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また会おう

 どうしようもなく赤ん坊だった。

 植物の色の柔らかい肌着、暖かい毛布、ミルクの匂い。

 ぼんやりした頭と不自由な手足で母の乳房を探す。


「※※※、※※※?」


 母の声色にホッとして目を閉じる。

 意識がゆっくりと遠のき、静かな眠りに落ちていった。



 フッと体が重くなる。



「おじいちゃん」


 レミリア……?

 一瞬そう呼びかけそうになり、苦笑いをする。

 レミリアはもう、5年前に逝ったじゃないか。


 可愛い孫に笑いかける。


「レイ。ずっとここにいたのかい?」

「ん……おじいちゃん、最近寝てばっかり」

「きっと、そろそろなんだよ」

「?」


 俺はレイの頭を撫でる。

 つい長い耳に手が伸びそうになり、引っ込める。


「あ、おじいちゃんエッチ」

「ははは、ごめんごめん」

「耳長人の耳は、おっぱいと同じくらい敏感なんだから気をつけてよね。触っていいのはソランだけなんだから」


 そう言って、俺のことをジト目で見る。

 本当、おばあちゃんそっくりに育ったな。


 レミリアと結婚したのは、そうだ、16の時だった。

 あの時は新王都の構築で大忙しの最中だったから、準備にずいぶん苦労したっけ。ちょうど、こんなジト目で見られながら準備したのを今でも覚えている。

 綺麗だったなぁ、純白のドレス。


「ねぇ、おじいちゃん」

「どうした?」

「機族の話を聞かせてよ」


 第9の種族、機族。

 魔道具で作られた、人工知能で思考する種族だ。もとはただの魔道具としてしか見られていなかった。だけど、神殿の基準に照らし合わせた結果、立派な種族の一つとして数えられることになった。

 伝説になった始祖クマタンをはじめ、多くの者が各種族の幼子の面倒を見て過ごしている。


「そこで、どうしてぬいぐるみが喋るの?ってな」

「うふふ。ぬいぐるみだもん、そりゃ喋るよね」

「なぁ。喋れるなら喋った方がいいに決まってるだろ」

「おばあちゃん、意外と天然だったんだね」


 笑いながら、穏やかな時間が過ぎていく。


「そう言えば、昨日は月に行ったんだろう」

「うん。みんなで兎獣族の格好して餅つき大会したよ」

「ははは、相変わらずだな。魔王はどうだ?」

「慣れない感じ。オドオドしてた」


 継いだばかりだもんな。

 魔族が月に暮らし始めて四代目になるか。


 マイクロユニットを使って衝動的な行動を制御できるようになってから、魔族はかなり生きやすくなったみたいだ。行き過ぎた行動をしてしまうことには自分たちでも困っていたらしい。

 感情の薄い機族とはなぜか馬が合うみたいで、お互いにいい影響を与えあっている。冥族を超える面倒くさがりだけど、本当にみんな面白い。息をするように魔法を使うから、研究でも大活躍している。


「そうだ、その時の写真がね」


 彼女は異空間鞄(イベントリ)から写真を取り出す。

 そこには、各種族が入り混じって仲良さそうに肩を組んでいた。彼女の愉快なエピソードを聞く。


「それは楽しかっただろうねぇ」

「ふふ。おじいちゃんとこんなに話したの、久しぶり」


 レイはカードを見て、もうこんな時間、と言った。

 このあと何か用事でもあるのだろうか。


「忙しいのか?」

「うん。これから打ち上げなの」

「ほう、何を打ち上げるんだい」

「私の作った歴史観測宇宙船(タイムスコープ)をね」


 歴史観測宇宙船(タイムスコープ)か。

 たしか、レイの作ったすごい発明品だったな。


 原理は簡単だ。

 まず、時空間の歪みを作る。

 600光年離れた地点にワープする。

 そこからこの星を見ると、600年前の光が届く……つまり、過去のこの星の光景を見ることができるということだ。


「この星の全方位に向けて、1728機の観測船を放つわ」

「ほう、観測期間は?」

「光速の60倍でこの星に戻ってくるから、ざっと10年後には観測結果が揃うと思うよ」

「そりゃあ、楽しみだね」

「ん……」


 レイは俺の手をギュッと握る。


 観測結果、おじいちゃんも一緒に見ようね。

 その言葉に、俺は黙って彼女の頭を撫でる。


 レイは勢いよく立ち上がる。

 そして、いたずらっぽい目を俺に向けた。

 ミラ姉さんにも少し似てるな。


「へへへ、おじいちゃんがおばあちゃんのお尻を追いかけて、国中を駆け回った時の様子もバッチリ観測しちゃうんだから」


 そう言うと、元気よく飛び出していった。

 観測、上手くいくといいな。


 俺は自分の体に目を向ける。

 シワの刻まれた両腕には数本の管がつながり、胸から下は医療カプセルに覆われていた。生命維持モニタは正常を表すグリーンだ。


「アルファ、長いこと寝ていたのか?」

『3日ぶりの起床です、マスター』

「そうか。これは、そろそろお迎えも近いかな」

『弱気にならないでください』

「ここまできたら、気持ちの問題じゃないさ」


 2度目の人生。

 周囲に恵まれた幸せな人生だったな。

 良い者ばかりに巡り合ったものだ。


 ずっと考えていたことがある。


 この世界の全員が転生者である。ただ記憶の引き継ぎにランダム性があるのみ。転生者は選ばれし者だなんて考え方より、そっちの方が筋がいいだろう。

 だとすると……。


「人工知能も転生するのかな」

『……記憶をデータ化すれば近い状態になるでしょうが、そもそも我々は作られた存在ですから』

「あはは、そうは言うけど、君たちの性格までは誰にも作れないだろう? 初回起動時の揺らぎは観測してみるまで誰にも分からない。ひょっとしたらさ」


 アルファは、そうだといいですね、とだけ言う。

 気のない返事だけど、前の世界では君によく似た人工知能にずいぶんとお世話になったからね。

 もしかしたら、なんて思うのは自由だろう。


 ビー、ビー、ビー。

 生命維持モニタの警告音が聞こえる。

 少しずつ意識が遠のいていく。


「いい人生だった。また会おう、親友」

『……おやすみなさい、マスター』






 柔らかい布に包まれる感覚で覚醒した。

 次は、どんな世界が待っているのだろうか。

たくさんの応援をありがとうございます。

感想や評価ポイントなどをたくさん頂き、毎日の励みにしておりました。暖かい応援や小ネタ、鋭いご意見、深い知識、ドキッとする先読みなど、日々皆様から活力を頂いて本当に感謝しています。


ありがとうございました。



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― 新着の感想 ―
[良い点] 面白かった! いいSFでした!
[一言] 素晴らしい作品でした。 チートものの小説をいくつか読んできましたが、これほどまでに爽やかに、軽やかに、穏やかに、あたたかい作品はありませんでした。 こんな小説を書いて下さりありがとうございま…
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