一番良い表情をしていた
その冬、帝都は大きな盛り上がりを見せていた。
皇帝の巨大墳墓がついに完成したのだという。
今代の皇帝は大きな功績を残した。周辺国を次々と属国にして国民を潤したのだ。
先日などは目障りだった鬼族国の征服に成功し、ここ十数年停滞気味だった領地拡張が大幅に進んだ。鬼族の兵を用いれば、次は竜族国を落とせるだろう。竜族の兵を用いれば、次は王国を落とせるだろう。
建国以来の悲願である夢の統一大帝国が近づく。
皇帝を称えるための巨大な墳墓。
それは、夢の象徴だ。
多くの属国奴隷を投入し、完成に何年もかかった。
俺とレミリアはそれを遠目に眺める。
角度の緩やかなピラミッド型の墳墓だ。その周りには祭壇や守護神像が置かれ、荘厳な雰囲気を醸し出している。
場所は帝都のすぐ北西だから、帝都に住んでいる人からはよく見えることだろう。
「記念式典は明日、中は無人だよね」
「ん。人がいないのは確認済み」
「じゃあ、やっちゃおうか」
俺はレミリアと手を繋いで一般人を装いながら、アルファに指示を出す。
『座標確認。風速影響補正……完了』
「よし。神の槍、起動」
俺がそう告げてしばらく。
青い空、その超上空。
静かに落ちてきた、一本の棒。
轟音。
皇帝の墳墓が崩れ去る。
一瞬の出来事だった。
人工衛星が落としたのは、なんの変哲もない金属棒。だが、それで十分だった。棒の持つ膨大な運動エネルギーは、落下地点にて凄まじい破壊力を発揮する。これまでに見たどんな魔法よりも強烈だ。
みんなは呆気にとられた後、あまりの出来事に取り乱した。俺たちは周りの住民にあわせて慌てるフリしながら、宿へと戻っていく。
「アルファ、ビラ配りよろしくね」
『かしこまりました』
帝都中が騒然としていた。
何者かによる皇帝墳墓の崩壊。そして帝都中にバラまかれたビラのせいだ。
『これから七日間。
神の槍が降り注ぎ、帝国は終わるだろう。
一日目:皇帝の墓を破壊する。
二日目:帝都外壁を破壊する。
三日目:貴族街壁を破壊する。
四日目:八皇子の屋敷を破壊する。
五日目:皇帝の城を破壊する。
六日目:帝都中を破壊する。
七日目:皇帝の首を破壊する。
止める方法はただひとつ。
皇帝は侵略行為を止めると宣言すること』
馬鹿らしいと断じてしまうことはできない。昨日、目の前で墳墓が破壊されたのだから。
今日は帝都外壁が破壊されるらしい。そんな噂がめぐり、外壁からは住民が離れる。残ったのは、顔を青くして震える警備奴隷のみだ。
「リカルド、警備の人が残ってるけど」
「うん……アルファ、彼らを避けるのは可能?」
『はい。警備奴隷のいる箇所はあとから破壊します』
その日の昼頃。
帝都外壁に神の槍が降り注いだ。
警備奴隷は慌てて逃げていく。少し遅れて、彼らのいた警備門も崩壊した。
帝都は丸裸になった。そしてまた同じビラが撒かれる。皇帝はまだ沈黙していた。
俺とレミリアは宿で作戦を練る。
偵察ユニットの映像。
紛糾している貴族会議だ。
『逃げた警備奴隷は見せしめに処刑だ』
『それが……一人も見当たらんのです』
『警備の管轄は誰だ……!』
解決策もなく互いを罵り合うだけの会議。皇族・貴族たちの顔に焦りの色が浮かぶ。
そんな中、小太りの青年が現れた。
第二皇子の家臣、例の転生軍師だ。
彼はニヤリと笑いながら、指をひとつ立てる。
『敵の弱点は、奴隷です』
『奴隷……?』
『猛々しいことを言いながら、警備奴隷の命を惜しんで攻撃を躊躇したようです。とんだ甘ちゃんですよ……これを利用しない手はない』
翌日。
貴族街壁には、多くの奴隷が鎖で繋がれていた。
付近の住民は既に避難していて、貴族たちは遠くからその様子を眺めている。
『ははは、これで攻撃できまい』
『しかし軍師様。奴隷などの命を惜しんで攻撃できない者など、本当にいるのですか……?』
『あぁ。おそらく相手も転生者だろうよ』
俺たちは宿の窓から貴族街壁を見る。
鎖で固定され、絶望に顔を染める奴隷。
だが、しばらくして奴隷の動きに変化があった。
突然、なにやらキョロキョロとし始める。
彼らが軽く腕を引くと、縛っていた鎖が崩れた。解放された奴隷たちは急いで壁を離れて散る。
まあ、救助ユニットが鎖の一部をパンに変換しただけなんだけどね。
『な……奴隷が逃げていきます』
『なんだと、鎖は?』
『砕け散っているように見えます。仕込み鎖かと』
『くっ……内通者がいたか。調べろ』
『御意……』
次の瞬間。
貴族街壁に神の槍が降り注いだ。
帝都の中央部は風通しが良くなった。
見慣れたビラが帝都を舞った。
会議はまたもや紛糾した。
明日は皇子の屋敷が狙われる。
『逃げた奴隷は見つけたか』
『それが、一人も……』
『衛兵は何をしている、管轄は──』
軍師も唇を噛んでいる。内通者はいまだ影すら見えない。彼は貴族たちに指示を出す。
『屋敷に奴隷を詰め込み、周囲を兵士で固めろ。敵はご丁寧に標的を宣言してるんだ。思惑を外せばこちらの勝ちだ』
貴族たちは軍師に疑いの目を向ける。勝ったからなんだというのだ。そんな呟きが、各所からモゴモゴと聞こえてくる。
皇帝はいまだ沈黙を続けている。皇子たちは子飼いの貴族の屋敷に避難した。
鎖で繋がれた奴隷が各皇子の屋敷に詰め込まれる。
武器を持った警備奴隷が屋敷を取り囲む。
軍師はそれを満足そうに眺めた。
『敵が躊躇している間に、攻撃の正体を見抜け。おそらくミサイルのようなものだろう。方角から発射地点を予想して、遊撃隊を向かわせろ』
『はっ。鎖はいかがでしょう』
『私も確認した。仕込みはない。奴隷を逃さなければ、敵は手を出せないだろう』
偵察ユニットの映像を二人で見る。
「ずいぶんたくさん警備奴隷を投入したね」
「……リカルド、手薄になったよ。武器庫」
「あの人、本当に軍師なのかなぁ」
そんなことを考えていると、通信が入る。
船長帽を被ったフローラだ。
『リー兄、屋敷の人たちの避難、始めていい?』
「うん、頼んだよ。終わったら連絡ちょうだい」
『分かった。クマタン、作戦開始!』
奴隷たちの鎖は既にパンに変わっている。
光学迷彩を起動した大型浮遊円盤輸送機が8台、各皇子の屋敷に同時接近した。そして、外からは見えないように配慮しつつ、繋がれていた奴隷たちを解放して輸送機にのせていく。
『それじゃあリー兄将軍。これから我が艦隊はホーリーライアーに向かうね』
「うん、任務ご苦労さま、艦長」
『リー兄もがんばってね』
これまで逃げてきた奴隷たちも皆、フローラが回収してアンジェラのもとへと送り届けている。拷問や処刑なんてさせやしない。
軍師は何も気づかず難しい顔をしている。
そして、神の槍が降り注いだ。
会議は荒れた。
残るターゲットは、帝国城、帝都、皇帝。怒った顔をしながら膝を震わせて領地に逃げ帰っていく貴族も多く、解決策はいまだ見つからない。
軍師の言うことには、もはや誰も耳を傾けなかった。
皇帝はやつれた顔で笑みを作る。
そして、ゆっくりと立ち上がった。
『とにかく城は守らねば……【反射魔法壁】は』
『そう思い、結界魔法使いを集めました』
『よし。上空からの攻撃に備えるのだ』
帝都からいち早く抜け出したのは商人たちだ。地方に親類のいる者たちもそれを頼りに逃げていく。だけど、行き場のないものは不安な思いを抱えたまま途方に暮れていた。
翌日。
宿の女将さんが部屋に来て告げた。
「ごめんね、お客さん。あたしらも逃げることにしたからさ……あんたらも早くね。この国はもう終わりさ」
俺たちは荷物をまとめて宿を出た。
帝都を出て、小高い丘へと登る。簡易拠点を作り、帝都を眺めた。皇帝墳墓は崩れて帝都外壁はない。
ずいぶん風通しが良くなったなぁ。
空から神の槍が降ってきた。
結界魔法【反射魔法壁】は無残に砕ける。
城は大きな音を立てて崩壊した。
レミリアは静かに告げる。
「……生身の命力量で、あれは防げない」
偵察ユニットの映像。
皇帝は自室で頭を抱えていた。明日は帝都、その次は自分の首。そばにいるのは側近のみだ。
『戦争を止める……それは、父祖代々続いてきたこの国の存在意義が失われる、ということだ。飲めるはずがない』
『陛下、どうなさいますか』
『武器を持て。竜族国を急襲する。この異変も、かの国の企みに違いない』
そこに、慌てた様子の兵士が入ってきた。
手に持っている剣が、フニャッと曲がる。
『皇帝陛下、大変です』
『どうした』
『武器庫の武器が……』
『盗まれたか!?』
皇帝がガタッと立ち上がる。
兵士はフルフルと首を横に振る。
『武器が全て、パンに変わっています』
『な……何を馬鹿なことを』
『それが、意外と香ばしくて』
『食べるでない!』
ホーリーライアーで大幅に改良されたものだ。
そりゃ美味しいだろう。
最近は、パンの都ホーリーライアーとも言われているし、春に開かれたパン祭はすごい盛り上がりだったもんな。日帰りで行ってきたけど、食べすぎてお腹が破裂するかと思った。
レミリアが俺を微妙な顔で見る。
俺は笑いながら、彼女の頭を撫でた。
アンジェラから通信が入る。
彼女はなんだか生き生きとした顔をしている。
『リカルドくん、そっちは?』
「うん。フローラが行き場のない住民を集めてるから、もうしばらくしたら輸送が開始されると思う」
『分かったわ。じゃあ、こっちは任せて』
「でもホーリーライアーだけで大丈夫? 難民の受け入れなら、マザーメイラにもまだ余裕があるってグロン兄さん言ってたけど……」
アンジェラはクスリと笑い、石のようなパンをひとつ手に取る。いつか俺がアンジェラに手渡したものだ。
『ホーリーライアーは、世界中の人が逃げ込んできても、大丈夫って言ってあげるための都市よ』
彼女はこれまで見た中で一番良い表情をしていた。
とある冬の寒い日。
人族帝国ソリッドの中心。
誰もいない、ガランとした帝都。
そこに雨のような神の槍が降り注いだ。
その日のうちに、皇帝は白旗を上げた。
膝を震わせて、カメラに向かい頭を下げる。その様子は動画で世界中に配信された。これでなんとか、戦争を止めることができたかな。
胸ポケットでパーソナルカードが震える。
ゆっくりと取り出し、通話ボタンを押す。
ルーホ先生の優しい顔が俺を見た。
そして、本当に優秀な生徒だよ、と笑った。





