終
相性は良かったんだけど、元々のこの体が弱かったみたい。
手術が成功して一安心していたら、生きられるのはせいぜい1年とちょっとって言われた。
その事をあいつに言う気は無かったけど、あいつはしつこい男だから言ってしまった。
そしたらあいつは務めて冷静に言ったんだ。
「また代わりを探せばいい。」
そんな簡単に見つかるものじゃない。それはお互い分かってた。
代わりなんて見つからない。
そう考えてた私は医者に言われた1年とちょっとをどう生きようか悩んだ。
まず、彼に恩返しをしよう。
朝、あいつを起こして朝食を作ろう。その為に料理を勉強しよう。
ご飯を食べ終えたら、あいつと一緒にDVDを借りに行こう。
何を借りようかなってお互いに悩みながら、絶対面白くないだろうホラー映画を数本借りて、私がいれたインスタントコーヒーを飲みながら映画の感想を言い合いながら観よう。
その映画はやっぱりつまらなくて、それでも楽しい時間だったと噛み締めながらお昼を迎えよう。
ちょっとお高いレストランには行かないで、私の下手くそな料理を振る舞おう。
料理なんてした事ない私を知ってるあいつは手伝ってくれて、できた料理も美味しいと言って食べてくれるだろう。
それから二人でソファに座り寛いで、昔話をしよう。
私がまだ男だったあの頃の話を。
『俺』の体はとても弱かった。
生まれつき病弱だった俺は成人式を迎える前に病で倒れた。
体が弱ければ心も弱くなるもので、どうせすぐに死ぬだろうと思ってたから人との接触は極力避けて生きてきた。
そんな俺にもたった一人だけ友達がいた。
そいつは俺と違って健康で頭も良くて友達も多い。
人との接触を避けてきた俺とは違って、あいつは積極的に接触していくタイプみたいで、あいつの周りはいつも明るく見えた。
あいつは幼馴染みだったんだ。
何の取得もない俺とは正反対の幼馴染み。
家が隣同士ってだけでよく遊ぶ仲になった。
基本的にはあいつが俺の家に来て、流行りのゲームや漫画なんかを持ってきて遊んだ。
家から出る事が少なくなってきても、あいつはしつこいくらいに遊びに来た。
病院に入院する事になっても、あいつは毎日お見舞いに来た。
つらくて苦しくてどうしようもない時にも、あいつは来た。
だから聞いてみたんだ。どうしてここまでしてくれるのかって。
俺なんて放っておいて、お前はお前のやりたい事をやればいいって。
そしたらあいつはきょとんとした表情で俺を見て言ったんだ。
「お前が迷惑だって言うまで俺は会いに来るよ。 お前と話してる時が一番楽しいしな」
俺とは正反対の幼馴染み。
明るくて、真面目で、健康なこいつは、どうしようもない馬鹿だったんだ。
それから暫くして、もうあまり長くはないと医者に言われた。
せめて最後の瞬間くらいは自由に生きたいと思って退院した。
あいつには全て話したよ。馬鹿みたいに涙を流してた。
俺のために泣いてくれるやつがいるんだなって思ったら俺自身も泣いてた。
病室で二人して泣くもんだからきっと迷惑だったろう。
その後は思い描いてた通り、自由に生きたよ。
と言ってもやる事は変わらなかった。
自分の部屋で起きて、あいつが持ってきたゲームで遊んで、母親が作ってくれたご飯を食べて、仕事から帰ってきた父親を巻き込んで騒いで、話して、笑って。
気付いたら、病院のベッドの上だった。
もうその頃には体もあまり思い通りに動かなくて。
それだから、とてもよく晴れた日は車椅子に乗ってあいつに押してもらいながら屋上に行ったりした。
その病院の屋上には、2人くらいが座れるベンチがあるんだ。
気分転換する為にここに来て、真っ青な空を見ていると気分が良くなる気がした。
ガラスの向こう側には俺が住んでる街が見下ろせて、まあだから何だって話なんだけど。
そこであいつと一緒にぼーっとしているのが、一番の幸せだった。
出来ることなら、このままこいつと一緒に生きたい。
楽しいこともつらいことも、こいつがいれば乗り越えられる気がする。
だけど俺にはそんな時間は存在しない。
その日の夕方。まだ完全に陽が沈む前のこと。
楽しかった時間は、終わりを告げた。
「ちょっと前まではね、君が私の代わりになればいいと思ってた。こいつは君の事を嫌ってないし、君もこいつのことを好いてるみたいだし。だけど、見つけちゃったんだよね」
この人は、何を言ってるのでしょうか。
代わりに死ねってどういうこと?
私の頭は思考を停止していました。
救いを求めて彼を見ると、恐ろしいほどに優しい表情で彼女を見ていました。
このふたりは、そういう関係以上の何かで繋がれていたのです。
「い、意味が分かりません。私が死んでもあなたの寿命が延びるわけじゃ」
「延びるよ」
その言葉は、彼の口から出ました。
「君の体、凄く健康的だよね。それなのにずっと入院してる。どうしてだと思う?」
「何を、私は検査で異常が出てるから入院しています」
「その通り。君はずっと異常が出てる。その為の治療も受けてる。でも、本当に?」
その時、2人を取り囲む雰囲気がガラリと変わるのを肌で感じました。
何とも言い難い恐怖で知らないうちに鳥肌が立ち、冷や汗が出てきました。
「どこに異常が出てるか聞いたことはある?その理由も分かる?君がいま投与してる薬の種類は?君の両親も見かけないけど、どこにいるのか知ってる?」
あんなにも優しそうな彼はもうどこにもいませんでした。
「実はね、君の体と俺って相性がピッタリなんだ。 この体も良かったんだけど、それ以上に可能性があるみたい。 もしかしたら、何年も生きられるかもしれないんだ」
「だから、何を言ってるのかわかりません。 相性って何なんですか」
数秒の沈黙の後に、彼女は言いました。
「俺の脳と君の体の相性だよ」
思えばあの日、私は本当に彼の事が好きだったんだと思います。
好きで好きで大好きで、だけどどこが好きなのか分かりませんでした。
顔でしょうか、雰囲気でしょうか、そのどちらもでしょうか。
ええ、分かりません。何もわかりません。
私には私の気持ちが分かりません。
ただ一つだけ分かることがあります。
私は幸せでした。
大好きな彼と話せたことは、ほんの少しの時間でしたが人生で最も楽しかったと言えます。
だって、一方的に想っていた相手と話す事が出来たのです。
ずっと影で見ているだけだった1ヶ月と少しの空白が実を結んだのです。
これが幸せでなくて何と言うでしょうか。
私にはそれ以上の幸せなど勿体ない。
私にはそのくらいがちょうどいい。
私には。
「なずな」
その声にハッとして振り向くと、大好きな彼がいました。
「ここにいたのか。探したよ」
よいしょ、と掛け声を出しながら私の隣に座り、自然な手つきで私の右手を握ってくれました。
「退院の手続き終わったよ。早く帰ろう」
「うん、そうだね。だけど、もう少しだけこうしていたい。だめかな」
わざとらしくそう言うと、彼は何も言わず私の右手を握る力を強めました。
時刻は午後7時。
真っ黒な夜空に星が散りばめられ、冷めた空気が風となりサーっと私達を通り抜けていく。
病院の屋上には私達しかいなくて、冷めた体を暖める為にそっと彼に寄り添った。
「あ、そうだ。 ねえ、ちょっと立ってみて」
「ん?いいけど」
こいつと私の身長差は以前より開いてた。
まあ、それが良いんだけど。
私もまたベンチの上に立って、こいつに抱き着いた。
「とう!」
「うお、びっくりした。あ、ちょっと軽くなったか?」
「よく分かったね。 少しだけ軽くなったよ。まあ誤差の範囲だけど。」
「へぇ。因みにどれくらい減ったの?」
彼は笑顔でそう聞くから。
私は満面の笑みで答えた。
「だいたい21グラムかな」
終わり。




