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世の中は分からないものだ

 社交界デビュー。

 貴族令息・令嬢が社交パーティで初めて顔見せをする場だ。彼らに婚約者が不在の場合は、現在相手を探していますという暗黙の合図でもある。ミラ姉さんも婚活を始めるときに通った道だった。


 ロムル王国では古くからだいたいの子は6歳の時にデビューする習わしだ。フローラは年齢通りだけど、俺やレミリアは10歳とずいぶん遅い。まぁ、レミリアは5歳の頃から我が家にいたから仕方がないだろう。

 病気や何かしらの理由で、俺達のようにデビューが遅れることはざらにある。実際、マール姉さんはデビューを経ずに結婚しているし、マクシモ家のココなんかも隠すように育てられた。


 今日の我が家のメインはフローラだ。

 彼女は可愛らしい桜色のドレスを着て、ご機嫌に鼻歌を歌っている。緊張した様子は全くないけれど、変な貴族に目をつけられないか心配だなぁ。まぁ、すぐ後ろでは黒服・サングラスのクマタンが守ってくれているから、大丈夫だろうけど。



 今回は戦争案件もあって議会が長引いた。

 成人式などのイベントがようやく落ち着いたのは、例年よりも少し遅い時期。今回のお披露目パーティの開催も後ろにずれ込んでいた。


 神殿前広場には大勢の貴族が集まった。

 社交パーティとは言うものの、メインはお披露目だ。


 基本的には政治的な話が行われる場ではないんだけど、耳を澄ますと色々な話が聞こえてくる。

 あの家は女ばかりだからうちの三男を婿養子に出そうとか、あの可愛い子を後妻にもらってやるから支援させろとか、そう言った話がオブラートに包まれて表面上和やかに話し合われているみたいだ。


 俺の前にも貴族のおじさんが数人現れる。


「君がリカルド君かね。優秀だという噂は聞いているよ」


 興味本位で話しかけて来るおじさんたちに、にこやかに応対する。新しい婚約者の話をバッサリ断りながら、どうしたもんかと考える。


 よし、父さんに丸投げしよう。


 そう思って父さんの近くへ来ると、こっちはこっちで大変そうだった。随分としつこい貴族の応対をしているみたいだ。


「フローラ嬢ほどの美しさなら、我が領の第十王子の第二夫人として申し分ないかと」

「ははは、お褒めに預かり光栄です。しかし、フローラと婚約者は既に深い仲でしてなぁ。相手は我が領でも烈腕を振るう重要な家臣の長男。不義理はできませんよ」

「いやぁ、しかし──」


 絡んできているのは南の貴族のようだ。

 話に出ている第十王子は、かつてミラ姉さんに襲いかかった第五王子の実弟。母親を同じくする王子だ。既に裏では豚二号と呼ばれていて、この会場でも偉そうな顔をして威張り散らしていた。

 この南の貴族はクロムリード家と友誼でも結びたいのだろうか。父さんの反応を見るに逆効果だと思うけど。こめかみには青筋が立ってるし、少なくとも心証は最悪だろうな。


 その横で、クマタンはフローラにこそこそと耳打ちしている。

 おそらくは貴族語の翻訳をしているのだろう。フローラは興味深げに周囲の貴族たちの言葉を聞きながら、楽しそうに腹を抱えて笑っていた。



 貴族達を父さんになすりつけ、会場を進んでいく。すると、前方から見覚えのある人影が近づいてきた。

 聖女アンジェラの父親、サルソーサス家当主だ。


「やぁ、久しぶりだね」

「ご無沙汰してます、サルソーサスさん」


 直接会うのは久しぶりだ。この前のパン祭のときに通信はしたけどね。ホーリーライアーを中心に、サルソーサス領もなんとか上手く回せているようだ。

 定型文のようなお祝いの挨拶をする。そうしてしばらく雑談をしていると、彼は何かを思いついたように手を叩いた。


「そういえば、アンジェラからもいずれ聞くと思うが、南のマクシモ家の古代文献、少しだけ解読が進んだよ」


 楽しそうな顔でそう続けるサルソーサスさん。彼はこういった解析作業が好きらしく、神殿の学者に混じって自分もいろいろと考えているらしい。

 どうも、北にあるダーラ教遺跡に読み解くためのヒントがあったのだとか。俺の耳元で解読内容をささやく。


「魔族とは、魔物のごとき種族なり。他種族とは比較にならぬ欲を持つ」

「欲……ですか」

「うむ。他者を見下し、隙あらばモノを奪おうとする。異性を見れば色に溺れ、食物全てを貪り食う。常に他者を羨み、怒りに支配されながら、怠惰に過ごす。言葉の通りの種族なら、やはり共存することは難しい種族だろうね」


 その性格で、魔法を自在に操るんだもんな。

 サルソーサスさんは、魔族が滅んでいなかったら大変だったろうなぁ、なんて呟いているけれど。

 本当に滅んでいないのかな。



 彼と軽く握手をして進むと、遠くの方にミラ姉さんがいるのが見えた。ノヴァ兄さんの横に立って、弟子だった令嬢たちから婚約の祝福を受けているようだ。

 なんでも、姉さんの作った護身用肌着(ヴァルキュリア)の効果は絶大で、貴族学校で泣きを見るご令嬢たちはすっかり激減したのだとか。


 現在では、学校に入学する7歳の娘にこの肌着を持たせるのが一種の決まりごとのようになっていて、校内でも上級生が下級生に武術の指導をする姿が見られるという。

 好き放題していた側は不満だろうけど、表立って非難するわけにもいかない。悶々とした日々を過ごしているらしい。



 いろいろと考えながら進む。

 これから俺が会おうとしているのは、ジルフロスト家当主──レミリアの父親だ。直接話をするのはこれが初めてだ。手に少し変な汗をかいている。


 当主の横にレミリアを見つけた。深い青色のドレスが、長い黒髪によく合っている。


 彼女が振り向いた。

 世界が静まり返る。


 どれくらい時が経っただろうか。すぐ右隣から、低い声が俺を呼ぶ。ハッとして声の方向を見ると、当主の顔があった。


「娘に見惚れるのは分かるが、まずは挨拶させてくれ」

「これは失礼を。クロムリード家次男のリカルドです」

「ジルフロスト家当主だ」


 握手を交わしながら顔を見る。

 レミリアの顔は少し父親に似ているかもしれない。


 ジルフロストさんはゆっくりと話し始める。

 幼少期から婚約者であった第一夫人との婚姻後しばらく、レミリアの母親である故第二夫人と戦場で出会ったこと。惚れ込み、口説き落とし、東へと連れ帰ったこと。


「長男ジェイド、長女ナリアが生まれ、そしてレミリアが生まれた」


 彼女は運悪く結界魔法の才を持って生まれ、巫女としての教育を受ける。その後、生まれつき命力が少ないことがわかると、第一夫人を中心に彼女を冷遇する動きが強まった。そして、唯一の味方であった第二夫人が亡くなった。


「私は妻たちの気持ちを察してやれなかった。それどころか、妻の目を見ることさえ出来なくなっていた。仕事へ逃げて家を空け、何もできないうちにレミリアは失踪した。今さら父親を名乗るのもおこがましいだろう」


 昨晩、レミリアはジルフロスト家に帰り、夜通し父親と話し合った。彼女自身は父親に思うところはないらしい。ジルフロストさんの言うとおり、家の中での存在感があまりなかったのだとか。


「娘には多くの辛い思いを……。そんな中、君に出会えたことだけは本当に幸運だった。どうかこれからも、娘の面倒を見てやってくれ」


 そう言って頭を下げる。


 面倒を見る、か。

 俺は少し違うと思うんだけどなぁ。


「……レミリアは、一人で立てますよ」


 ゆっくりとジルフロストさんに伝える。

 俺が見てきたレミリアの姿を。


 研究をしているときの真剣な眼差しを。都市開発での大きな活躍を。無防備に眠るときの究極の愛おしさを。巫女として悪夢に立ち向かった底なしの勇気を。ジェイド兄さんの謝罪を受け入れた懐の深さを。彼女の火傷痕を見て罪悪感に苛まれる元巫女のルルシアさんに微笑みかけた優しさを。


 彼女は、面倒を見てもらうだけの弱い娘ではない。


「この前神殿の書庫で調べたんですけど、『人』という古代象形文字の解釈には諸説あるようです。現在神殿で主流になっている説では、一人の人間が地に二本の足をつけ、しっかりと立ち上がる姿を表しているんだそうですよ」


 フローラと一緒に神殿の書庫で調べたのだ。そして──。


「両足で立ち上がり、両手を大きく広げて、他の人を優しく受け止めてあげられるような人を『大人』と表現するのだそうです」

「……そうか」


 派生した「大人」の説は根拠も薄いし、あまり主流じゃないけどね。ただ、俺はこんな考え方のほうが好きだなぁ。


「まだ10歳ですが、レミリアはもう立派な大人です。彼女にはこれからも、俺の隣にしっかりと立ってもらって、二人で助け合いながらやっていこうと思ってます。まぁ、今はどちらかというと、俺のほうが面倒を見てもらっちゃってますけど」


 気がつけば、俺の横ではレミリアが微笑んでいる。しっかりと手を繋ぎ、ジルフロストさんに頭を下げた。



 そのまま二人で会場を歩いていると、珍妙な様子が目に入ってきた。


 気取った様子のフローラ。

 その前で、一人の貴族が膝をつき頭を垂れている。先ほど父さんに絡んでいた南の貴族だ。

 父さんは一歩下がってそれを見ていて、数人の貴族がそれを取り囲んでいる。これは一体どんな状況なんだろう。


 フローラが可愛らしい仕草で話しはじめる。


「私の推理はそんなところです。さて、ピグベーダさん。確か貴方の娘さんは私と同じ6歳。先ほどこの会場にもいましたよね……彼女には婚約者がいない。きっと、ミラ姉の時みたいに第十王子が邪魔してるんじゃあないですか。ひょっとして、強引に婚約を迫られているとか」

「んぐ……ど、どこでそれを」

「簡単な推理です。私の目は誤魔化せません」


 フローラはどこから取り出したのか、探偵帽を被って棒付きキャンディーを舐め始めた。

 ノリノリである。 


「第十王子はあなたの娘を狙っている……今さら他の令嬢をあてがったところで、王子の執着は途切れませんよ。無駄に被害者が増える一方です」

「ですが……」

「妙案があります」


 フローラはニヤリと笑う。

 そしてポケットからあるものを取り出す。


「パーティの間に、この懐中時計型魔道具を王子の首にかけなさい。そして、横のスイッチを二度押してその場を離れること。今日からしばらく王子の周りは混乱に包まれるでしょう。その間に、急いで婚約者を見繕ってしまいなさい」


 フローラはその効果を彼に耳打ちする。

 そういえば、あの婚約破棄魔道具を一個欲しいとは言っていたけど……まさかああやって活用するとはなぁ。

 彼女は天才美少女策略家だ。




 パーティが終わると、フローラはずいぶん喜んだ様子で飛び跳ねていた。なんでも、南の地方に仲の良い女友達ができたのだとか。


 王子が実はボインの王女だったけどよく調べたらやっぱり王子だった、という噂も流れたけど、わけがわからな過ぎてすぐに沈静化していった。

 その後、王子は何かに目覚めたようで、彼からフローラに対する感謝状が届いたというのだから世の中は分からないものだ。


 周囲からはタイゲル家の顛末についても色々と疑われたけど、ダイアナとココの婚約は既に確定しているし、ダイアナを再度裸に剥くわけにもいかないだろう。



 数日後、タイゲル家当主に呼び出された。

 彼は疲れた顔をしながら、あの魔道具は今後使用禁止、とだけ言った。

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