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気を引き締めた

 浮遊円盤輸送機(スレイプニル)の中は快適だった。

 適度な明るさの照明、清潔に保たれた空気、柔らかいソファ。壁面には輸送機外の景色が投影され、ほぼ全面に雲の海が広がっている。


 俺とレミリアは二人で壁面の一部を見る。

 そこには、偵察ユニットからの映像が投影されていた。


「これは予想外だったね」

「……うん」


 現在偵察しているのは、異界封印の先。

 結界魔法の構成をいじって送り込んだユニットが、映像と音声を送ってくれたのだ。


 薄暗い異界。

 古代遺跡を彷彿とさせる建物が並ぶ中、何やら見慣れない生き物が蠢いていた。

 青や紫のヌメリとした肌。額に埋まっている色とりどりの宝石。個体ごとに異なる形をした角や翼。血走った目で、口からヨダレを垂らしながら、地を這いずっている。それはまるで、絵本に出てくる悪夢のような姿形。


「これが魔族か」

「なんか……苦しそう……だね」


 蠢いている彼らの生命力は、今にも消えてしまいそうなほど頼りなく見える。話している言語らしきものも解析できればよいのだけれど、残念ながらこれまでアルファが解析したことのない言語体系のようだ。

 

「アルファ、引き続き偵察をお願い。この様子だと、直接戦争に関係はしていなさそうだけど……」

『わかりました、マスター』



 俺とレミリアは小高い丘に降り立つ。

 この冬は例年より冷え込みがひどいらしい。

 大粒の雪が降る中、その都市を見下ろした。


 人族帝国ソリッドの帝都グラシエ。

 都市には慌ただしく猪車が出入りしている。おそらく、戦争のために必要な武器や兵糧、奴隷を準備しているのだろう。現在帝都ではそれらが高値で取引される。目ざとい商人はそれらをせっせと運び込んでいるようだった。


 さて、戦争をなんとかできるといいんだけど。


「リカルド、行こう」


 俺たちは輸送機から小型浮遊機(スクーター)を取り出す。

 二人でそれに跨り、魔法陣を起動する。


 警備門の上空から街に入り、裏路地に降り立つ。

 小型浮遊機(スクーター)を上空で待機させつつ、大通りに出る前に外套の【ステルス】を解く。


「レミリア、まずは腹ごしらえだ」

「ん。情報収集も兼ねてね」


 俺たちは天駆鉄靴(ヴィーザルブーツ)でこっそり偵察ユニットを作りながら、街中の屋台を冷やかして歩いた。


 商人の子弟を装って色々な人に話を聞きながら、どうでも良い噂も含めて集めまわる。それら諸々の情報をちゃんと整理するのは後回し。使える情報はどこに転がっているか分からない。



 宿の一室でレミリアとゆっくりする。

 帝国では紙製のお金が使われている。複製は難しいと言われていたけれど、特にそんなこともない。偽の紙幣を使い、宿はある程度長期でおさえた。


 汎用ユニット(ノルン)で作った白い壁に、街の人との会話や偵察ユニットが集めた情報を投影する。


「レミリア、情報をまとめてみよう」

「わかった」


 アルファが情報を並べなおす。


 帝国はもともと、この近辺の国を次々と属国にして成立した集合国家。武力による併合を是としている。次代の皇帝は、現皇帝の血縁者のうち最も戦上手な者が選ばれる。

 八名の皇子のうち、次期皇帝レースの最終候補はほぼ三名に絞られていた。突出しているのは噂の転生者軍師を抱える第二皇子。ただ、次の竜族国との戦争の活躍次第では第一皇子と第五皇子にも目は残っているだろう。


 国民は、帝国以外の国はただの蛮族国家だと信じて疑わない。侵攻してその文化を上書きすることこそが世界への貢献だと言ってはばからない。戦争に反対する国民など存在はしない。


 というのが表向きで、実際は国民の中にも終わらない戦争にいい加減うんざりしている者も少なくない様子だ。王国の方が進んだ魔道具を持っていることも知っているし、文化レベルに大した差はないことにも気づいているけれど、誰もが口をつぐんでいる。そんな状態である。


 皇帝は野心的でなければならない。

 そういった強迫観念は少なからずあるようで、あまりにも戦争をしない期間が続くとさっさと皇帝の座を引きずり下ろされるのが伝統になっていた。


「リカルド……これ、ただの迷惑国家だよね」

「そうだね。属国から奴隷を集めて何をしてるかと思えば、無駄に大きい皇帝の墓を作ってるみたいだし。結局、この皇帝は何が欲しいんだろうね」


 帝国の魔法貴族がおかしくなってきたのは最近。

 やはりフェンリスヴォルフでの黒い悪夢事件の後くらいから、帝国の各地で集団失踪事件が発生している。それもまた国民の不安を掻き立て、皇帝はその関心をそらすように戦争に没頭しているのだとか。



 そんな風に情報を整理しながら作戦を立てていると、俺のパーソナルカードに通信が入った。

 ホーリーライアーのアンジェラからだ。


『リカルドくん、レミリアさん、久しぶり』


 そう言って、彼女はニッコリ笑う。

 レミリアとアンジェラは俺の知らないところで色々と仲良くなっているようで、この前も俺に聞こえないよう内緒話をしながらクスクスと笑っていた。


 アンジェラは一通りの挨拶のあと、真面目な顔をする。

 何か報告があるらしい。


『マクシモ家の古代文献について、追加で解析できたの。気になる記述があったから、急いで伝えようと思って』


 そう言うと、解析結果の書かれた紙を広げる。


『長い時をかけ、魔族の楽園が作られた。

 短い時のあいだに、その地獄は消え去った。

 暴食が強欲を食い殺し、憤怒が暴食を叩き潰した。

 色欲が憤怒を犯し殺し、嫉妬が色欲を刺し殺した。

 傲慢が嫉妬を踏み潰し、自らの傲慢さに倒れた。

 怠惰のみが闇の異界に眠り、魔族は姿を消した』


 レミリアと顔を見合わせた。

 怠惰のみが闇の異界に眠り、か。


「魔族は内紛で滅びた、ということかな」

『おそらくは。そして、怠惰の魔族だけは、どこかにひっそりと生きている』


 きっと「闇の異界」と呼ばれる場所に。

 だとしたら【異界封印】の魔法とは……。


 魔族のことも気になるけど、まずは帝国との戦争だ。

 俺たちは気を引き締め、計画を詰めていった。

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