思であり、命令である。  汝はこの命に従わねばならぬ!   これは、王朝の宿命なり・・・・・』




      巨大な棺の前で祈られていたファラオは、何かに驚かれたかの様に、急にお体を動かされ、小刻みに震えられているかの様に見えた。  

      「ファラオ、如何されました?」それに気が付いた、王妃ネフェルタリ様が少々不安な表情を浮かべられ、ファラオの御手をとられた。   

      「いや、なんでもない。 大丈夫だ、気にするでない。   ・・・・実はだな、如何したことか・・・・・今、余の耳に先のファラオの御声が聞こえたのだ。 それで少々驚いているのだ」      「エー!  セティー様の御声がでございますか?  わたくしには何も聞こえませんでした。 どうしてかしら? ファラオだけが?  わたくしも、お声が聞こえれば良かったのに。 父上様、伯父上様、実の御子様にしか、お声をかけて下さらないのかしら?」

      

      ネフェルタリ様は十歳のおり、セティー様の後宮に入られ、御側室様に成られたのである。 そして十四歳の時に後宮を一度離れ、ラムセス様と婚姻され、正妃になられたのである。  つまりネフェルタリ様は、幼き時にセティ―様の側室であった時期があったのだ。


     「それで、父上様は何とおしゃったのでございますか?」  「戦の勝利の事、褒めてくれた。  大いに祝福してくれた。  それからお前との間に子を儲けよとも、言っていた」  「それは宜しゅうございました」王妃は笑みを浮かべられ、跪き、ファラオの御手に接吻した。


      セテムは心内で動揺し、動悸は乱れ、冷や汗が滲む思いであった。

      『奴隷である俺が、ファラオとして先代ファラオの棺の前にいるのだ。 偽物ファラオの俺がいる、何と恐ろしき事か!』セテムは心の内で怯えるのであった。  が、先ほどのセティーの言葉を思い出し、僅かな自信と誇り、矜持が身の内より湧き出すのであった。  『セティーは俺の事を認めてくれるのだろうか?  奴隷の俺を、簒奪者の俺を、偽物の俺を! 俺の正体が分かっているのだろうか? 俺の血が王朝に継承されて構わないのだろうか?』


      ファラオは王妃の背に腕を回し、かすかに声で囁く、「今宵もそちの部屋に参る。  よいな」  王妃様は嬉しそうに、微かに頷かれる。


      墳墓の長い長い斜路を、神官達を従え、王妃を庇いながら、セテムは昇って行く。  ファラオとして巨大な墳墓に葬られる恐怖を覚えながらも、美しい絵画に彩られた斜路を昇って行く。



      やがて、出口の手前まで来ると立ち止まり、ファラオの杓丈を手に気持ちを整え、セテムは王妃を従え、太陽の白日の下に立つ。  そこは、聖なるファラオに拝礼する者達で埋め尽くされていた。 セテムは表情を動かさず、杓丈で僅かに返答するのみであった。 セテムをファラオと思い込む者達にとり、ラムセス二世は究極の崇拝の対象に成ろうとしていた。 セテムは神と成ろうとしていたのだ。

     



      ラムセス一世とセティーの墓にほど近い場所で、数百の土工により巨大な斜坑の掘削が進められている。 すでに一部では、装飾士による作業が始められている。  セティーの墳墓よりさらに巨大で、豪華な墳墓が造営されようとしていた。  多くの者達の、限りない情熱と辛苦のもと、ラムセス二世の墳墓は造られようとしている。  奴隷の若者の来世の為に。

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