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可能な範囲で手を伸ばしたい

 新しい春が始まった。

 南の海上医療都市メングラッドアイルは、国内外から観光客が集まり大きな賑わいを見せている。俺とレミリアはバルコニーからその都市を見下ろしていた。


 街はお祝いムード一色だ。

 中級貴族家当主であり、第六王子であり、医聖とも呼ばれるようになった領主ノヴァ・マクシモ。長らく冷遇されていた王子のもとに、言わずと知れた魔道具作りの名家から、綺麗なご令嬢が嫁ぎに来るのだ。

 ミラ姉さんは去年の夏あたりからこの街で暮らしていたから、二人の仲睦まじい様子は全ての住民の知るところになっていた。


 結婚式を明日に控え、俺たち家族はみんなでメングラッドアイルの迎賓館に滞在していた。

 それにしても。


「結婚式、間に合ってよかったよ」

「うん……。戦争、大変だったもんね」


 帝国の皇帝が白旗を上げるまでは良かったんだけど、そのあとはもうしっちゃかめっちゃかだったのだ。

 各皇子を旗頭に帝国が分裂したり、鬼族国などの滅ぼされた国が再興を宣言したり。旧帝国住民の間にも落ち着かない雰囲気が漂い、治安も徐々に悪化していった。


 そんな中、乗り込んできたのは竜族国の兵士たちだった。

 竜族国の国主は誇りにかけてこの状況を整理すると宣言した。もちろん俺たちもいろいろするけれど、大きな流れとしてはいずれ落ち着いていくとは思う。


 基本的にはみんな話し合いでなんとかしようとしていて、戦争を起こす気はなさそうだしね。

 神の槍(グングニル)が抑止力になってくれてるといいなぁ。



 国々の混乱の中で多くの難民が出たけど、そこはアンジェラが本当にうまいこと受け入れてくれた。

 実は、戦争の話を耳にしてから、彼女はホーリーライアーのすぐ近くに難民受入用の新しい町をいくつか作っていたのだとか。ちょうどマザーメイラと港町リビラーエのような関係で、ホーリーライアーと各町との間は地下鉄道で繋がっている。住民同士の軋轢も今のところは目立たないようだから、このままゆっくり落ち着いていけばいいな。


 魔族の件を片付けたら、しばらくは国外を飛び回ることになるかな。ルーホ先生経由で竜族国にも招かれているし、来年あたりには鬼族国をはじめとする旧帝国領の各所で都市開発をするつもりだし……。


「リカルド。その前に国内のことも考えないと。四都市以外から突き上げが来てる件……そろそろまずいって聞いたけど」

「あ……そうだったね。父さんもタイゲルさんもゲッソリしているし。いっそ、町作りに必要なモノをセット販売でもしようか」


 今後のことをいろいろと相談しつつ、二人で領主館へ向かう。



 顔見知りの警備兵に挨拶をして、診察室へ。

 そこには、結婚式前日でも変わらない様子のノヴァ兄さんとミラ姉さんがいた。

 診察台には、見覚えのある姿。


「ルーホ先生……」

「リカルドか。直接会うのは久しぶりだな」


 ルーホ先生の左腕には、金属と樹脂でできた人工の腕──試作魔導義手が装着されていた。

 帝国への対処をしている間に、俺のアイデアからミラ姉さんが開発を進めてくれていたんだ。試作機だけど、安全性はノヴァ兄さんのお墨付きだ。


「まだぎこちないが、腕が戻ったようだよ」


 そう言って笑うルーホ先生。

 脳内人工知能のために神経回路網のモデリングを進めていたのがこんなところで役立つとは。まぁ、反応速度や動作精度など課題はまだまだあるんだけど。姉さんと一緒に改良を続けていくつもりだ。


「どれ、リカルド。隣のフィアンセを紹介してくれ」

「はい。彼女はレミリア・ジルフロスト。俺と同じ11歳で、東の魔法貴族の出身です」

「うむ。可愛い子じゃないか。まだ先の予定だろうが、式には必ず呼べ。何があっても駆けつける」


 そう言うと、左手の義手を伸ばして俺の頭を撫でる。

 あの頃と変わらない、優しい手つきだった。



 しばらく雑談をしていると、ノヴァ兄さんに個別に呼び出された。みんなをその場に残し、小さな診察室へと向かう。


 二人で椅子に腰掛ける。

 兄さんは机の上から何かの資料を手に取った。


「話がある……レミリアのことだ」


 ノヴァ兄さんを見る。彼女のことで、何か兄さんが気にすることはあっただろうか。


「僕も魔法使いだ。魔法の知識を司る魔法人格は、当然ながら僕の中にもいる。だから、レミリアのマスター人格のことがずっと気になっていたんだ」


 なるほど。それについては、ある程度のんびりでいいかな、とは思っていたんだけど。


「確認だが、彼女のクシャミが独特で可愛い、なんて前にノロケていただろう」

「うん。ノロケというか、単純な事実だけど」

「……まぁいいよ。彼女の兄のジェイドから聞いたんだ。彼女はずっと幼い頃から、あのクシャミの仕方をしていたらしい。彼の母である第一夫人がイライラしていたから、間違いないと言っていた」


 へぇ、そうなんだ。

 でもそれが何につながるというのだろう。


「以前、知り合いの魔法使いにお願いして、魔法人格に身体の制御を任せる実験をしたことがあるんだ。その時に偶然見つけた事実があってね」


 ノヴァ兄さんから紙束を受け取る。

 当時の研究資料らしい。

 資料に目を通す。


 背中に衝撃が走った。

 これは……。


「マスター人格と魔法人格では……クシャミの仕方が異なる……」

「そうだ。あれは生理的な反応に絶妙な割合で理性の制御が入る。別の人格が体を制御しても、同じにはならないんだよ。今のレミリアが幼い頃と同じクシャミをしているのだとしたら……彼女は間違いなくマスター人格だ」


 レミリアが魔法人格じゃない……?

 でも彼女は、器用に魔法を使っていた。


「はじめは、本当にマスター人格が閉ざされていたのだと思う。だけど君と過ごす中で、少しずつ目覚めてきたのではないかな。しかも、元通りの分裂した状態ではなく、人格が統合された形でね」


 そんなこと、ありえるのだろうか。

 別々だった人格がひとつになるだなんて。


「稀にあることだよ……人格統合という現象だ。レミリア自身が未自覚な点を踏まえると、まだ不完全な目覚めなのだろう。ただ、マスター人格が心の底から願い続けなければ、こんなことはそうそう起きないさ。君と一緒に過ごしていきたいと、マスター人格も望んでいるんだよ。リカルド」


 兄さんはグッと背筋を伸ばし、ふぅと息を吐く。穏やかな笑みを浮かべた。


「リカルドのことだから、きっと……魔族のことも、救おうと思ってるんだろう」


 首を縦に振る。

 異界を偵察した結果、魔族たちがかなり苦しい生活をしていることが分かったんだ。特に食料が圧倒的に不足しているらしい。魔族語の解析が少しずつ進んできたから、あちらの魔王とコンタクトを取り始めているんだけれど。


 神託魔法使いに送られてきた、飢餓、破滅、異界封印のイメージ。それは、異界で飢える魔族たちを助けてほしいという必死の願いだったんだろう。

 あのメッセージを送ったのは、魔王だったのだ。


「だが、助ける義理はないんだろう。それに、分かっていると思うけど、なかなか共存は難しい存在だと思うよ。魔法を自在に操る、魔物と似たような種族……隣人として迎え入れるのは、政治の上でも実生活でもかなり厳しいものがある」

「うん。それでも救いたいんだ」


 もちろん、理想論だけじゃうまく行かない。あまりにも文化の違う難民を無策で受け入れるのは、元からいる住民にもかなりの負担を強いることになる。

 ただ、魔族の生活を知れば知るほど、面白い種族だと思うんだよね。苦しむ姿も見てしまったし、できればなんとかしてあげたいと思ってるんだ。大したことはできなくても、可能な範囲で手を伸ばしたい。


「分かった。まぁ、医学関連で必要なことがあれば、僕に話を振ってくれ」


 手伝ってくれるのか。

 なんて、今さら愚問だろう。




 よく晴れた春の日。

 海を一望できる領主館の庭で結婚式は執り行われた。


 ミラ姉さんのウェディングドレス姿は綺麗だった。


 父さんは泣くだろうなと思っていた。

 母さんがあんなに泣くのは初めて見た。


 グロン兄さんやマール姉さんは優しい目で。レミリアやフローラは憧れを込めた目で。みんなが様々な想いを込めて、二人の姿を目に焼き付けた。


 神官の説法が終わる。

 新郎は恥ずかしそうに新婦を横抱きにする。

 新婦は涙を拭い、新郎の頬にキスをした。


 新郎の赤い顔、新婦のいたずらっぽい目に会場が沸いた。

 みんなで二人に花びらを投げる。


 新郎はそのまま領主館に一歩踏み入る。

 その瞬間を持って、二人は夫婦になった。


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